65 このまま進もっかぁ
エルフの彼が言っていた通り、しばらく山道を進んで進んで正面に見えてきた山肌に沿ってまた右へ右へと進めば、その先にそれはあった。崖下にぽっかりと空いた大きな洞穴──おそらくは奥へ奥へとどこまでも続いている洞窟の入口が。
元々あったものか穴ノールが拠点欲しさに掘り抜いたものなのかは知らないが、いずれにしろ敵の巣穴に違いはない。そこに侵入しようってんだから私たちもそれなりの覚悟を決めなくちゃならなかった。
「あっ」
「! どうした、何かいた?」
ひとまず距離を置いて穴蔵を見ていると、ナゴミちゃんが不意に声を上げた。私たちの中でも一番に魔力強化の効率が良くて、つまりは一番視力も強化されるナゴミちゃんなので、この位置からでも洞窟内のノールが見えた……のかと思いきや、彼女は緩く首を振りながら懐に手を入れた。
「ちょうど溜まったみたい。いいタイミング~。はいハルっち、どーぞ」
そう言って差し出されたのはネックレス、純魔道具である防魔の首飾りだ。コマレちゃんの魔蓄の指輪に続きこっちも魔力が満タンになったようだ。喜びながらそれを受け取ると、カザリちゃんも「そういえば」とバングルを取り出して。
「これも今朝、溜まっていた。装備したらいい」
「攻魔の腕輪も! ありがてぇありがてぇ」
ネックレスをつけて、バングルを腕に通して。よしっ、これでまたフルアーマー状態に戻ることができた! これから試練に挑もうというときに全てのアイテムが揃ってくれたのはめちゃくちゃ心強い。この純魔道具たちがあるのとないのとじゃ大違いだからね、マジで。
「あう……」
「あっとシズキちゃん、そんな顔しないで。ミニちゃんの調整が大変なのはよくわかってるからさ。焦らないでじっくりやってもらったほうが私としても助かるってもんだよ」
自分だけ試練前に調達が間に合わなかったことにシズキちゃんが露骨に落ち込んでいたので、そう励ます。いやほんと、間に合わせの調整でミニちゃんが帰ってきたっていざってときに頼るのが怖くなっちゃうからさ。そこは慌てず騒がずどっしりと万全にしてほしいところだ。
「そうですよシズキさん。今回の試練には間に合わなかったと言っても、コマレたちの戦いはまだまだ続くんですからね」
「そ~そ~。ミニちゃんがいない分はウチらで直接ハルっちを守ってあげよーよ。ね?」
「……は、はい!」
私もだけど、皆シズキちゃんを励ますのが上手になってるよね。おかげでいい感じにまとまったよ。まとまったのはいいんだけど……。
「善意は嬉しい。でも、当たり前に守られる立場なのが複雑……って顔してる」
「カザリちゃん!? だから人の顔から心を読むのやめてってば」
いつの間にかすぐ横にいた彼女にぼそぼそと耳元で喋られてびっくりしながらそう言い返すと、彼女はくすりと笑って。
「やめない」
それだけ言って離れていく。や、やめないって。なんてシンプルな拒否なのだ。シンプル過ぎてじゃあもういいかなって思っちゃったよ。たった四文字で意思を押し通すとはカザリちゃん、恐ろしい子。
「では、乗り込みますよ。準備はいいですね?」
「応とも!」
私がどの魔道具も問題なく起動できそうなことを確かめてから、コマレちゃんの号令で私たちは草陰から出ていく。洞窟の目の前でコマレちゃんが「アグロフォス」と詠唱すると四つの浮遊する輝く球体が出現し、ぱっと辺りを照らし出した。陽の下でもよくわかるくらいにすごい光量だ。これなら洞窟内がどんなに暗くたって真昼の空の下みたいに明るくしてくれることだろう。
ということで、準備万端戦意満々意気揚々と私たちは穴ノールの棲み処へと乗り込んだ!
