72 親和性
◇◇◇
「やはりそうか。お前……!」
スタンギルが凄絶な笑みを浮かべる──アンちゃんの笑顔がフラッシュバック。上司と部下は似るものなのか二人の笑い方はそっくりだった。血と争いの匂いを放つ笑み。怯みかける心を叱咤して私は逆に加速。ミニ青レーザーを受けて落とした速度を取り戻し、最高速で走る。
もうハッキリした。最初は小さな違和感だったけどここまで来たら瞭然だ。スタンギルは自分で言ったみたいにこの場の魔力を操り切れていない──そして私には他人の魔力に対する耐性がある。
スタンギルの弱みと私の強み。それが上手いこと噛み合っている。
「お前にもあるんだな、オレのと似たような力が!」
似たような力? そうかもしれない。見方によってはそうとも言える。でも正確ではなさそうだ。スタンギルは魔力を操っている。誰のものでもないはずの、魔石モドキが生み出す魔力を全部丸ごと自分のものにしている。自分のものにしかけている、って言うべきか。
対して私はそうじゃない。私は魔力に何も働きかけたりしていない。
ただ馴染んでいっているだけだ。
「支配下の──」
力の高まりを頭の上から感じた。真上ではなく、発生源は私の進路の少し先。落ちてくる。発射に多少の時間をかければそういうこともできるのか。そう察しても私は止まらなかった。
我慢比べになりそうだが、上等だ。どうせ私は近づかないことにはどうにもならない。さっきまでならこんな迂闊に距離を詰めていく作戦なんて取りようもなかったけれど今なら勝算だってある。
いくらでも食らってやるよ。
「──沙汰!」
案の定に降り落ちてきた。例えるなら巨大な足に踏み潰されるようなそれも、けれど私を潰す前に威力が和らいでいく。結果として感じる重圧もそこそこ止まりになって、両脚を踏ん張るだけで倒れずに済んだ。多少の痛みはある。何度も魔力を浴びて全身が軋むようだしネックレスも既に空っぽになった。でもそれは私の敗北を意味しない──窮地を強調する事実じゃあない。
防魔の首飾りの自動防御が機能していないのに青レーザーが私を倒し切れないのは、食らえば食らうほどにその威力を落としているのは、つまり段々と、どんどんとスタンギルの魔力操作が拙くなっていっている証拠だ。
いや、スタンギル自身の問題ではない。それはきっと私の耐性がもたらしている天秤の傾き。そのことにスタンギルも気が付いたようだった。
「魔力との親和性、か──? ならばお前には! いくら撃とうが無意味かぁ!? どれだけ威力があろうが『魔力そのもの』じゃあお前を殺すに至らない! そういうことなんだなッ!!」
「ああ、それでいいよっ!!」
正解なんて知らん。細かいことなんて私が一番わからんよ。あんたがそう思うってんならそれでいい、どうでもいい。とにかく理屈は二の次だ。どんな理由であれ魔力が味方をしてくれるなら、私はそれを最大限に利用させてもらうだけ。
スタンギルが腕を引く。またぞろ何か別の撃ち方をしようとしている。だけど距離は詰まってる、ここまで来たなら隠さなくていい。
「ぬうっ!?」
魔蓄の指輪のブーストも行って最速で走っている私だが、そこから更にスピードアップ。それはスタンギルではなく私側についてくれている周囲の魔力を取り込んで強化を上乗せしたことでの加速だった。
感覚的には操作ではなく、お願い。誰のものでもない魔力を好き放題には操れない。スタンギルのように支配することはできない私だけど、どうか力を貸してくれと願えば魔力はしっかりと応えてくれた。何度も青レーザーに撃たれるている内にその手応えを掴めたものだから、こうして一見すれば無謀でしかない接近を試みているんだ。
