79 なんとかなるもんだね
「ふぅむ、四天王──否、四災将とはね。そんなものが穴ノールの棲み処の更なる地下に潜んでいたとは、いやはや恐ろしいことだ。危うく前回の魔王期を上回る被害を受けるところだった。それを避けられたのだからボクたちは運がいい」
エルフタウンの長老、ルールスさんはそう言ってからからと笑った。いや、被害を未然に防げたっていうのはもちろんいいことなんだけど、笑いごとではないような。
前回の魔王期ではエルフタウンの近くに魔族が数人現れて、それに対処するために少なくない人数の「戦えるエルフ」が犠牲になったと聞いた。今回出たのはは数人ではなくたった一人と頭数が減っているとはいえ、幹部級な上に直接エルフタウンを狙っていた。となれば確かに、実際に侵攻が始まっていれば前回の比じゃないくらいの深刻な被害になっていた……それこそスタンギルが目的としていた「殲滅」が実現されていた、かもしれない程度には危機的状況にあったわけだ。
そうならなかったのだからまあ、幸運に喜ぶのも当然っちゃ当然だとも思うけど。
「いや、これを幸運の一言で片付けてしまってはいけないね。目先の脅威であった穴ノールだけでなくボクらも知り得ていなかった大いなる災厄をも排してくれたのは、慈母の女神によって遣わされた勇者である君たちなのだから。その武勇にこそ深く謝意を伝えねばならない」
すまなかった、とルールスさんは頭を下げて続けた。
「スタンギルなる魔族の存在をまるで掴めずに君たちを送り出したのは、ボクの手落ちだ。ともすればそれも含めて女神が与えた試練だったのかもしれないが、そうだとしても情報の面においてでき得る限りに補助するのが役目だというのに、ボクはそれを充分に果たせなかった。この点を、謝罪させてほしい」
「いや、それは……ルールスさんが謝ることじゃないんじゃ? だってスタンギルの隠蔽は魔石の魔力を有効活用したすごく高度なものだったんですよ。ね、コマレちゃん」
「はい。ハルコさんが奴を追い詰めるまでは魔力探知に集中していたコマレたちもまったくその居場所を見つけられませんでしたから、そこは相当なものだったと思います」
「ほら、そう言ってますよ」
一番魔力に強いコマレちゃんが言うんだから間違いない。ルールスさんがスタンギルの存在に気付かなかったのはしょうがないことだったのだ。と本人にも納得させようとしたんだけど残念ながら失敗。彼は緩やかに首を振った。
「ありがたい言葉ではあるが慰めとはならないよ。穴ノールが食料にされていたのならその減り方や異常行動によって、そうなる原因が何かしらあると勘付く程度のことはできたはずなんだ。それが魔族とまでは判じられずとも、実態に見合った忠告さえできていれば顛末も違ったものになっただろう。つまり、ハルコ君が単身で窮地に陥ったのはボクの責任でもあるんだ」
申し開きの仕様もないとなおもルールスさんは頭を下げようとするが、別に怒ってもいないことをずっと謝られてもこっちの気まで重くなるばかりだ。こうなったら強引にでもいいから話を変えちゃおう。
「あのー、ところでルールスさん。私たちは結局ノールとはほとんど戦ってないんですけど、それでも依頼は完了ってことでいいんですかね? 元々穴暮らしするのが穴ノールの特徴だっていうなら崩落後もまだ生き残りがいるかも……」
頼まれた内容は物騒な魔物であるノールの「完全排除」。一体も残さない駆除だ。ということは一体でも生存しているなら依頼は達成されていないことになる。
たかが一体と侮れはしない。ノールは群れてこそ厄介な魔物なんだろうけど、一体だからって危険性が低いわけじゃない。その強さは実際に戦ったことで私も実感しているし、何より生き残りがまた群れを再築しないとも限らない。
駆除が目的なら最後の一体まで徹底して排する必要がある──んだけど、スタンギルのせいで私たちはそれどころではなくなってしまった。そして挙句には洞窟が崩れてしまって、それならノールもきっと生き残ってはいないだろうっていう、文字通りのなし崩しの流れで依頼が果たされたことになっているんだけど。
それって本当に達成扱いでいいの? と比類なき謹厳実直な人格者であるところの私としては気になっちゃうのだ。
「大丈夫、そこは確認済みだ。土精霊と風精霊の力を借りて広く探知したが地下にも地上にも穴ノールの姿はなかった。元々数が減っていたところ、棲み処が潰れたんだ。全滅してもおかしくはないし、仮に生存者がいたとしても拠点を放棄して逃げ去るには充分な理由になる。もうあの森で穴ノールに出くわすことはないだろう」
亜種である穴ノールに限らず、ノール全体の習性として彼らは拠点や狩場を移動させる場合元の場所からはなるべく──無理のない移動圏と生息可能な環境の範囲の中で──離れたところを選ぶ傾向にあるんだとか。
それは獲物を多く狩った元々の狩場を復活させるためでもあるし、そこからついてくる自分たちをエサにするような更に危険度の高い魔物なんかを振り切るためでもある。ノールなりの群れを生かすための知恵からくる行動ということだ。
で、通常はいくつかの狩場を数年ずつで順繰りに行き来するものなんだけど、時によって一方へ流れ続けていく群れが出ることもある……外れの森を棲み処に選んだ穴ノールたちはその例だったんだろう、とルールスさんは説明してくれた。
「でしたら仰る通り、仮に生き残りの個体がいたとしても次の狩場を探して森を出ている可能性が高いですね。なら、コマレたちは試練を突破した……ということでいいのでしょうか?」
「ああ、いいと思うよ。依頼したボクがそう認めるのだから」
そう言われて、私たちは笑って顔を見合わせる。女神の与える第二の試練、無事にクリアだ。
いやー、一時はどうなることかと思った……てかもう死んだとすら思ったけど、なんとかなるもんだね。よかったよかった。ノール排除のお墨付きも貰えたことだし、これで心置きなく次の試練にも進めるってものだ。
さすがにもう、突拍子もなく魔族と鉢合わせるのは勘弁だけど。アンちゃんもスタンギルも覚悟なしにばったり出くわしていいような相手じゃないぜ。
「お待たせしたっすー!」
と、そこでバーミンちゃんとナゴミちゃんがやってきた。彼女は通信機のある別の部屋で、ここで何があったかっていう王城への報告と、それを受けて進むルートをどうするかという指示を仰いできたのだ。
この報告、案内人であるバーミンちゃんはともかくとして勇者側からは必ずしもナゴミちゃんを出さなきゃいけないわけじゃないんだけど、前回の組み合わせがこうだったからそのままの流れで今回も同じコンビでやってもらった。
それにしてもルールスさん、魔術師ギルドとかにしか常備されていない通信機を自宅に構えているとはすごいよね。伊達に長老やってませんわ。
「どうでした? 何か、スケジュールに大きな変更などは」
「変更、出たっすねぇ。次に向かうつもりだった大街はスキップして、試練の地へ直行すべきってことになったす」
「エルフタウンに大急ぎで向かったみたいに?」
「そうっす。でもその代わり、試練の終わりには王都へ直帰せず──元々はスキップするはずだったドワーフタウンに立ち寄るっす」
「ドワーフタウン? それは儀の巡礼で挨拶に行くところ、だったよね?」
そこに急ぎで寄らなきゃならない理由があるのか、と首を傾げれば。
「ドワーフタウンから連絡があって、ちょうどそれくらいに完成しそうだってわかったんすよ。ドワーフ謹製の『勇者専用装備』が!」




