77 勝手に
「担当医、ですか」
なんかかっこいい響き。担当医が付くなんて大人っぽい。や、できれば付かないにこしたことはない、良くない大人らしさなんだろうけども。
「そう、担当医……のつもりだったんだけど。この分だと必要なさそうね。これだけ意識も記憶もハッキリしていて、体も多少怠さが残る程度。明日にも全快してそうだわ」
ちょっと呆れたようにアリシアさんは言う。回復力を褒められてる……ってことでいいんだよね?
「いやー、アリシアさんの治癒のおかげです。ホントに助かりました」
ガチで死を覚悟するくらいの負傷だったのだ。それが跡形もなくなっているってことは、アリシアさんは相当な名医に違いない。尊敬の念も込めて頭を下げたんだけど、彼女は首を振った。
「勘違いされては困るわ。私にあのレベルの傷を瞬く間に消す力なんてありません」
「え? でもほら、こうして私は」
「それは私ではなくあなたが特別だからよ。驚いたわ、ひとまず命だけは助けなくてはと治癒を施せば、途端にそれ以上の効果が表れるんだもの。まるで私の魔力を吸い尽くすみたいだった。あなた、そうやって勝手に治っていったのよ」
「勝手に」
「ええ、勝手に」
なんじゃそりゃ、って思ったけど。たぶんこれも他者の魔力への耐性──スタンギルが言うところの親和性が関係しているんだろうな。
人の魔力を借りても害にならないってことは、使い手の技量が試される治癒術だって私なら労せず万全に受け入れられるってことでもある。だから医者にとってはありがたい患者に違いない……っていうのは前々から予想していたけれど、まさかここまで極端に治癒術の恩恵を受けられるとまでは思いもしなかった。
なによ、人の魔力を吸い尽くすって。もうそういうタイプの化け物じゃないそれ? 女神は私をどうしたくてどういう祝福を与えてんの?
まあ、その特性のおかげでこうして五体満足でいられるんだから、今回ばかりは女神にもありがとうだけどさ。
「酷いものだったわ。左腕は肘から千切れかけていたし、全身に擦過傷と内出血。骨折も数え切れないくらい。顔はぐしゃぐしゃになっていたし頭蓋骨が一部欠損、もう少しで脳機能が損傷していたでしょう。おそらく内臓もいくつか駄目になっていた。ざっと診ただけでも生きてここに運ばれてきたのが奇跡と思えるくらい」
ひえー、そんなことになってたのか私。改めて他人の口から状態を聞かされるとゾッとしちゃう。いやーよく助かったものだ。
「私よりも、お仲間の勇者たちに感謝すべきね。崩落する地下からあなたを守りながら脱出したそうよ。何があったか詳しくは知らないけれど、相当な苦労だったことは偲ばれる。今あなたが無事なのは彼女たちがいたからよ」
「……!」
私が寝たあと、あの洞窟は崩れてしまったのか。その中から、ボロボロの私を担いで地上へ? それは確かにとんでもないミッションだ。いくら四人が強くてもめっちゃ大変だったろうな。そして、もしそこで何かしら失敗があったりして私が死んじゃってたら、きっと皆のトラウマになってたよね。
そう思うとますます生きててよかったって感じる。それと皆への感謝も。
「仲間に恵まれちゃってますね、私」
「そのようね」
ふ、と微笑んでからアリシアさんは椅子から立ち上がった。その際にエルフの方にしてはしっかりした肉感のある太ももがスカートから覗いて目を引いた。おお、セクシー。これは同性であっても感嘆しちゃうくらいだから、街の男性陣はたまらないんじゃないか……と思ったけどそういえばエルフは長寿なだけにそういう部分が人間よりも冷めてるんだっけか。
だったら同種族よりもエルフタウンにいる人間か獣人のほうが彼女に夢中かもしれないな。
「なにか?」
「ああいえ、なんでも」
「そう。それじゃあ私はあなたのお仲間に伝えてくるわね。すぐに話せそう? 疲れがあるなら日を変えるけど」
「全然いいですよ、って言いたいところなんですけど。ちょっとお腹が……だいぶ空いちゃってて」
「……もう食欲が。いえ、いいことよ。わかった、ならまずは食事を運ばせるから少し待っていて」
言われた通りに大人しくベッドから動かずに待っていると、アリシアさんの助手と思しきエルフの女性が容態を確認しつつトレーに乗せた食事を置いていった。キャスター付きのテーブルを使わせてもらって食べる。
内容は山菜の煮つけ、川魚の煮つけ、芋系の煮っころがし。とにかく煮られまくりの献立だった。でも美味い。味付けは薄めというか優しめだけどそれがまたいい。こっちではコセリと呼ばれているお米(みたいなやつだ、あくまで)もぱくぱく進む。
あー、このみそ汁そっくりなスープも最高だ。染みる。病院食ってやつなんだろうけど和食っぽいので良かったよ。まさに今、体が求めてたものがここにある感じ。生き返る気分。
食べきっちゃった。これは……お代わりじゃな? 何かあったら押してねと言われたナースコールでさっきの助手さんを呼んで、恥ずかしながらもう一食くださいなとお願いしたら快くOKしてもらえて、すぐに持ってきてくれた。中身は同じになっちゃうんだけどごめんね、なんて謝られまでしたがとんでもない、同じのでいいんです。同じのがいいんです。ちっとも味に飽きてないからね。
二食目もたいらげて、ふうとひと息。空腹過ぎてキリキリと痛んでいた胃もなんとか宥めることができたぞ。そういえば皆はどこでご飯食べたんだろうなー、とかそもそも私ってどれくらい眠ってたのか聞き忘れたなー、とかちょっと眠くなりながらぼんやりと考えていると扉の開く音。また助手さんが来たのかとそっちを見てみれば。
「……なんだ、本当に元気そうですね」
「だから心配ないと言った」
「アリシアさんもそう言ってたしね~。でも不安にはなっちゃうよねぇ」
なんて言いながら、皆が病室に入ってくる。アリシアさんに呼ばれたのかな──あ、もしかして私が食べ終わるまで待たされたりしてた? だったら申し訳ないな、お代わりまでして時間を取らせちゃって。
まあそれはともかく、四人の顔を見れて私はホッとした。
「皆も元気そうでよかった。あの洞窟、崩れちゃったんでしょ? 誰か怪我したりとか……わっと」
無言でベッドの傍まで寄ってきたシズキちゃんが、そのまま抱き着いてきた。なになに、どうした? 訳を聞こうとしたけど、シズキちゃんの体が少し震えていることに気付いて私は口をつぐんだ。そして抱きしめ返して、しばらく待つ。
「……怖かった、です。ハルコさんが……し、死んじゃうんじゃないかって」
「だよね。怖がらせてごめん」
シズキちゃんは泣いている。私が泣かせちゃったんだと思うと居た堪れない気持ちになる。スタンギルなんてものともしないくらい私が強ければ良かったんだけどねぇ。
でもまあ、そんなたらればを言うよりも命があっただけめっけものだと思っておかなきゃな。強くなるのはこれからだってできるわけだし。
「シズキちゃんたちが来てくれたから、私は死なずに済んだ。助けてくれてありがとう」
泣くな、なんて言えないから礼を伝えながら背中を撫でる。するとシズキちゃんの震えはもっと大きくなってしまった。あらら、これはもう一時間でも二時間でも付き合うしかないな。昔っから泣いてる子をあやすのは得意じゃないんだよね、私。
少し困りながらも、これだけ想ってもらえるのが嬉しくもあり、なんだか照れ臭い気持ちで私はシズキちゃんの温かさを味わった。




