表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/207

71 強者ではない

 マズいと感じた。両腕を振り被ったスタンギルが何をしようとしているのか私には直感的にわかった。


 諸手突きだ。これまで片手だけで打っていたのを、今度は両手で。そうすることで二倍の大きさの青レーザーを放とうとしている。いや、二倍じゃ済まないかもしれない。あの手の広げ方、まるで周囲の力をかき集めるような動き方は、次の一撃がそれだけ巨大になることを予告している。


 突糸じゃこいつは止まらない。仮にさっきよりもいいところ──例えば眼球とか口内とかのピンポイント──に命中して重めの傷を負わせられたとしても、おそらく奴は攻撃の手を止めたりしないだろう。精々が先の再現でレーザーの進行方向を多少逸らせるかどうか。そして二倍以上の攻撃範囲になってしまえばそれにすらも意味はなくなる。


 止められないし躱せない。と結論する。


 だったら仕方ない。私のやることは初見時と同じだ。ひたすらに防御に徹する。それがベストだし、それしかできないし。屈んで被弾面積を最小に。全身に魔力を最大限に漲らせる。魔蓄の指輪と防魔の首飾りに今一度お祈りをして──来た。


 思った通りに思った以上の暴威を振り撒いて、私の視界を青が飲み干した。


「ッッ……!!」


 片手版ですら受け切れなかったんだからいくら守りを固めたって凌げるはずもない。そうとはわかっていても私には耐える以外の選択肢がない。歯を食い縛って恐ろしいまでの青さを受け入れる。その衝撃に備える。次の瞬間、予想を過たずに私の肉体を襲った衝撃はやはり強くて大きくて、そして──。



◇◇◇



 スタンギルは生来、力の気配というものに鋭敏な感覚を持つ男だった。

 強き者の気配がわかる。見ただけで充分に、見ずともある程度は。故に弱き者の気配もわかる。強者特有の気配が感じられなければ、それは弱者である。


 スタンギルが自分自身にも少なからずの力を感じるようになった頃、彼は魔石に代表される『誰のものでもない魔力』──まだ行き場を得ていない力を操れるようになっていた。それがスタンギルの武器になった。


 人類の魔術とは異なり魔族の魔術は体系化されていない。それは根底にある個人主義がそうさせているという一面もあれど、最大の要因はやはり魔族ごとに扱える能力の差異が大きい点にあるだろう。人類で言うところの異能力ユニーク……魔力を由来としない独自性に富んだ不可思議な力。と、なんら区別が付かないほどに魔族の魔術は十人十色にして千差万別。


 スタンギルの力は今代の四天王に取り立てられるほど優秀だった。

 ──だから、あり得ないのだ。


「お前、やっぱ変だな。なんでまだ生きてやがる?」


 力を全開にして放った真の「支配下の沙汰(ドミネ・クオス)」。最高出力で膨大な魔力をぶつけてやったというのに……それをまともに、真正面から浴びたというのに。しかし青の奔流が収まったそこにはまだその人間がいる。ハルコと名乗った勇者の女が、未だ立っている。


 こちらを強く睨む眼差しに、些かの怯えも衰えもないままに。


「ちっ。マジでどういうからくりだ?」


 そもそも片腕で放った簡易の一撃とはいえ、初撃を生き延びた時点でおかしなことなのだ。スタンギルの力は、そして天然の魔石の形成場となっているここに集う力は、そう生易しいものではない。どんな手段であれ小賢しい防御など物ともせず何もかもを押し潰し消し去る。そういう圧倒的な力の結集が青の奔流であった。


 なのに。


 ハルコは強者ではない。これは確かなことだ。どこをどう見たって強き者の気配なんて見受けられない──察知するべき力なんて持っていない、まさしくの弱者。スタンギルは勿論、そこらの人類と比べてもなお劣る。その程度の存在だと彼の知覚は教えてくれている。


