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6 危ない娘っ子

 おばあちゃんとは思えない身のこなしだった。いつの間にか私たちの傍にいたことといい、絶対に只者じゃない。


 シズキちゃんの首を掴む手は年齢相応に細くて枯れた印象を受けるけど、負けず劣らずシズキちゃんの首だって華奢だ。老婆がその気になればあっさりと折られる。私たちは全員がそう確信していて、だから老婆の言葉に従うしかなかった。


 おのれ、見るからに脆弱なシズキちゃんを狙うとは卑怯な……! 逆だったら私もそうするけども。


「勝手に動いたら即アウトだ。そうじゃなくても妙な真似をしようとしているとあたしに思わせた時点でアウト。この娘が大事なら身じろぎひとつしないことだね」


 いいね、と老齢らしからぬ気迫を感じさせる目付きで睨んでくる老婆に皆は黙って了承の意を示すが、私としては尋問が始まる前に言っておきたいことがいくつかあった。


「あのー。人質としてはミスチョイスだと思うんですけど」

「なに?」

「いやその子、体の弱い子なんですよ。気も小さくて、ほら。今にも気絶しちゃいそうでしょ?」


 老婆がちらりと腕の中のシズキちゃんを見やる。その顔が極限まで青褪めているからには私の言っていることもあながち大げさではないと老婆だって思うはず。


「確かに臆病な子みたいだね。それがなんだってんだい? まさか丁重に扱えとでも?」

「そうじゃなくって、その子が自分で立てもしなくなったらおばあさんも扱いに困りません? そうなる前にここは人質をチェンジしときましょうよ。その子の次にか弱い私あたりとね。だいじょーぶ、私なら気を失ったりはしませんよ! もちろん反抗もね」

「ふん……気を失いそうにないタマだってのは間違いなさそうだが、反抗しないってのは怪しいもんだ」


 げ。もしかして腹のうちが顔に出てたか。そういうのを取り繕うのは得意なつもりだったんだけどな。シズキちゃんの顔色がマジで悪すぎて焦ってしまったかもしれない。


 彼女の安全を確保するにあたって問題なのは距離だ。私たちの位置からだとどうしたって老婆がシズキちゃんを害するほうが早い。だから私は人質に名乗りを上げたのだ。


 老婆が本当に私とシズキちゃんの立場を変えてくれるならヨシ。そうじゃなくても、仮に私共々に人質として扱う選択をするならそれもそれでヨシ──だって一人で二人を抱えるとなったら動きが大いに制限されるし、シズキちゃんの身だけは私が守ることもできる。少なくともこんなに離されているよりは近くにいたほうがいい。


 という考えは見透かされているようで、老婆は油断なく私たち全員を見据えながら、特に私へと向けて胡乱げな視線を向けてきた。


「そんなにこの子が大事かい? だったら真っ先に狙った甲斐もあったってもんだね」

「や、そんな大事ってわけでもないですけど。さっきの今で知り合った関係でしかないし」

「ほお? じゃあなんだって自分の身を危険に晒してまで守ろうとすんだい。何か他に理由でも?」

「守る理由? 別に思い浮かばないけど……でもそれを言うなら守らない理由だってないから。とにかく私は私のやりたいようにやってるだけなんで、理屈が欲しいならそっちで勝手につけてくださいよ」

「…………」


「で、どうすんですかおばあちゃん。人質の交換はするのしないの」


 しばらく老婆は口を開かなかった。じりじりとした時間が過ぎる。

 実際にはそこまで長くなかったんだろうけど、体感ではえらく間延びして感じられたその時間の終わりは、老婆のため息が合図になった。


「疑うのも馬鹿らしい、か。気が変わったよ、この子は解放してやるからその代わり──」

「あう」

「──あん?」


 がくっ、と。魂の抜けるような声を漏らしたかと思えばシズキちゃんの頭が垂れ下がった。肢体からも力が抜け落ち、老婆が慌ててそれを支えたけれど、シズキちゃんが動く様子はない。


 あ、ホントに気絶したのかこれ。


「なんだい堪え性のない娘だね。仕方ない、このまま屋内まで運ぶからあんたらもついてきな。そこで話を聞かせてもらうよ。あんたらが何者なのか、どうしてこんなところにいるのかをね」

