69 四災将スタンギル
そいつ──男は胡坐を解かず、座り込んだまま顔だけをこっちに向けて、すごく……ものすごーく面倒くさそうに息を吐き出した。
「おい、てめえ。質問に答えろ。なんだって訊いてんだぜオレはよぉ」
睨むともなく睨めつけてくるその目の威圧感が、半端じゃない。それは男の見た目の厳つさも大いに関係がある。角だ。後頭部からうなじあたりにかけていくつも角が生えている。腕も見るからに太くて長い。人型だけど、明らかに人じゃない。人サイズの怪獣だ、こいつは。私には一目でそれがわかった。
魔族。確実に、見間違えようもなく、こいつはザリークやアンちゃんと同じ、人類の敵の一人。
ふう、と私も息を吐く。そして大きく吸って。
「なんだはこっちのセリフでしょ」
「あん?」
「そっちこそ何やってんの? こんな地下で一人っきりでさ。まさか観光ってわけじゃないよね?」
一面が青く輝くこの映えな空間を一目拝みにきただけの観光客だっていうなら何も問題はないんだけど……って、それでも問題大ありか。こいつが魔族である時点で連合国内に入り込んでいるのは超のつく大事だ。エルフタウンの人たちだってノールなんかよりもこの男が近くにいるほうがよっぽど嫌なはず。
「あー。何やってるかって、そりゃあ決まってんだろ。準備中だよ、準備中。見てわからねえか? ここは魔石モドキの吹き溜まり。深いとこにはたまにあるんだぜこういうスポットが。オレぁその力を支配下に置いてるところさ」
「……!」
魔石モドキ? っていうのはちゃんとした魔石じゃないけど、それになりかけてる……もしくは二級品を指す言葉だろうか。クランシュの甲殻でもそこそこ止まりの質だとそういう感じの扱いで買い取りされていた。
で、地下空間とは思えないほど辺りを明るく照らしているこのキラキラは、魔石モドキが大量にあることで起きてる自然発光がそうさせていると。
ふんふむ、なるほどね。わからんこともまだまだあるけど、だいたいわかったぞ。
「つまりろくでもないことしてるってことだね?」
支配なんて色物なワードをさらっと口にするくらいだ、ろくでもなさは満点と言っていいだろう。そう自信をもって言い切った私に、男はまた億劫な顔付きを見せた。
「けっ、ろくでもねえかは知らねえよ。ただこの大量の誰のものでもねえ魔力をオレのものにして……そんでちょろっと上にあるエルフの街だかなんだかを滅ぼしてやろうってだけだぜ」
「ろ、ろくでもない……!」
思った通りに、いや思った以上に野放しにはできない野郎だこいつ! 「ろくでもなさ」力が上限越えしとる。
「ったく、なんだってもう二、三日くらい待てねえのかね。ノールなんつーうまくもねえもんだけをメシにして頑張ってきた挙句がこの仕打ちか? ……ちっ、そうか。オレがノールを食い過ぎたせいで人間なんぞが入り込んできやがったか。あーしくった。これならもうちょい腹の虫を好きに鳴らせとくんだったぜ」
明後日のほうを向いてぶつぶつぐちぐち呟きながら頭を乱雑に掻いた男は、「つーか結局よぉ」とまた私を睨むようにして目を向けてきて。
「てめえはなんなんだよ、どこのどいつだ? どうやってここに来た?」
「私はハルコ、勇者の一人。どうやってかは私も知らん、洞窟が勝手に運んだんだよ」
「……あぁ? 勇者だぁ?」
「そ」
短く肯定すれば、男はしばらく黙り込んで……それから「がっはっは!」と大口を開けて笑い出した。そのいかにもこちらを馬鹿にした態度にむっとなる。
「なんか笑えるようなこと言ったかな」
