73 鎧糸
「はあっ!」
まだだ、両手を拘束したからにはもっと欲張っていい!
腕を足場に使って姿勢を入れ替え、後ろ回し蹴りをこめかみに叩き込む。おっ? いい感触だ、鼻や顎よりも「打ち抜いた」感じが強いぞ。たまたま芯を捉えたか、同じ急所でも脆さが違うのか。どっちかはわからないが、なんにせよもう一発いけるか──。
「ふん!」
「あっ、くそ」
両手を縛り付けていた糸が引き千切られた。くう、しっかりキツく巻いたってのにただの力任せで破っちゃいますか。それもこんな早く。やってらんねー。
「おらぁ!」
「おっとぉ!?」
足が接地する間際を狙われてヒヤッとする。タイミングがぴったりじゃなかったからなんとか避けられたが危なかった。さっきまではとにかく拳を振り回すだけでこんなテクニカルな攻め方はしなかったっていうのに、さてはこいつ、学び始めてる? だとしたらやりにくくなるな。学習が進む前にちゃんとダメージを与えておきたい。
「しっ!」
付かず離れずを維持しながら躱しざまに斬糸を一振り。ピシリと当たったそれがスタンギルの剥き出しの背中へ一筋の線を刻んだが、ほっそい。まともに出血もしない程度の、本当にただの線だ。どういう皮膚をしてんだ。これじゃ斬糸はやるだけ無駄だろうか。
狙うなら急所ピンポイントでの突糸か──でもあれも予備動作はわかりやすいほうで、この至近距離だとカウンターを貰いかねない不安もあってそう易々とは頼れない。何より、糸越しよりも直接蹴った感触のほうがずっといいものだから、この現状。私が頼るべきは糸というよりも。
「この、逃げ回るのだけは一丁前か!」
嵐みたいな風圧で過ぎていく太い腕を掻い潜り、肉迫。フックでボディを叩く。硬い、通じない。でもそうやって何度か叩いていると少しずつ、でも確実に手応えが変わっていく。やっぱりそうだ。殴ったり蹴ったり、スタンギルに打撃を通せば通すほど、奴がその身に集わせている魔力が私のほうへ移ってきている。青レーザーと同じだ、接触するといくらかは私の耐性と馴染んでこっちのものになる。
レーザーの場合はそれが威力を減衰させる役目を負ってくれたけど、こっちから攻める場合は逆に私の拳の威力を引き上げてくれているようだ。強化率の上昇+スタンギルの防御力の低下、その両方によって。
スタンギルが支配している魔力の全体から言えば私が奪い取っている量はごく僅かだけど、決して無意味でもなければ無駄でもない。そしてこれは積み重なっていくものでもある。
要は殴れば殴るだけ私が有利になる……!
「うりゃうりゃうりゃぁ! ……ありゃ?」
だったら手数を増やせばあっちゅう間じゃね? と思って重量を乗せない手打ちの連打を加えてみたが、ダメだ。何故かはわからないけど重みがないとただでさえ少ない奪取量がさらに減る。
この打ち方だと四、五発で本気の一発とトントンくらい? それじゃさすがに手間と釣り合いが取れない。何より一打でも多く打ち込もうと欲張ると足を止める時間が長引いてしまう。今もそのせいで危うく腕を掴まれるとこだった、っブねえ。
そう都合よくはいかないか。反省反省。
地道にコツコツとやってきますか!
「支配下の沙汰!」
「うっ!?」
魔力の使い方が変わった! スタンギルの体から全方位に向けて放射された魔力の圧に、傷こそ負わずとも私は押されて体が流された。
マッズ、これは動けない。糸移動の保険も今はかけてない。なのにもうスタンギルのデカい拳がすぐそこにまで迫ってる……!
