表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/207

68 地中の滑り台

「は……!?」


 洞窟が変形していく。左右や上下の区別もなく、目に見えている範囲全ての土石が粟立つみたいにぼこぼこと、掻き混ぜされるみたいにぐるぐると形を変えていく。異常事態。それは当然に私たちの足元でも起こっていて、何が起きているか理解する暇もなくあっという間に下半身が土に飲まれてしまった。


「やっ、ば!」


 魔力を全開にして身体強化を限界まで引き上げる。けど、やった瞬間に意味がないと悟った。どれだけ力があろうが踏ん張るための足場がない。手で掴めるものも何もない。地面は心地いいくらいに柔らかく、それでいてこちらを引き摺り込むことに躍起だ。


 藻掻く間に首元まで沈んだ。咄嗟に皆の様子を確かめれば、同じような状況だった。それぞれ地面や壁に捕まって四苦八苦している。でもそれぞれの能力である程度の抵抗ができているのか、私よりはマシか。全身が飲まれているのは私だけ。でも、この感じじゃ遅かれ早かれ全員が沈み、離れ離れになるだろう。それはもう止められない。


「あとで! 合流しよう!」


 それだけ言うのが精一杯だった。真っ黒で重たい水に頭の先まで浸かる。そして落ちていく。まだ引き摺り込まれる。息は持つか? 持たないようなら窒息の前にどうにかしないといけない、けどどうにかするってどうやって? なんて本気で悩んだのも一瞬のこと、急に体の支えがなくなって私は宙に放り出された。


「うわっ!?」


 どちゃっと音を立てて尻から落ちたのはやっぱり土石の地面。それも急勾配になっていて、下のほうへと土が流れていっている。まるでウォータースライダーみたいだった。まだ下に運ばれちゃうか。ここにも手でも糸でも掴めそうな場所はないし、この流れに逆らうのも無理ゲー。大人しく運ばれるしかなさそうだ。


 窒息の不安から解放されただけ良かった、と体勢を楽なものにしながらふと思う。なんか、明るいな。コマレちゃんとはぐれたことで魔術の灯りからも離れちゃっているのに、薄っすらとではあるが周囲の様子が見えている。まったく光源がないはずの地下でこれは変だ。


 言ったように私くらいの強化率じゃ魔力を用いたところで視力の上がり方も高が知れているのだから、こんな土の中でしっかりと周囲が見えるっていうのはやっぱりおかしい……や、真っ暗だとどっちが上か下かもわからなくなってそうだから、めっちゃ助かってはいるんだけども。


 まあ今はそんなことより行き先を気にしないとだね。あんまりにも深い地点に行ってしまうといよいよ自力で帰れなくなる。この滑り台に横道とかがあるならそっちへ飛び込んでどうにかこれ以上深部へ落ちるのを防ぎたいところだけど、見たところそんなもんどこにもないっぽくてね。こら参ったな、どうしよ。


「んっ?」


 そうやってキョロキョロしていると目に留まった、土の盛り上がり。私の上にできたそれが一気に大きくなって、そしてそこからノールが飛び出てきた。


 なんだって!? となったのは下にいる私を見つけたノールも同じようで、驚いたように目を見開いた。けどさすがは血に飢えた魔物、一目で私を獲物だと認識したのかすぐに攻撃態勢に移った。マジか、やるのか。こんな滑り落ちてる状況で? ノールからすればそんなのはお構いなしか。だったら私もやるしかねぇ。


「ふんっ!」


 体を捻る。空けたスペースにずどっとノールの爪が突き刺さる。脇腹の真横、もう少し遅れていたら腹に食らってた。乙女の肌に傷を付けようとはけしからん奴め。私は怒りに任せて左腕でノールの腕を絡め取る。前腕が地面に埋まったままこうして肘を抑えれば、いくらノールがパワフルでもどうしようもない。


