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8 オタクなの?

「うーむ。魔王、そして魔族ね。……マジで倒さなきゃ帰れないのかな」

「おそらくは、他に手段はないと思われます。神さまに魔王を倒すよう命じられて異世界を訪れながら、戦いを放棄して元の世界に帰る話なんて見たことありませんから。いえ、ネットの海のどこかにはそういう破天荒なストーリーの異世界転生ものもあるのかもしれませんが」


 あったとしてもそれがなんだ、って話でもあるわな。

 あの女神がそんな抜け道を用意しているとも思えないし、やっぱ戦いは必至なのかねー。


 あーやだやだ、野蛮なことはこの可憐な乙女である私には似合わないってのに。


「けれど、協力者がいるのは心強い。五人だけで挑まなくていいのなら可能性が見えてきた……この力もあることだし」


 そう言ってカザリちゃんは両手を出して、片方にはもわっとした闇を。片方にはぴかっとした光を纏わせてみせた。


「シーツの上でやって大丈夫? 汚したらバロッサさんキレそうだけど」

「……汚れるようなものじゃない」


 ちょっとむっとしたようにカザリちゃんは言ったが、長々と見せる意味もないと判じてかすぐに両手を元に戻した。


 私たちは今、ログハウスの空き部屋を使わせてもらって就寝しようとしているところだ。ベッドはバロッサさん用のものひとつしかないとのことだったのでそれは快く持ち主に利用を譲って、シーツを何枚か重ねて布団代わりにして雑魚寝することにしたのだ。


 寝心地としてはそんなによくないが、まるで修学旅行でもしているみたいな気分でテンション的には悪くない。

 ちなみに、ナゴミちゃんだけは寝る準備完了と共に寝入ってしまったのでそのままにしてある。


「それにしてもさぁ、今更だけど言葉が通じたのって超絶ラッキーだよね。だってここ異世界じゃん? 同じ人間でもふつーは会話できないよね」


 国が違えば言語も違い、言葉は通じなくなる。それがなんと国どころか世界が違うってんだからもうむちゃくちゃだ。

 出会い方がヤバかったのでそれどころではなかったけど、考えてみたらあの場面……シズキちゃんが人質に取られている状態でバロッサさんの言葉が理解できなかったら、もっとマズいことになっていたただろう。くわばらくわばら。


「いえハルコさん、それはラッキーではなく必然だと思いますよ」

「なぬ。どゆことコマレちゃん」


「考えてもみてください。異世界で誰とも言葉が通じずコミュニケーションが取れない、なんて物語としては致命的ですよね。それを活かした展開が待っているならともかく、一般的な転生ものでそういう不都合は邪魔にしかなりません」

「ふーん? じゃあ異世界でも日本語が使われているのは普通ってこと?」

「概ねは、そうですね。大昔にも日本からの転生者がいたとか、そもそも転生者が作った国だとか。あるいは神さまの計らいで自動翻訳がされている、といった設定もよく見かけます。コマレたちもおそらくはこのパターンじゃないかと」


「ほへー。コマレちゃんってホントにそういのに詳しいんだね。オタクなの?」

「ぐふっ」

「血反吐!?」


 いきなりの吐血に眼球が飛び出そうになるほど驚いたけど、よくよく見たら夕飯に食べたビーフシチューっぽい料理だったので一安心だ。

 結局シーツは汚しちゃったけどまあこれくらいは勇者のおたわむれってことで許してもらおう。


「じゃあさ、コマレちゃん。バロッサさんの言ってたみたいに女神とかが現地の協力者を用意するのも割とあることなの?」


 バロッサさんがあっさりと私たちを勇者であると信じたのは、私たちと出会うよりも前に夢を見ていたからなんだそうだ。「女神のお告げ」という呼び名で広く知られているくらいには、それもこの世界における常識みたいだった。

 ただし勇者が現れるからといって誰でも彼でも女神が出てくる夢を見るわけではなく、周期のたびに一人か二人、多くても数人くらいしかいないともバロッサさんは言っていた。


 で、その数少ない一人にバロッサさんは今回選ばれたわけだ。他に話さなきゃいけないことが多くて夢の詳しい中身まではまだ聞いていないけれど、とにかく例のあの女神が彼女の夢へ厚かましく押しかけて、近く姿を見せる勇者の導き手となるようにこれまた厚かましく言いつけてきたっぽいことだけは理解している。


