7 信じたくなかっただけ
「あたしはバロッサ。で、あんたらはどこから来たどなたさんだい?」
ログハウス内の居間っぽい部屋で老婆、いやバロッサさんがそう訊ねてくる。
椅子に腰かけている彼女の対面で私たちも長椅子にぎゅうぎゅう詰めで座りながら、誰が質問に答えるかをお互いに顔を見やって押し付け合う。負けたのはコマレちゃんだった。
「荒唐無稽に思えるかもしれませんが、これから話すのは全て偽りなき真実です。どうかそのことを念頭に置いてお聞きください」
ここを訪れた経緯が経緯なだけに言葉を選んで語り出しを行うコマレちゃんに、バロッサさんはその慎重さを鼻で笑った。
「信じる信じないはあたしの勝手だろう。いいから話してみな」
「あ、その前に私からも一言」
「なんだい」
「お茶とか出してもらえると嬉しいなーって。あと茶請けもついてくるなら言うことなしっす」
「図々しいね、あんた。招かれた客人ってわけでもあるまいに」
「えー? 上がってけって言ったのはバロッサさんじゃないですか。それに従ったんだから充分に客人だと思うんですけど」
ねえ、と私と同じく喉も渇いていれば小腹も空いているであろう四人に援護射撃を求めてみると、なんと揃ってドン引きしていた。ナゴミちゃんですら苦笑気味だ。
嘘でしょ? さっき私を庇ってくれたあの優しさはどこに行っちゃったの?
「いやいやいい子ぶるとこじゃないって。ここを逃したら次にいつ食料にありつけるかわかんないんだよ? まずはおやつタイム、それからお風呂に入って、次に楽しい楽しい夕飯タイムでしょ! 夜は雑魚寝で恋バナしようよ恋バナ」
「どこまであたしん家で寛ぐ気だい」
なんのかんのと言いつつもバロッサさんは人数分のお茶とせんべいの間にあんこが挟まっている和菓子っぽいものを出してくれた。
ありがたく頂戴し、すぐに一杯目とお菓子を胃に収めておかわりを要求したら頭をはたかれた。でもちゃんと二杯目とあられみたいな新しいお菓子をくれた。私はそれを口に放り込んでぼりぼりと食べながら言う。
「それで何が聞きたいんでしたっけ? 今なら私がなんでも答えちゃいますよ」
「……あんたはいいよ。そこの子が話してくれるんだろう?」
「あ、そうでした。えーっとですね……まず事の始まりは──」
と、コマレちゃんによる事情説明が行われる。「女神を名乗る謎の女に攫われて力を与えられておそらく自分たちの世界とは異なる世界へ送られた」。要約するとこれだけなので大した時間はかからなかったけど、ツッコミどころはいくらでもあったはず。でもバロッサさんは一度も口を挟むことなく最後まで聞き終えた。
そして、コマレちゃんの「以上です」の言葉にたった一言。
「なんてこったい」
そう呟いて頭に手をやった。頭痛か眩暈にでも苛まれているように見える。
おばあちゃんだものね、不調にいつ何時襲われてもおかしくないだろう。としか私は思わなかったんだけど、コマレちゃんはそのリアクションに別のものを感じたみたいで。
「な、何かご存知だったりするんでしょうか」
「そりゃあね、魔王も勇者もよーくご存知だとも。伝承があるからね。あんたらが本当に別の世界から来たってんならピンとこないだろうが、この世界の住人にとっちゃ魔王、そして魔王が率いる魔族ってのはそれはもう恐ろしいものなんだよ。絶望の象徴と言ってもいい。その反対に、勇者は希望の象徴だ。魔王の再起と時を同じくして『慈愛の女神』が遣わせる最強の戦士──が、あんたらだって? 冗談なら早いとこそう言っとくれよ」
「なぜ、冗談だと思うの」
ゆっくりと茶菓子を食べていたカザリちゃんが、お茶で口内を潤してから淡々と訊ねる。
それに乗っかって私も二杯目の最後をぐいっと飲み干してから言った。
