64 穴ノール
聞くにノールというのは犬みたいな顔を持つ二足歩行の魔物で、だいぶ昔、まだ第三大陸に獣人がほとんどいなかった頃にはノールと同一視なんかもされてけっこうな問題になったんだとか。
「見分けがつかないほどノールが獣人らしい、などということはないのですが、やはり馴染みがないと人の目は判別に弱い。特にノールの恐ろしさを知る者からは過度に怖がられたようです」
「この国が建国される前後の話っすから、本当に大昔のことではあるんすけどね。でもエピソードとしては有名っすよ。見た目で人を差別したり迫害しちゃいけないっていう教訓話のひとつっす」
そう教えてくれるバーミンちゃんの顔付きはやっぱり渋くて、相当ノールのことが嫌いなんだなってわかる。
バーミンちゃんは半獣人だから、特徴的な長い耳さえ帽子に仕舞っちゃえば人間と見た目は変わらない……つまり普通の獣人みたいにノールと一緒くたにされることは後にも先にもなさそうだけど、それでもやっぱり彼女だって獣人の一員らしく過去の仲間たち──その中にはバーミンちゃんのご先祖様もいたかもしれない──が魔物と間違われたなんて話は聞くだけでも面白くないようだ。
「補足をありがとうございます。獣人の方は本来、自然の中で暮らすそうですね? それは我々森人も同じですが、名の通りに奥深い木々の狭間に居を置く我らとは異なり、獣人の場合は平野や台地といった広い場所を好む傾向にある……そしてそれはノールも同様で、それが余計に混乱を招いたのかもしれませんね」
なるほど、獣人のいるところにはノールもいる。現在の連合国でも王都みたいな大都会には寄り付いていないみたいだから、建国当初だって人里の外にいた獣人は多かっただろう。で、彼らが好んで住む場所はノールが好んで住む場所でもあった……となると獣人が第三大陸の人たちにとって未知の人種だった時代、認識をごっちゃにしちゃうのも無理はないかもねぇ。
「……? 開けた土地に住むのがノールの習性であるのなら、あそこ……ええっと、外れの森でしたか。どうしてそんな好みそうもない場所に姿を見せるようになったんでしょうか?」
お、これは鋭い疑問だなコマレちゃん。私は少しも引っ掛かりを覚えなかったよ……こういうとこで地頭の差って出るよね。
コマレちゃんが指差しているのはエルフタウンのすぐ傍にある割と大き目な森林帯のことで、今いるここ……見張りの木が置かれているのはその森の始まりというか、終わりの部分だ。で、ノールもこの森の端のどこかに群れで構えているみたい。その群れをどうにかするっていうのが、ロウジアに続くエルフタウンの試練の内容だ。
険しい岩山の上でブラックワイバーンと戦ったのに比べれば(や、私は戦ってないんだけど)、今回の試練は優しめの難度じゃない? と思ったのも束の間。どうもそう簡単にはいかなさそうだぞとすぐに気付かされた。
「ええ、それがこのノールたち少々特殊なようでして。通常のノールも場合によって洞窟などの狭い場所にも身を置くようですが、外れの森に住み着いた群れは一時的なそれではなく洞窟暮らしに適応しているものと思われます」
彼と同じく森から魔物が来ないかを常に警戒する見張り番の一人が行なった偵察で、ノールの巣穴は既に発見されている。彼らが慎重に観察を続けてわかったのは森のノールたちが完全に洞窟を拠点化させていることと、それに伴ってか、あるいは元々そういう種類なのか、よく知られている一般的なノールとは若干ながら姿形が異なっているということだった。
「亜種であると我々は考えております」
「亜種、ですか?」
「はい。魔物には時折そういった特殊な個体が見られます。今回のように群れ単位というのは非常に珍しいのですが」
「特殊って何がどう違うんですか~?」
「私の見たところによると通常のノールよりも体毛が黒く、全体的に背丈が小さく思えました。他にも口の形状が横に大きく開くようになっており、爪が太く短い。また体格に比して足が大きいようでもありました。他にも差異はあるのでしょうが、観察した限りで判明しているのは以上となります」
「洞窟生活に相応しいフォームになってる、ってことですよね?」
「そう思われます」
だったら他にも、普通の個体よりも暗所での目が利くとか土を弾くために毛並みが固くなってるとか、まあ確かに色々と変化はあるだろうね。それだけ違うと戦闘スタイルも変わってきそうだけど、その点に関してはまず普通の個体の戦闘スタイルを私たちは知らないものだから、別に落差に戸惑う心配もしなくていい。
「口の形が普通とは変わってるってことは、食べ物も変わってるんすかね? ノールって雑食のくせして基本は肉ばっかり食べるって聞いてるっすけど」
「古きルールスの言うことには、ノールは穴ノールになると雑食に変わりはなくとも肉と同程度に土石を食らうようになる、とのことです。それも湿潤で栄養豊富なそれを好むとか……私たち斥候も洞窟内に立ち入ったことはないので実際に食事のシーンを見かけたわけではないのですが、おそらく正しいでしょう。ノールの狩りの様子も観察しましたがあの獲物の量ではとても一個の群れを賄えるはすがないので」
「群れの全体数を把握できている?」
「いいえ、正確なところは。しかし個体ごとの特徴を識別するにそれなりの数がいることは間違いなく、また浸知の術で探った者も洞窟内にはノールのものと思われる息遣いが多くしていると報告してもいますので……狩りに出ない個体もいる点を踏まえて推察するに、おおよそ五十体から七十体。百には達しないが四十を下ることはない、ノールとしては大規模な群れであると私たちは見当をつけました」
五十体から七十体! 五人で相手するには多過ぎる数だ。喧嘩とかなら五対七十なんてまず考えられない。けど、私たちがやるのは喧嘩じゃないからね。一人あたり十五体くらいやっつければいい計算で、そして皆ならそれくらいサクッとできちゃいそうだ。
……私も頑張って二、三体は倒しますとも。うん。
「ノールが攻撃手段とするのは主に爪、そして牙での噛み付き。ですが狩りを行う個体は自作の道具や人から奪った武器も用います。洞窟内は狭くともノールにとっては戦うに充分な空間です。閉所かつ暗所での戦闘は貴方方を不利にするでしょう。どうかお気を付けください」
あーそっか、狭くて暗いとこでの戦いってこともちゃんと頭に入れておかないとだね。でもまあ、平均身長が百八十以上はありそうなすらっとした人ばかりのエルフならともかく、私たちは女子中学生ですから。一番デカい私でも穴ノールと同じくらいっぽいから身動きできないとかはないはず。
だから気になるのは暗さのほうだよね……キャンプ用にランプの魔道具は持っているけど人数分はないし、そもそもランプ片手に探索・戦闘はちょっと危ないでもある。
「それならコマレにお任せを。灯火の魔術は応用編の一歩目としてバロッサさんから教わっていますから」
なんとコマレちゃんは魔術でランプ代わりになるものを作り出せるようだ。唱えている間ずっと魔力を消費してしまう難点はあれど、そこまで消費量は多くなく、そもそもコマレちゃんの魔力量はバカ高い。両手をフリーにできるメリットに対してデメリットはほぼ皆無である。
ということで、狭さも暗さもなんとかなるだろうという結論になり。
「そんじゃまあ、今回もいっちょやったりますか!」
バーミンちゃんと斥候エルフさんに見送られ、私たちは試練に挑むべく外れの森へと踏み入ったのだった……!




