67 満場一致
くっ、速い! 糸繰りが間に合うか!?
洞窟の天井と地面を行き交わせて壁糸を展開、したかったけど、ノールの加速力が凄すぎてタイミングがギリギリだ。ヤバいか、と本能が鳴らしたアラームはすぐに解除された。
「グルッ!?」
「ハルコさんに、近づかないで」
シズキちゃんだ。彼女の操るショーちゃんがいつの間にか顕現していて、触手みたいに伸ばされた一部がノールの足首あたりをがっしりと掴んでいる。私に気を取られている隙をちゃっかり突くとはシズキちゃん抜け目なし……おかげで助かりましたわい。
「グォア!」
めちゃ硬なショーちゃんに捕まったからにはもう終わり。と思ったんだけどノールは諦めなんて見せずに、私の糸にやったみたいに爪を振るって触手を断ち切ろうとする。キンキンキンと硬質な音を立てて爪が弾かれるけど、そんなことお構いなしにノールは連撃を見舞う。
すごい手数だ、それに威力もある。段々と触手に傷ができているのがその証拠。素早さだけじゃなく力もあるのか、穴ノール。こいつは侮れん魔物だぜ。
「ショーちゃん」
このままでは拘束が解かれる。それを良しとして見守るわけもなく、シズキちゃんの命令に従ってショーちゃんは触手を三本追加。それで足のもう片方と両手まで捕まえて抑えつけ、完全に自由を奪うことに成功する。
もちろんノールは抵抗していたけど片足が縛られたままじゃショーちゃんの精密な捕獲からは逃れようもない。そしてまんまと四肢を封じれた以上、もはや抵抗のしようもなくなった。
「おねがいします、カザリさん」
「光、闇──発射」
光の二射と闇の二射、合計四発の魔力の弾丸が空間を翔けていく。的が動かない以上カザリちゃんが狙いを外す理由はなく、頭部と腹部に二発ずつ魔弾が命中。顔面も胴体もぐしゃぐしゃになったノールは断末魔すら上げられず死亡した。
え、えぐい……ショーちゃんの拘束からカザリちゃんの連射はえぐいコンボが過ぎるって。撃ち方の殺意もやたらと高いし、こんなやられ方をするとはなんだかノールに同情しちゃうね。即死しただけ苦しまなくて良い死に方だって言えなくもないかもだけど。
なんて考えていとズドン、と鈍い音。発生源を見れば倒れているノールの後頭部にナゴミちゃんの拳がめり込んでいるところだった。わ、わー。あっちはあっちでえぐいっすなー。あれ頭ごと地面まで抉れてない? とんでもないね、ナゴミちゃんの拳。
「コマレちゃん、援護ありがとう~」
「いえ、礼なんて。一度障壁を張っただけですから……それにたぶん、必要もなかったですよね?」
「んーん、とっても助かったよ」
和やかな会話だ。それなりに強い魔物とやり合ったとは思えないくらいに二人とも平常通り。実力差から一方的な戦いにしかなってなかったみたいだからそりゃそーだって感じかもだけど……にしてもやっぱり皆、強いなぁ。私からすると穴ノールは油断ならない強敵なんだけど、倒したテンションからして誰もそんな風には思ってなさそう。
「すばしっこいね、これ。でも、次は当てられる」
「は、はい。ショーちゃんだけでも、倒せると思います」
ほら、カザリちゃんやシズキちゃんも淡々としている。ヤバい敵だとは見做していない。よっぽどの大群が一斉にかかってくるような状況でもなければ大丈夫、っていう確信をこの二体と戦ったことで得たんだろう。そして現状、どうもそういうシチュエーションには襲われずに済みそうだ。
「……他の穴ノールが加勢に来る気配、ありませんね。これではまったく話が違います」
そしてそれは大きな疑問でもある。コマレちゃんが首をかしげているようにノールの増援が来ないのはおかしい。斥候の彼もバーミンちゃんも、ノールは仲間が戦っている気配と血の匂いに敏感で、一体と戦闘になれば次々と他の個体もどんどこ集まってきて大変なことになる……と言っていた。