「そらお前、笑うっきゃねえだろ! オレぁ強さってもんに勘が働くんだ。多少の距離があっても強い奴の気配はビンビンに伝わってくんだぜ」
「はあ、それが何?」
「強い気配は四つだった。万が一にもここまで来られちゃ鬱陶しいから魔石モドキを通じて撹拌してやったんだぜ。そのついでにメシの調達もやった。強ぇ四人組は遠ざかり、メシはここへ転がってくる。はずだったんだがなぁ。狙い通りは半分だけだ」
男は片手で上を指差しつつ、もう一方の手で私を指しながら続けた。
「強いのは追っ払った。今頃は洞窟の外に放り出されてるだろうぜ。入口は塞がってるはずだ、もうオレを嗅ぎ付けることはできねえ。それはいいんだが……てめえだよてめえ。ノールが落っこちてくるはずだったそこからてめえが代わりに落ちてきた。意味がわからねえよ、なんだってんだてめえは」
どっから湧いて出てきやがった、とまるで人さまを家に出た害虫か何かみたいに言うので私はますますカチンとくる。
「だから勇者だって。湧いたんじゃなくてあんたが怖がって遠ざけたその四人と一緒に来たんだよ。私たちは勇者一行だからね」
「……なんだと?」
男の笑みが消えた。鬱陶しさしか感じさせなかった眼差しからも一転、急に真剣な調子で私のことを上から下までじっくりと眺めてくる。
「今回の勇者は五人。だとか言ってたか……確かに上の四人は勇者と言われても納得のモンを感じた。むしろ勇者じゃなきゃ納得できねーくらいのモンをな。お前を入れて五人組か。……ってことはまさかマジなのか? お前が勇者?」
「そうだっつってんじゃん。私は勇者。それであんたは?」
「…………」
のっそり、と男が立ち上がる。そしてこっちに向き直った。顔の向きだけ動かして私を見ていた今までとは違って正面から相対する……と余計に、男のデカさがわかった。
身長は二メートル強、トロールほどじゃないが充分な高さ。それに太さもある。体勢的に腕のごん太さばかりがさっきまでは目立っていたけど、こうして見れば腕だけに飽き足らず全身の太っちょ具合がハッキリする。
肥満じゃない。全部が筋肉。反吐が出るほどのムキムキマッチョマンだ。
「苛立つぜ、よりにもよって勇者だと? ザリークのくそったれが、いい加減な仕事をしやがって。まさかこのオレを騙したんじゃあねえだろうな……まあ、いい。そうだとしたらぶっ殺すだけだ」
お前を殺したあとでな、と。男が再び私を指差しながらそう言った。
「……私は名乗ったよ。いい加減にそっちも名を明かしたらどう。それとも、怖い? 勇者に素性を知られるのが」
「馬鹿か、お前なんぞの何が怖いもんかよ。上にいた四人のどいつかならもう少し気も張ったが、お前じゃあなあ。こうして面と向かっても何も感じねえぜ? 勇者を名乗らされてんのが気の毒に思えるくらいだ」
「あっそ。じゃあもういいよ、名乗らなくて。名も無い魔族の一人としてここをあんたの墓地にする」
念じる。純魔道具三つをアクティブに。腕力と聴力の起動も忘れない。そして糸。右手に斬糸を、左手は用意だけしてフリーにする。構えを取った私を、男は相変わらずの様子でしばらく見つめていたけど。
「スタンギル」
「は?」
「魔王様が腹心『四災将』の一、スタンギル。それがお前を殺す魔族の名だ。今わの際に知りおいておけ、勇者」
「おっけー、覚えた。墓碑代わりだね」
「抜かせ」
「そっちこそ!」
挑発を返せば男が、スタンギルが笑う。さっきまでの蔑みの笑みとはまったく違う楽しげで危なげな、頬が裂けるような笑い方。背筋に悪寒。防魔の首飾りに意識を集中。
次の瞬間、魔石モドキが漏らす魔力。周囲に渦巻いていた力が爆発した。