そしてスタンギルはもう目と鼻の先。ひと息で最後の間をなくした私に目を見開く彼に目掛けて跳躍。
「どっせい!!」
空中キック。捻りを加えて放ったそれがスタンギルの顔面に突き刺さる。足裏に伝わる骨を折る感触。でも弱い、弱すぎる。蹴りの出来からしたらあり得ないくらいに薄くて軽い。
着地、と同時にステップで後方へ退避。落ちてきた掌を躱す。どずん、とただ腕を振り下ろしただけとは思えない音。
「くくっ……痛ぇじゃねえか、おい」
なんて言いながらもやっぱりスタンギルは鼻血を流しているだけ。そこ以外は顔のどこも無事だった。渾身の蹴りがクリーンヒットしてようやく鼻を折るだけってマジ? 鼻なんてけっこう簡単に折れたり曲がったりするものだってのにさ。
掌がどけられた地面を見てみれば、そこは手の形にクレーターが出来ていた。私の蹴りに苛立って放っただけなのが丸わかりの実に無造作な、掌打とも呼べないようなお粗末な一発でこれだ。
あまりにもスペックに差があり過ぎる。奴と私とでは生き物としての基本の性能に大きくて深い隔たりがある。まあ、そんなのは奴を一目見た瞬間から感じ取れていたことなんだけどさ。そうは言ってもこうして戦って実際にその差がどれだけのものか体感すると、ため息も出ちゃうよね。
多少周囲の魔力に助けてもらったくらいじゃ追いつけない、と……やれやれだ。
「殴り合いがしたいってか? いいぜ、魔力砲が通じねえってんならオレがこの手で直にぶちのめしてやるよ」
ガンガンと両の拳を打ち鳴らしながらスタンギルが近づいてくる。その体に魔石モドキの青い魔力が吸い込まれるように集まっていく。そうか、レーザーとして撃つだけじゃなくて私みたいに身体強化へ回すこともできるのか。そりゃそうだよね、支配してるんだったらそれくらいの使い分けはできて当然だ。
そうなると差がまた開くことになる……やめだ、そんなこと考えても仕方がない。後ろ向きになってばかりじゃ勝負には勝てない。前向きに、前のめりに行かなきゃね。
「勘違いしないんでほしいんだけど」
「あん?」
「殴り合いがしたいんじゃないんだよね。一方的にあんたを殴りたいだけ」
「へっ、やってみやがりな!」
相手の踏み込みに合わせてこちらからも踏み込む。体勢はなるべく低く、地面を舐めるように。そうすることで体格差からスタンギルは私を攻撃しづらくなる。
無闇に頭を下げると蹴りの一発が致命傷になりかねないリスクを負うが、ここまで身長が離れているとそれもなくなる。スタンギルが私を狙えるのは精々前蹴りくらいしかない。他の蹴り技では当てるためにちょっとした工夫を強いられる──だがスタンギルの動きは素人のそれ。武術に精通した者ならともかく、下手に身体制能がバカ高いだけにそういうものとは無縁だったろうこの男にそういう技量は望めない。
「ちっ! ちょこまかしやがって」
殴ろうが蹴ろうが捕まえられない。それに舌を打ったスタンギルの攻撃はますます単調になっていく。もちろん、単調だろうがなんだろうがその破壊力は計り知れない。一発でも受ければどこかしらの骨がおしゃかになって一気にゲームエンドまで持っていかれるのが目に見えている、私からすれば絶対に貰ってはいけない死そのもの。それを躱し続けるのは肉体的にも精神的にもキツい作業だ。
でも、そんな恐怖はおくびにも出さない。出してなるものか。余裕をもって翻弄している、そう思わせることが大事だ。そうやってスタンギルの怒りに燃料を注ぎ続ければ──。
「ほぅらっ、隙!」
「ッ!」
両手を使って打ち下ろされたハンマーパンチ。後隙なんて一切考えていないそれをわざとすれすれでやり過ごしながら糸を伸ばす。スタンギルの両手首をまとめて縛りつけ、その腕を踏みつけて膝蹴りを顎へぶち当ててやった。