自分たちの巣穴の内部で戦いが起きているとなればそれはもうすごいダッシュで現場に駆け付けてきそうなものだっていうのに、その兆候がとんと見られない。巣穴の中は相変わらずの静けさに満ちたままだ。
連戦も視野に入れていた、というかノール殲滅のためにそれを期待していた節もある私たちからすると、この静寂は腑に落ちないどころかどこか不気味ですらもあった。
「それで、どうしよっか? ノールの強さもだいたいわかったことだし先に進んでみる?」
「先というのは真ん中の通路のことですか?」
「第一候補じゃない? ノールがいた左の道でもいいけどさ」
行き止まりだったという右の道はまあ、ノール的にはなんらかの役割を持たせていた部屋だかスペースだかなんだろうけど、先に通じていない上に肝心のノールもいないんだったらわざわざ見にいく理由もない。
シズキちゃんがミニちゃんを偵察に出してくれたおかげで三択が二択に絞れて、しかもおおよその危険度も判明した。これはデカい。あとはこれらの情報を踏まえてどちらに進むかを決めるだけ。なんて言っても、その決断がいっちゃん難しいんだけども。
「簡単そうなとこから見ておいて、大変そうなとこを最後にするっていうのも悪くはないよねぇ?」
「確かにそうですね……ですが左の場合、確認できているのはノールと遭遇した地点まで。それより先にまた分岐がないとも限りませんよね。そこでまたどちらに進むかを悩むよりも、まずは本丸の調査を終えてしまうというのも案としては真っ当かと」
「投票しよう。左がいい人」
うだうだと論じるのを良しとせず、カザリちゃんが有無を言わせずに多数決を推し進める。投票の割れ方によっては不満も出そうだからどうかなとは思ったけど、ひとまず様子を見るつもりで誰かが手を上げるのを待ってみると……おん? 誰も上げないな。
「真ん中がいい人」
今度は手が上がった。その数、五つ。全員が揃って真ん中に投票した。つまりは満場一致である。
なんだか可笑しくなって、顔を見合わせて皆でくすくすと笑い合った。どんだけ息バッチリなのよ私たち。投票するまでもなく行き先が決まっちゃってるじゃん。
「なら、真ん中の通路を行くってことで」
異議なーし、と声を重ねて一致団結。私たちはミニちゃんが正体不明の異常を訴えた道──最も不穏を感じさせる中央の穴を選んで歩を進める。
「む。なんだか急に足元が不安定になりましたね……」
「だね。柔らかくなってる……っていうより、掘り返されたみたいな?」
それもつい最近に何度も。そうじゃなきゃここまではちゃんとした足場になってた土の道がいきなりこんなにヤワヤワにはならないだろう。ちょっと歩きにくい。でもちょっとだけだ。別に進むのが大変ってほどじゃないから探索するにはなんの支障もないんだけど……ここでノールに出くわしたら厄介かな? 向こうはたぶん、洞穴に住み着くくらいなんだからこういう地面でも機敏に動けるんだろうし。
「警戒を絶やさずに行きましょう」
同じことを考えてのことだろう、コマレちゃんは真剣な顔付きでそう言った。
その言葉に従って私たちは通路の前後どちらからノールが現れてもすぐに対応できるよう気を配りながら奥へと進んでいき──そしてそれは起きた。
「ん……揺れてる?」
足から伝う揺れ。最初は不安定な足元がそう錯覚させてるんじゃないかと思えたくらいに小さかったそれが、加速度的に大きくなっていく。たちまち立っていられないほどの振動に見舞われて私たちは焦る。
「じ、地震だ!? ここで地震はヤバいよね!?」
最悪、この洞窟の全体が崩落する恐れがある。そうなったら生き埋めだ。早いとこ外へ脱出しないといけないんじゃないか、とテンパっていると。
「何か、変。これはただの揺れじゃない」
こんなときでも冷静な一言を発したカザリちゃん。それが引き金になったみたいに、見えている景色がぐにゃりと捻じ曲がった。