「強大な悪を倒すために現地民と手を取り合うのはお約束というか、それも王道のパターンではありますが。でも神さまが人の夢に出てきて直接それを促す、というのは珍しい気がしますね。コマレにはちょっと覚えがありません」


 コマレちゃんが言うには主人公である転生者との交流があって、場合によっては一時の対立だとか衝突を経て仲間になっていくのがよくある話の流れらしい。

 まあ、そこは転生ものに限らずだよね。少年漫画とかでも仲間キャラが最初は敵として登場することなんて珍しくもない、どころか逆にありふれているくらいだし。


「そう考えるとあの誘拐犯も最低限のフォローはしているってことか。かったるいもんね、いちいち衝突を挟んでからじゃなきゃ友情が芽生えないなんて。それスキップできるのはデカい」

「かったるいとかそういうことではないと思うんですけど……立場や考えの違いを乗り越えて手を組むからこそ盛り上がるし本当の仲間感が出ると言いますか」

「読んで楽しむ分にはそれでいいけどねー。当事者としては勘弁っしょ。バロッサさんが容赦なく私たちを敵だと見做してたらどうなってたか想像してごらんよ。地獄以外の何物でもないって」


 ガチ戦闘になっていたら危なかった。それだけでなく、こうやって屋根の下で安全に眠ることも美味しい食事にありつくこともなかったと思うとやってられないっす。


 そう私が言えば「それはそうなんですけど」とコマレちゃんも認める。

 うんうん、私と一緒にビーフシチューおかわりしたもんね。

 たぶん食べ過ぎたせいだろうな、さっき胃から漏れたのは。


「お膳立てがあるのは素直に助かる……けど、色々と説明不足は否めない。それになぜ五人なのかも気になる」


 確かになぁ。これもバロッサさんに聞いたことだけど、周期ごとに女神の遣いとしてやってくる勇者はいつも一人なんだと。

 つまり勇者っていう肩書きは個人を指すものであって、私たちみたいに五人揃って勇者なんて例は今回が初。少なくとも伝承には残っていない珍事なのだった。


 素質がどうのこうのと女神は言っていたけれど、私たちは五人でようやく一人前ってことなんだろうか? だったらこれまでみたいに一人でちゃんと勇者できるスーパーマンを選べばよかったろうに、なんで今回に限って女子中学生を何人もピックアップしたのやら。


 やっぱり伝承の女神様とあの女神は別人なんじゃないの? そんな何度も世界を救ってきたようには見えなかったもん。

 本職は女神じゃなくて詐欺師とかでしょたぶん。


「確かに、最低でも祝福……コマレたちに与えた『力』に関してはもう少し詳しく明かしてほしかったですね」

「それなー」


「……あ、あの」

「ん、どったのシズキちゃん」


 昼も今も黙って話を聞くばかりだったシズキちゃんの珍しい自己主張に傾聴の姿勢を取れば、彼女はただでさえ小さな体をこれでもかと縮こまらせて言った。


「ごめんなさい。よく覚えてないんですけど、わたし……暴走、してたんですよね。皆を傷付けかけたってコマレさんから聞きました……」

「あー、あれね。シズキちゃんのせいじゃないんだから謝る必要ないって。悪いのは無責任な女神だよ、女神」

「で、でも……わたしがもっとしっかりしてれば、気絶もしなかったろうし……」

「それはそうかも」

「ハルコさん!」


 私の肯定にシズキちゃんはますます委縮し、それを見たコマレちゃんが怒ったように言うけど、いやいや誤解だって。


「責めてるんじゃなくって。伸びしろだよねってこと。あの力をシズキちゃんが自分の意思で操れるようになったら最高じゃん。明日はそのための練習するんだから、申し訳ないって思うならそこで頑張ればいいんじゃない?」

「……は、はい。わたし、がんばります」

「いいね、その意気その意気!」


 私が笑って軽く背中を叩けば、それまで浮かない顔しかしていなかったシズキちゃんもようやく笑顔を見せてくれた。



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