「バロッサさんだって見たでしょ、シズキちゃんの妙ちきりんな力。それから身を守れる私たちの力も」
あんただけは守られていたがね、といらないとこでバロッサさんがツッコミを入れてきたのを華麗に無視して私は続ける。
「これぞ女神から力を貰っている証拠ですよ。ねえ皆、その前まであんなことはできなかったんだもんね?」
一応の確認を取ってみれば、当然ながら皆それに同意する。
唯一、意識を失っていて先ほどの攻防を見ていないシズキちゃんだけはただなんとなくで頷いているだけなのが丸わかりだったけど、まあそこはいいだろう。後でコマレちゃんあたりから何があったか聞くがいいさ。今はめんどいからパスだ。
「そうだ! 伝承があるならバロッサさん、何か勇者の真偽を見分ける方法みたいなのも知ってないですか? なんだったら女神の人相とかも描きますよ、ヒントなしで『慈母の女神』っぽいもの描けたらだいぶ信憑性も出るんじゃ──」
「いや、いい。そこまでしなくたってわかってるさ。信じられないんじゃなく、信じたくなかっただけだからね」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「別に大層なことじゃないよ。ただ、年端もいかない子どもたちに世界の命運を託さなきゃならないなんてことを、認めたくなかったんだよ。年寄りのエゴってやつさ」
「バロッサさん……じゃあ、コマレたちを勇者だと信じてくれてはいるんですね」
「ああ。何せ──」
「よかったぁ! 与太話と思われて追い出されたらどうしようってヒヤヒヤしてたんだ。これで一宿一飯にありつけそうだね!」
ぐっとサムズアップするが、皆はまた苦笑していた。え、何。嬉しくないの? それともタダ飯に気が引けてるのかしら。
なんて慎み深い子たちだろう。でも考えてみてほしい、こちとら勇者ぞ? 希望の象徴ぞ? そんな存在を無下に扱うことになってはそのほうがバロッサさんにとっては気分が良くないはずだ。つまり、ここは遠慮なく最大限のもてなしを受けるのが私たちにできる最善の行いだってこと……!
「夕飯はカレーを希望しまぁす! シチューでも可! 野菜がゴロゴロしてると嬉しいっす」
「これも本当に勇者なのかい? 何かの間違いじゃなく?」
「ゆ、勇者だと思います……たぶん」
やれやれ、とバロッサさんは軽く首を振って。
「口に合うかはわからんが具材ならたっぷりある。いくらでも食わせてやるよ、安心おし。それよりも今は、あたしが知っている限りのことを教えるのが先だ。何も知らないらしいあんたらにはそれが一番大事だろう?」
「はい、是非!」
異世界の情報に興味津々なのか俄然に前のめりになったコマレちゃんを中心に、今度は私たちがバロッサさんの説明を黙って聞く番になった。
「いいかい、まず勇者としてのあんたらの使命。倒さなくちゃならない魔王っていうのがどんな奴かってことだが──生憎とあたしにもわからない。今代の魔王についてはまだなんの情報もないからね」
「今代、ですか。それに再起とも仰っていましたよね……つまり魔王は、何度倒されても時代を隔てて復活していると?」
「正しく言うなら『生まれ変わり』のようだがね。あまりにも強大な力を持つ魔王は、生ける者絶対の宿命である死にすらも捕らわれない。たとえ倒されて命を落としても、しばらくすれば新たな肉体を得て魂が蘇るのさ。その周期がおおよそ百年から二百年の間だと言われている」
「それが勇者来訪の周期でもあるのですね」
「ああ。前回の魔王の死は百年ちょっと前だから、今回の再起は周期で言えば早めだってことになる。……それだけ、新しい魔王は力を充実させているのかもしれない。気を引き締めてかかることだね」
ごくり、とコマレちゃんが唾を飲み込んだのがわかった。