……のはいいんだけど、すぐにもノールと出くわして戦闘になると思い込んでいただけに、行けども行けども変わり映えしない土壁だけが続く光景にちょっと拍子抜けすることになった。
本格的に深部まで進んでしまう前に、一旦みんなで立ち止まる。
「え、全然出くわさないんだけど……入る穴間違えた? それかノールが引っ越しちゃったとか」
「他にそれらしいものも見当たりませんでしたしこの洞窟で間違いないと思います。浸知の術というエルフの魔術で洞窟内を探ったのは一週間ほど前が最後とのことでしたが、それ以降にもノールの姿は確認されているので引っ越しの線も薄い……はずなんですけど」
こうして一体たりともノールを見つけられていないからには絶対にない、とも言い切れないわけで。まさにその確認されたノールが引っ越しの真っ最中だった可能性だってあるにはある。
なんて言っても考えにくいことなのは確かなので、どのみちもっと奥まで探索する必要があるだろう。
「なるべく入口の近くで戦いたかったけど、仕方ないね~。ウチが先頭になるからこのまま進もっかぁ」
ノールと交戦すると次々に近くの仲間が押し寄せてくる、という本当なら厄介なはずの習性を利用して巣穴を一網打尽にする作戦を立てていたんだけど、それが叶わないなら敵陣のど真ん中まで潜る他ない。
一応、内部が入り組んでいることも考慮してコマレちゃんが魔力で、シズキちゃんがショーちゃんを一滴(?)ずつ垂らすことでそれぞれ道標を残してくれているから迷うことはないだろうけど……それでも地の利はノールにあり。数を減らさない内からその懐へ飛び込むからにはさらに用心をしとかなくちゃだ。
「おっと。分かれ道」
右と左、進行方向がふたつに分岐している。私たちはどっちに進むか悩む。が、どっちが正解も何もないだろうということで深く考えずに左へ進むことにした。隅々まで早く探索したいならパーティを分けるのも考慮の内だっただろうけど、安全第一の私たちにそんな選択肢はなかった。戦力分散せざるべし。
「うっ。また分かれ道」
今度は三方に分かれている。行き止まりじゃないからにはちゃんと奥に進めているってことでもあるけど、この調子で続いていくなら巣穴は想定よりもずっと広大で、ノールの殲滅もそれだけ大変になる。
「あ、あの……ミニショーちゃんを、先に行かせてみますか?」
今度も当てずっぽうでどっちに進むか決めようか、いやここで探索方法がこれでいいのか改めて考えてみようか、と意見を交わしているところにシズキちゃんからそんな提案が上がった。即席のミニちゃん三体を先行させて、三方それぞれの道がどうなっているのかを調べるというアイディアだ。
「それができるなら、とても助かるけど。できそう?」
「んん……が、がんばってみます」
できるとは明言せずにシズキちゃんはミニちゃんを三体ぽぽんと放出して、えいやと発進させる。そしてそのまま目を閉じて集中するモードに入った。
今シズキちゃんは一心同体である本家ショーちゃんと合わせて合計四体のショーちゃんを操っていることになる。なんだかキツそうだなと思ったけど実際にキツいみたいで、意識と思考の分散とでも言うべき負担がのしかかっているようだ。現状だと四分割か。うーむそれは辛かろう。
だけど納得だな、私用のミニちゃんを特別に仕立てなくちゃいけない理由はこういうところにあるわけだ。つまり、ただ単にミニちゃんを貸すだけじゃこんな風にシズキちゃんが常に操作のためがっつり意識を向けてなくちゃならなくて、それじゃお互いにとって何もいいことがないんだからそりゃそうだわな。
でもそこを調整によってどうにかしてしまえるのがこの子のすごいところだ、と勝手に親目線で鼻高々になっていると。
「うそ……」
目を開いたシズキちゃんが呆然と呟いた。