 だというのにこの女は勇者を名乗り、自身へと挑み、そしてまだ生きている。本気で撃ち込んだはずの一撃にすらも耐え切って。


 事ここに至ってスタンギルは異常事態が起きていると認めた。目の前の人間を、作戦準備中のところへ不可解に転がり込んできた珍獣ではなく、とびきりのイレギュラーだと認識を改めた。


 任務であるエルフタウンの殲滅。その正否にかかわる障害物であると。


「オレの支配はまだこの場を完全掌握するには至ってねえ。その不完全さがお前を生かしたのか……それともお前の術か、異能がそうさせたのか。オレにはさっぱりわからねえ。敵のことがここまで何もわからねえのは生まれて初めてのことだぜ」


 仲間内での争いや同族殺しも珍しくない魔族の世界で、スタンギルもそれなりの修羅場を潜り抜けてきており、その過去があっての今の彼である。魔王の直下というポジションへ成り上がるまでには幾人ものライバルを蹴落としてきてもいる。


 そんな彼にとってハルコを前にして味わうそれは間違いなく未知の感覚だった。これまで戦ってきた相手とは、力の気配を撒き散らしていた強者たちとは決定的に異なる、この新たな敵は。自分に勝利の確信も敗北の予感も一切抱かせないこの特異な人間は──面白い。


 弱者に煩わされているという苛立ちもあれどそれ以上に愉快さが勝つ。戦いなど面倒なだけ、普段の彼ならそうとしか思わないというのに、今は。


 今この時、この女を前にしては。


支配下の沙汰(ドミネ・クオス)ッ!!」


 両手、それも拳ではなく掌打で場の魔力を撃ち放つ。打撃の形を変えるのは技術的な理由ではなく「なんとなくこの方が魔力の収束がしやすい気がするから」。自らの力を理論立てることをしてこなかったスタンギルはそのせいで自己分析とは無縁だが、そのおかげでフィーリングによって能力を使いこなせてもいた。


 両の手を用いての操作に加えて本来なら敵に影響を及ばさない契印(術的な補助動作をそう呼称する)に過ぎない「殴る動作」の工夫も彼の術を強化する一因となっており、先ほどハルコが予見した通りにその一撃は片手撃ちのそれとは比較にならないほど火力・範囲共に向上している。


 速度にこそ変化はないが攻撃としてはもはや別物。そう称しても過言ではないスタンギルの全力が注がれた魔力砲は、しかしまたしても標的を仕留め損なった。


 ハルコは以前として耐えている。


「「……!」」


 視線の交錯。互いが何かに気付き、そしてそれを互いに察した。


 即座にハルコが駆ける。駆ける! 全力の魔力砲を二連続で浴びていながらもその足取りに不安定さは見られない。速く、そして迷いのない走り。それを受けてスタンギルはまたしても両手を振り被った。ただし今度は両手同時ではなく、片手撃ちを間断なく二発。それによってハルコが進む先と、あるいは退避を行うことを見越してその後方にも撃って逃げ場をなくした。


 ハルコは速度を緩めなかった。下がってもどうせ食らうのならばと前のめりを選んだのだろう、それはスタンギルが予測した通りの行動でもあった。瞬時にそう判じたのはおそらく両手撃ちを食らっても己が身が無事で済んでいるという前提と、この二発がどちらも今までに見せた片手撃ちと比して明らかに威力を欠いていることを悟ったが故でもあろう。


 正しい。スタンギルは確かに出の早さを優先した。それによって確実に攻撃を当てることを優先させたのだ。彼には確認しなければならないことがあった。そしてそれには下手に強力な攻撃よりも程々の魔力をぶつけるほうが好都合だったからだ──結果として。


 ハルコは魔道具による防御を頼みに魔力砲へ吶喊、そして多少押されて速度を落としながらも止まることなくそこを駆け抜けた。魔力の砲撃を突き抜けた。


 否、その様をより正しく表するならば。

 魔力を掻き分けた、と言うべきだった。


「やはりそうか。お前……!」


 スタンギルが笑みを作る。それがどんな感情を由来としたものなのか彼自身も知らぬままに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