 さあ、次はどうくる。体勢としてはマウントを取られているようなもの、だけどノールには自由がそこまでない。やれることと言えば空いてる左の爪か噛み付きでの攻撃くらいか。と、想定した通りにノールの口ががぱっと開く。噛み付きで来たか。


「思った通り……!」


 不揃いの牙とざらついた舌、そして血臭。それらが迫ってくるのは迫力満点だったけどビビらずやることをやる。ノールが覆いかぶさってくるときに構えていた足を突き上げて腰を押す。こうするとマウントを取られていても頭突きや噛み付きの被害に遭うことはない。こっちの腰を両脚で抑えられるちゃんとしたマウントポジションだと通じないけど、ただ上に乗っかってるだけのこの姿勢には効果覿面。狙いであろう私の首よりもずっと遠い位置で牙が打ち鳴らされる。


 残念、空振りだ。そんでもって、腰を押し上げるついでに左手から伸ばしていた糸をノールの左腕を巻き込んだ状態で縮めて、手繰り寄せる。こうすることで私は一本の腕でノールの両腕を封じることに成功した。


 よしよし、爪で切ることができない以上はノールがこの体勢から脱するのは不可能だろう。さっきの戦闘での反省が活きたな。これでお互いに身動きはほぼ取れなくなった──けれど、ノールと違って私にはまだ右腕が残っている。


 攻魔の腕輪が装備されている右腕がね。


「食らえ!」


 諦めずに牙を届かせようとしてくるノールの頭部、一応は人と同じく弱点と思われるこめかみを狙って闇のレーザービームを射出。アンちゃんにやったのとは違ってぐっと口径・・を絞って撃ったそれがノールの頭を揺らした。二次被害も含めて自分まで巻き込まれることを考慮して威力を下げたせいか一発で撃ち抜けはしなかったが、それでもダメージとしては充分だった。


 ノールの目がちかちかと何度も瞬きし、上体が傾ぐ。チャンス。ここで追撃しない手はない。手応えからしてもう少し出力を上げてもいいと判断し、一発目よりも強く闇レーザーを撃つ。それも今度は開いた口を狙って。


「ゲゥ、」


 喉奥から引き攣ったような声を漏らしたノール。それが最後の言葉になった。的確に口内へと命中してくれた闇レーザーはそのままノールの命を奪い去った──体から一切の力が抜けたことでそれがわかった。糸を解き、足でノールの肉体を蹴り上げる。さっきまでと違ってなんの抵抗もなくあっさりと私から離れたノールは土壁に飲まれて消えていった。直の土葬。油断してたら私もああなっていたと思うとゾッとする。


 助かった、なんてひと息ついている暇なんてこの状況じゃあるわけない。またぞろ他のノールが襲ってきやしないかと用心を怠らないようにしていると、落ちていく先に光が見えた。えっ、地下にあんな光ってる場所が? ひょっとしてあの光が届いてここら辺も照らしているのか──と考える間にもどんどんそこは近づいて、明るさも強くなって。


「わっ!? ってて」


 滑り台が終わり、投げ出された先で尻もちをつく。急激に明るさが増したことでちょっとだけ目が眩んだが、これも魔力による強化のおかげかパッと切り替わるようにすぐ視界が確保された。


「…………、」


 そこは、幻想的な場所だった。床も壁も天井も、見渡す限りに青くキラキラと輝いている。これは鉱石? それとも結晶だろうか? とにかく今まで目にしてきた土壁とはまったく違う。とても綺麗で、そしてそれ以上に、力・が渦巻く神秘の空間が広がっていて──。


「あぁ? なんだよおい。なんだってんだよてめえは」


 その空間の中央に、まるでこの場の主だとでも言わんばかりに胡坐をかいて座っているそいつ。その気配の禍々しさに私の体は自然と、考えるよりも先に戦いの用意をしていた。


 間違いない。この男は──魔族だ。

 三度目の「敵」との邂逅。握られた拳の内で、皮手袋が擦れて音を立てた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