63 エルフタウンの困りごと
「てか、大まかにしか特徴聞いてなかったのによくこれが見張りの木だってわかったねバーミンちゃん。こうしてまじまじ見ても見分けがつかないんだけど」
「自分も見分けはついてないっすよ。ただ聞こえただけっす」
帽子を取ってピコピコと長い耳を揺らすバーミンちゃん。そっか、例の優れた聴力で息遣いだとか衣擦れだとかの木の上からする気配を聞き取ったわけか。改めてすごい耳の良さだなぁ。さすがはウサギの獣人。
私と同じく見張り番さんも感心したようで、彼は口元を覆っている忍者みたいな黒い布越しにもわかる笑みを浮かべて言った。
「素晴らしい。私も斥候としてそれなりの自負があるのですが、こうもあっさりと場所を特定されるとは。見事な察知能力ですね」
「獣人としての力が耳と逃げ足に集まってるってだけっすよー。そこ以外はホント、てんでダメダメなんで」
「案内人を務めておいでだというのに随分と謙遜をなされる。前回の魔王期においても優秀な案内人が勇者をサポートしていましたが、その方も獣人でしたよ。それもあなたと同じく、半獣人だったと記憶しております」
「そうだったんすか!? 知らなかったっす……」
お? 専門性の高いこと以外ならだいたいなんでも知ってる印象のバーミンちゃんだけど、先輩案内人については知識を仕入れていなかったらしい。本気でびっくりしている。そしてどことなく嬉しそうでもあった。
というかそうか、この人も若く見えるけどエルフなんだもんな。エルフは長命で、人の二、三倍は平気で生きる。エルフタウンの中にも前回の魔王期経験者はたくさんいることだろう。さすがに、今回で三度目の魔王期だというルールスさんみたいな人は少ないだろうけどね。あの人はハーフエルフで通常のエルフよりも更に長命だからこそ、そんなに健在でいられるわけだし。
「前回も勇者や案内人とこうして交流を?」
そうコマレちゃんが訊ねたのは、さっきルールスさんから聞いた「前回においてもエルフタウンが試練の地に選ばれた」という情報があってのものだろう。つまり今こうして私たちと接しているみたいに、先代の勇者とも試練を通して会話をしたのだろうと予想してのことだ。けれど彼は「いいえ」と小さく首を振って否定。
「当時の私はまだ幼かったものですから、私ではなく父が」
「なるほど、お父上が。あなたがお仕事を引き継いだということですね」
「ええ、そうですね。前回の魔王期で父は亡くなりましたから、私がすぐに跡を継いだというわけではないのですが……ああすみません、どうかそのような顔をなさらないでください。私は父を誇りに思っています。亡くした悲しみはあれど苦しみはありません」
エルフタウンの近隣に現れた魔族を対処すべく組まれた部隊に彼のお父さんも加わり、そのまま帰らぬ人となったそうだ。悲劇だが、魔王期にはありふれたことでもある。誰かが、ではなく誰もが命を賭さなければならない。その最たる役目を負うことを自ら志願した父は今でも自分の憧れであり目標だ、と彼は言った。
そう語りながらまったく暗さや寂しさを感じさせないものだから、それが本心からの言葉だと私たちにはよくわかった。
「斥候としての腕前で及べているとはとても言い難いですが。今ではこうして当時の父と同じ仕事を任されている身です。もしもその時が来れば勿論、あの日の父と同じように私も、惜しむことなくこの命を捧げたいと思っています。他のエルフや人類を守るために」
うーん、なんて立派な人なんだ。ここまできっぱりとした命懸けの覚悟を持っている人は連合国の中でもそうはいないんじゃなかろうか。きっとお父さんも彼のことを誇りに思っていることだろう。ということをそのまま言うと、彼は少し照れたように破願した。
「救世の使徒であられる勇者からそのように言われるのは面映いことですが……お言葉に恥じぬよう頑張りたく思います」
「ああでも、ひとつだけ言っていいですか」
「はい、なんでしょう」
「皆のために命を捧げるぞ、っていうよりも。皆と一緒に何がなんでも生き残るぞ、って覚悟のほうが……たぶんお父さんももっと喜びそうっていうか。安心できるんじゃないかな―、とか思ったりもしなくはないんですけど」
なんかめちゃくちゃ偉そうなこと喋ってんな私、と言ってる途中から恥ずかしくなっちゃったので言葉尻がごにょごにょしてしまった。だけど彼はそれを聞いて、一瞬だけ目を見開いてから「そうですね」と噛み締めるように言った。
「きっと父も、その覚悟で戦場に出たのでしょうね。死にに行くのではなく私たちの下へ帰ってくるつもりで……。私も、そうしようと思います」
「えっ……あ、はい。そうすね、それがいーんじゃないでしょーか」
「気付きを与えてくださり感謝の念に堪えません。流石に勇者に選ばれるような方はお若くとも含蓄がおありになる。若輩の自分が殊更に小さく思えます」
「いやいやそんなことないですって」
私のどこを切り取っても含蓄なんてものは見つからないし、間違ってもあなたは小さくなんてないですって。マジでマジで。
思いの外にすごいリアクションをされてしまって逆に居た堪れなくなった私は「それよりも!」とちょっと……いやかなり強引に話題の舵を切った。面舵いっぱいに。
「改めて試練──私たちが解決しなくちゃならないエルフタウンの困りごとについて、詳しく聞かせてもらっていいですか?」
勇者として何をしなくちゃいけないのか、ってのはルールスさんからさっき教えられているけど、そこで聞いたのはざっとした概容だからね。もっとちゃんとした説明を受ける意義は大いにある。ありまくる。何も無理矢理に話題を捻出したわけじゃあないのだ。
「承りました。我らが長である偉大なるハーフエルフ、古きルールスが神託──『慈母の女神のお告げ』により授けられた試練の内容とは、数ヵ月ほど前から外れの森に出没するようになった魔物ノールの殲滅です」
「げ。ルールスさんの言ってた危険な魔物っていうのはノールのことだったんすか……よりにもよって」
実に嫌そうなしかめっ面をしてバーミンちゃんがそう言った。私はノールなんて名前のモンスター? は聞いた覚えがない。まず確実に初耳だと思うんだけど、それは私の知識が浅いってだけでファンタジー系に詳しい人になら割と知名度のある奴なのかしら。
と、思って私たちの中で一番そっち方面に明るい(というか熱い)コマレちゃんを見てみれば、意外にも彼女は首を振って。
「ちょっとコマレも知らないですね……いえ、一度も見聞きしたことがないとまでは断言できませんけど、少なくとも触れてきた作品の中でノールなる魔物が大きく取り上げられたシーンはなかったと思います」
「へー、コマレちゃんでも知らない魔物っているんだね」
そりゃいますよ、と勝手に当てにされて勝手にがっかりされたのが不満なのか少し不貞腐れたように言うコマレちゃん。や、ただ知ってるのか気になったってだけでほんとのところ別にがっかりとかはしてないんだけども。
でもまあ、やられ役の魔物にしたって作中で目立つようならコマレちゃんが名前を忘れるなんてなさそうだ。ってことは魔物内ではけっこうマイナーな部類に入るのかな? そのノールっていうのは。
「甘く見ちゃいけないっすよハルコさん。ノールは獰猛さで言えばブラックワイバーンにも引けを取らない魔物っす。一体見かけたら確実に群れがいて、仲間の声に反応してすぐに集まってくるもんすから、迂闊に見つかってもいけないし手を出してもいけない厄介な魔物でもあるっす」
実感の籠った口調で語るバーミンちゃんの表情は変わらずしかめっ面のままだった。




