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76 悪くねえ

 まずはくぐもった音。自分の頭が潰れた音かと思いきや、私はまだ生きている。まだ拳は落ちてきていない。じゃあ聞こえたそれがなんなのか、と考える間もなく地下空間に響き渡る叫び声。


「ハルコさん!」


 最初はうまく脳まで繋がってくれなかったけど、どうやらそれが自分の名を呼んでいるらしいと気付いてから私の目はそちらに動いた。スタンギルの斜め後方、洞窟の天井にさっきまではなかった穴が開いていて、そこから見覚えのある面子が落ちてきていた。


 コマレちゃんと、その背にしがみつくようにしてシズキちゃん、それからカザリちゃんとナゴミちゃんも。みんな、無事だったんだ。よかった。スタンギルがただ追い返しただけとは言っていたけど、敵の言うことだもの、心配だったんだ。


 ていうか今叫んだのって、声的にもしかしてシズキちゃん? あはは、シズキちゃんがあんな大声出すのなんて初めてじゃない? それで名を呼ばれたの、なんか得した気分かも。


「な、んだとぉ!?」


 スタンギルも驚いている。力の気配に敏感とか言ってたのに、接近に気付かなかったのか。それだけ、私との勝負に無我夢中だったってことかな。これだけ強い男をそこまで必死にさせたっていうのも、なかなか誇らしい。あとは、勝てていれば言うことなしだったんだけど。


「……!」


 我に返ったようにスタンギルが拳に力を入れ直して、私へ振り下ろそうとしてくる。そうだよね、邪魔される前に仕留めとかないとね……でもそれには、ちょっとの間とはいえ硬直しちゃったのは良くないね。だってほら。


「させない」


 カザリちゃんの魔力が昂っている。あれは攻撃の備えができている知らせだ。


 そう思った途端に飛んできた。光属性の魔弾が……数えられなかったや、たぶん七発か八発かな。拳を振り切る前にスタンギルはそれにボコスカぶたれて私の横を吹っ飛んでいった。あちゃあ、痛そう。確か光属性は闇属性よりも威力は控え目、でも着弾が早いって聞いたっけな。


 控え目って言っても今のスタンギルには悶絶ものだ。というより死んだか、と思って確かめてみるとけど、呻いているし蠢いている。あ、じゃあ生きてるんだ。本当にすごいな、なんてタフネスだ。私も生命力には自信があるほうだけど、こいつには敵いそうにないな……。


「まだ動きます!」

「わ、わたしが! おねがいショーちゃん!」


 地面に降り立った四人。コマレちゃんの後ろから出たシズキちゃんが腕を翳せば、そこからショーちゃんが勢いよく射出されて、瞬きの間に倒れているスタンギルの両手首と両足首、それから首を拘束して締め付けた。


 ここまでされたらさしものスタンギルも、何もできまい。かわいそうに、勝利目前だったのにあっという間にこんな姿にされちゃって。なんだか申し訳ないな。仲間が強くてごめんって感じ。


「ハルコさん、大丈──ッ、」

「ハルっち……!」


 駆けよってきた皆の顔が、ぼやけた視界でもはっきりわかるくらいに歪んで青褪めている。え、なに。私ってばそんな顔させちゃうくらいの惨状になってる? 血みどろの自覚はあったけどそこまでだとは、ヤバいね。ふふ、なんか可笑しいや。


「……、この、男が」


 シズキちゃんの怨嗟を感じさせる呟き。それに反応するようにスタンギルの口から咳が出た。いや、咳じゃないな。強引に肺から空気が絞り出されたんだ。ショーちゃんの締め付けが強くなったみたい。シズキちゃんが、怒っている。その怒りで今にも絞め殺さんばかりだ。


「いいよ、シズキちゃん……そんなことしなくたって。そいつ、もう死ぬから。どうせだし緩めてあげて」

「ハルコさん……?」


 よっこらせと立とうとして、でも無理で。ふらついて倒れかけたところをナゴミちゃんに支えてもらった。ありがとうとお礼を言って、支えられたついでにスタンギルの傍まで連れていってもらう。スタンギルは身動きできないまま、目だけを私に向けてきていた。