「……おばあちゃんひょっとして、悪い人じゃない感じ?」

「ふん。それは自分で判断しな」


 老婆がシズキちゃんをお姫様抱っこで持ち上げる。

 その表情にはさっきまでの迫力がなくなっていて、いかにも優しそうなおばあさんって顔付きになっていた。


 緊張に張り詰めていた空気が弛緩する。よかった、どうやら一触即発の展開は回避できたようだ──と、思いきや。


「ん~? それ、なんだろ。シズキちゃんの体から変な黒いものが出てるよ?」

「は?」


 ナゴミちゃんの指摘に全員がシズキちゃんへ注目する。


 あっ、本当だ。制服の袖口から何かが垂れてきている。


 どろりと垂れ落ちたそれは、でも地面にはつかずに空中に持ち上がる。そしてぶかぶかとその場に浮いている。その見た目は真っ黒な水……いや、液体みたいな金属? 表現に困るが、とにかく黒くてよくわからない物体だ。そうとしか言いようがなかった。


「なんだいこりゃあ──っぐ!?」


 突然、シズキちゃんが跳ね起きて老婆から逃れた。強く押された老婆はたたらを踏んだが、やはり歳の割に足腰がしっかりとしているようで倒れることなく身構えた。

 そして、生気がないまま立つシズキちゃんとその傍らの黒い物体を見て叫んだ。


「来るよ、守りな!」


 えっ? と思う暇もなく状況が動く。


 黒い物体が形を変えて、まず老婆に。そして私たちにも目掛けて勢いよく体(?)の一部を伸ばしてきた。槍のように尖ったそれが迫ってくるのをなんだか妙にスローな感じで目で捉えながら、あれこれ死ぬんじゃないかと他人事みたいに思考がよぎる。


 このままじゃヤバい。でもこの速度、もうどうにもならない──。


「あたた」

「ナゴミちゃん!」


 けど、どうにかなった。私の前に躍り出たナゴミちゃんが自分に向けられた分の槍も合わせて受け止めてくれたのだ。

 って、受け止めた!? 今のあからさまにヤバい攻撃やつを??


「だ、大丈夫?」

「うん~、ちょっと痛いけど平気」


 なんとかなると思ったら本当になったよぉ、なんて呑気に笑うナゴミちゃんの体には槍の先端が刺さっていない。


 思わず呆けてしまいながら他を見れば、コマレちゃんは魔法陣みたいな模様が浮かぶ半透明の壁で、カザリちゃんは腕に纏った闇色のエネルギーみたいなものでそれぞれ槍を防いでいる。は? なにそれ? 君たちいつの間にそんなバトル漫画の住人みたいなことできるようになってんの?


「なんだってんだい、危ない娘っ子だね」


 あ、老婆も無事だ。一番近くて危ない距離で攻撃されたのにしっかりと躱している。そんで、外れた槍が彼女の横の地面を深く抉っている……いや怖。私あんなもの食らうとこだったの? そして皆はそれを軽く凌げるの? ちょっと理解が追いつかないんすけど。


 ってそれより、シズキちゃんはどうしちゃったんだ。

 明らかに意識ないっぽいのに直立不動だし、そのシズキちゃんを守ってるっぽい黒いのも正体不明だし。意味がわからん。何もかも。


 人数分、つまりは五本伸びた黒い槍がしゅるると縮まっていく。

 回収? したのか? ってことはもっかいやるつもりか? 


 そう思ったのは私だけじゃないようで、皆も次の攻撃に備えて警戒しだした。私も一応はそれに倣うけど、たぶんまたナゴミちゃんに守ってもらうことになりそうだ。あの威力と速度じゃ自力ではなんともならんわな。


 すわ再び槍が伸びてくるか、というところで。


「──ほえ?」


 シズキちゃんの目が覚めた。よかった、魂があの世とこの世の境い目から帰ってきたようだ。


 困惑をありありと顔に浮かべてシズキちゃんが私たちや老婆に視線をやる間に、傍の黒い物体もするりと彼女の服の内へと帰っていった。それをシズキちゃん本人が自覚している様子はない。

 おいおい、なんなのさマジで。もうシズキちゃんのこと小動物みたいには見れないよ私。


「ユニーク持ちか。それも相当に攻撃性の高い……こいつはたまげたね」


 え、なんて? ユニーク持ち? 

 初聞きの単語に戸惑う私たちに構わず、服にかかった土埃を払いながら老婆は言う。


「おいで。話は我が家の中でしようじゃないか」



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