「ふぅんぬっ!」
まともに受けるわけにはいかない、から死ぬ気で体を逸らす! 腰をいわしそうになったけどその甲斐あって半端な姿勢からでも直撃コースからは外れた。でも、重心を運ぶために振った腕が犠牲になった。めぎり、と奴の拳が打ち当たった左腕から嫌な音が響く。
弾かれる。激痛。肩から落ちたけど頭まで打たないように庇ってすぐ起きる。激痛。糸を伸ばして移動、雑なサッカー蹴りから逃れる。激痛。
少しの距離を設けてから左腕の様子を確かめるが、あちゃあ。確かめなければよかった。これはひどい、ぐしゃぐしゃだ。特に前腕から先がヤバいことになってる。
見なかったふりしよう……と思ったけどうまく力も入らないこんな腕をぷらぷらさせたんじゃ戦闘の邪魔になるし、最悪それが命取りにもなりかねない。あと単純に止血もしときたいよね。ってことで、その場凌ぎではあるけど糸でぐるぐるに巻き付けて固定してみる。
こんなことやってる間に攻撃されたら大変なんでぱぱっと手短にやったけど、うん。思ったよりも具合は良さそうだ。痛みはそのままだけど、へちゃれた腕の不安定さが随分とマシになった。急ごしらえにしては悪くないギプスだ。
と、そこでまた閃くものがあった。糸を纏うこの手法、何も患部にしか使っちゃいけないってことはないよね?
「ふっふっふ」
怪我の功名というかなんというか、我ながらナイスなアイディアに思わず笑えば、スタンギルは不可解そうな顔を見せた。
「なんだぁお前、腕がおしゃかになって嬉しいってのか? ……いや、あんだけ忙しなく動き回っても結局は片手落ちだもんなぁ。そりゃ笑うしかねえか」
むっ、この野郎バカにしくさってからに。確かにしくったのは本当だ。片腕が使い物にならないっていうのもハンディと言えばハンディ。だいぶ重めのね。だけど鬼の首を取ったみたいに得意ぶられても困るな。勝負はこれからだってのに。
「名前を付けるなら鎧糸、かな」
左腕だけじゃなく右腕、それから両脚も糸で覆う。関節部は動きを邪魔しないようにできるだけ薄く、それ以外は硬く伸ばした糸を何重にも。身体から離し過ぎなければ糸の長さや硬度は相当に高められる。その特性を考えた場合、身を守るための使い方として最も理に適っているのはこれなのになんで今まで考え付かなかったんだろう。損した。でもいいや、この戦いに間に合ってくれたなら充分。
「できたよ、スタンギル。あんたをぶっ飛ばすための準備」
「はっ……糸の装具たぁ涙ぐましい小細工だな。そんなもんがお前を有利にするとでも? 馬鹿を言え、魔族と人間の差はそう簡単にゃ埋まらねえよ」
スタンギルはあくまで傲岸不遜で自信満々だ。根本的に人間を下に見ている。きっと人間だけじゃなく魔族以外の全てを雑魚と見做している。
だけどこいつはその人間に鼻を折られているんだよ? 擦過傷程度の傷とはいえあちこちから血も流れている。私たち人と同じ真っ赤な血が。どうしてそこまで区別ができてしまえるのか、私にはどうしてもさっぱりわからない。
ま、構わない。油断してくれるならそれに越したことはない。私のことを敵と思っていても強敵とは思っていない今の内がチャンスだ。
スタンギルは鎧糸をくだらない技だと捨て置いているようだけど、そうバカにしたものじゃないぞ。こうやってしっかり手が守られていればパワーグローブに引き上げられた腕力でもっと思いっきり、なんの遠慮もなく殴れるってものだ。蹴りにしたってそう。そこに糸の硬度も加わるんだから私の打撃はこれまでとは別物に生まれ変わる。
それをわからせてやる。言葉じゃなく体験で。
「おぉっ!」
駆ける。スタンギルもそれに合わせて踏み込んで拳を振るってくる。引きつけながら躱せば、また魔力の放射。だけど二度目をまんまと食らってやる気はない。足に巻いた鎧糸の一部を操作して周囲の掴める凸凹に這わせて固定。そうすることで体が流されるのに耐え、即解除。元通りに足へ巻き直しながら地を蹴って拳を打ち上げる。
「ガッ……!」
苦悶の呻きが、スタンギルの口から漏れ出た。