 最初もこんな風に私を見ていたな。でも、目付きは随分と違うかな。


「スタンギル。運だけって感じだけど、それでも勝ちは勝ち。あんたの負け」

「へっ……んなことわざわざ言われなくたってよぉ。オレの無様は、よくわかってら」

「無様じゃないよ」

「あぁ?」

「あんたは、凄かった。あんたと戦って生き延びたのは……私の誇りになるよ。スタンギル」

「────」


 少し間を空けてから、じっと私の顔を見つめてからスタンギルは。


「……っくく、本当に。何から何まで妙な奴だぜ……なぁ、ハルコ」


 だが、悪くねえ。


 それが彼の最期の言葉になった。ぼろりと首が取れて、それに連鎖するように全身が崩れていく。土で作られた人形が壊れるみたいな、そういう形のなくし方だった。魔石の魔力を取り込んだ果てがこれなのか……それとも魔族は死んだとき、死体が残らないものなんだろうか? 気付けばそこには何もなくなって、拘束する相手がいなくなったショーちゃんだけがぽつんと残された。そのどこか所在なさげな佇まいに、私は笑ってしまう。


 あ痛、痛たたた。笑うだけで激痛が。しかも笑うのやめても収まんねーでやんの。


「あー……ごめん、ナゴミちゃん」

「ハルっち?」

「寝る」


 もう、限界だ。起きてられない。ナゴミちゃんが何かを言うのも聞き取れず、私は意識を手放した。


 死ななきゃいいいなぁ、と思いながら。



◇◇◇



 ……死んでなかった。見知らぬ部屋で目覚めてそれを知る。


 一瞬、記憶が繋がらなくて混乱したけどね。でもすぐ思い出した。そうだ私、魔族と戦ったんだって。そして気絶同然に眠ったんだ。


 当然その後がどうなったかは知らないわけだけど、こうして無事だってことは皆があそこから運び出してくれたんだろう。うーん、マジ感謝。あと一歩皆が駆けつけてくれるのが遅れていたらスタンギルに殺されていただろうし、危ない危ない。九死に一生とはこのことだ。


 寝かされているベッドから上体を起こす。


「えっと……あなたは?」


 で、見知らぬ部屋にいらっしゃる見知らぬ人のことが気になってしょうがない。エルフの、やっぱり美人さんだ。エルフは美麗が過ぎて性別がわかりにくい(特に若い見た目の人たち)傾向にあるんだけど、足を組んで座っている彼女はタイトなスカートを履いているようだから女性と思っていいだろう、おそらく。


 そのエルフの女性は切れ長の瞳で私をじっくりと眺めて。


「具合はどう?」

「あ、えっと……ちょっと怠い? かな? でもそれ以外は平気です。……って嘘、なんで平気?」


 だって私、死にかけてたよね? 皆も思わず引いちゃうくらいの大怪我をしていたはず。それが綺麗さっぱりなくなってる。どこも痛くない。一応、パジャマみたいな服の中を覗いて確認してみたけど、やっぱり傷はない。どころか傷跡すらも見つけられない。


「私が治したからね。治癒術は知っているでしょう」

「治癒術! なるほどそれで……じゃああなたはお医者さん?」


 言われてみれば白衣を着ているな、この美人さん。エルフタウンの町医者ってところだろうか?


「医者ね……ま、そんなところね。それよりいくつかチェックさせてもらえるかしら」


 いいっすよ、と頷けば自分の名前が言えるかとか、仲間の名前が言えるかとか、直前のことは覚えているかとか、指が何本に見えるかとか、まー細々としたことをいくつも訊かれて、特に詰まることもなくその全部に答えていくと、やがて彼女は納得したように。


「拍子抜けだわ」

「えっ」

「何も問題なし。あれだけの重態だったにもかかわらず。これって凄いことよ」

「そうなんですか。それっていいことなんですよね?」


 もちろん、と彼女は肯定した。


「私はアリシア。あなたの担当医です」



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