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57 托生紋

 学ばなくてはいけない魔王に関しての知識。クリアしなくてはいけない女神の試練の情報。どっちも外せない話題ではあるけど、長老ルールスさんはどちらから先に聞きたいかと訊ねてきたので私たちはどうしようかと顔を見合わせる。結論はコマレちゃんが出した。


「まずは魔王についてのお話をお聞かせ願えますか」

「あいわかった。では──とと、お茶が入ったようだ。話の前に、どうぞまずは一口」


 部屋まで通してくれた例の若い男性エルフが優しい所作でひとつずつテーブルにお茶を置いていく。おお、これって湯呑? それに運ぶのに使ってるのはおぼんっぽい。ここまで見かけなかった和風な道具を急に目にしたことでなんとなくテンションが上がる。


 異世界にもあるんだね、和の文化。単にそれっぽいだけなのか、あるいはいつかの時代の勇者が広めたりしたんだろうか。料理とかも名前こそ違っていても大抵は私たちの知っているものに似てるのが多いし、その可能性は高いかもしれない。特に勇者が活躍する地であるこの第三大陸においては一段と影響が強そうだし。


「あれ? ぼくの分はどこかな」

「ああすみません、一度に運ぶのは大変で。今持ってきますから」

「……とのことだけど、どうぞ君らは遠慮なく口を付けてくれ」


 長老さんがそうであるように、彼に対する他のエルフの接し方もずいぶんと気安いみたい。普通に仲がいい感じに見える。少なくとも過度に敬っているって雰囲気じゃない……ますます意外だ。

 三百歳の長老ともなればそれはもう威厳に満ち溢れていて、他の住人からも畏敬の念を向けられている、みたいなのを思い描いていたからね。や、ルールスさんの見た目だけはまさにその通りなんだけどね。


 勧められるままお先に一口。……うん、これは美味い! 飲む前からいい香りがふわっと鼻をくすぐっていていかにも上等そうなお茶だと思ったけど、飲むと香りの深みがより際立つ。


「それはぼくらが育てている茶葉から淹れたものだよ。飲むと集中力が高まると評判でね、魔術師ギルドにも卸している銘柄なんだ。味も悪くないだろう?」

「これは悪くないどころじゃないですよ。めっちゃおいしいです」


 こういう本格的なお茶を飲む習慣のない私でも、これなら毎日でも飲みたいと思えるくらいの逸品だ。集中力が高まるのならあれだね、勉強の合間にひと息入れたりするときにいいんじゃないかな。成績上がりそう。ぜひあっちの世界に持って帰りたいな……そもそも机に向かわない私には無用の長物になるかもだけど。


「うわっ、ハルコさん目がギンギンっすけど……大丈夫っすか?」

「だいじょーぶ、このお茶のおかげで感度がすごいことになってるだけ。絶好調だよ」

「うーむ? そこまでの劇的な効能はないはずだが」


 え、そうなの? ルールスさんの戸惑い気味の表情を見て私もなんか不安になってくる。お茶の成分が合わないのか、あるいは私にだけ合い過ぎているのか、どっちにしてもあんまりいいことじゃなさそうで怖いんだけど。


「そんなことより、ルールスさん。本題のほうを」


 そんなことてカザリちゃん。

 って言いたかったけど一瞬で皆がお話モードに入ったので空気を読んで口をつぐむことにした。


 ふう、それにしても温かいものを飲んだせいか暑くなってきたな……汗が出てきた。ひょっとして発汗作用とかもあるのかな、このお茶。いやでも他には誰も暑そうにしてないから違うかも。なんで私にばっかり妙な効能が出るんだ?


 ちょうど若いエルフがルールスさんの湯飲みも持ってきて、それに礼を言った彼は軽く唇を湿らす程度口を付けてから話し始めた。


「魔王が今までにない行動を取っていることは聞き及んでいる。ルーキン君もひどく気を揉んでいるそうだよ。魔族の早期出現をようやく周知させたばかりだというのに、そこに魔王の情報まで流してしまっては混乱を招きかねないからね。魔王期へ備えている民たちだとは言っても、こうも未聞の事態が立て続けに起きては心が揺らぎもするだろう」


 その言葉に私たちは頷いて同意を示す。国民に知らせるタイミングを窺っていたらしいザリークの一件については(おそらく私たちがロウジアにいたくらいに?)もう広報がなされたようだけど、だからこそここで追い打ち気味に魔王の出没まで知らせてしまっては、いくら戦いの覚悟を持っている連合国の民と言っても動揺は必至だろう。


 これでロウジアを襲ったのがただの魔族だったならまだよかったかもだけど、よりにもよって親玉である魔王が出てきちゃったからにはねぇ。

 歴史的に見ても勇者以外は太刀打ちのできない、連合国民にとってはまさに恐怖の象徴みたいな存在。そんなのが「百日の猶予」中であるはずの今、既に国内を闊歩しているとなったらそりゃあ誰だって怖がるだろうし不穏も感じるだろう。


 私だってアンちゃんが魔王を名乗ったときは意味がわからなかったもん。いざ戦闘になると異常な力にもっと訳がわからなくなったけどね。あれで完全じゃないとか未だに信じられないんだけど。


 完全な魔王になったアンちゃんは、いったいどれだけ強いのか。


「では魔王が力を取り戻すのを待たずして姿を見せた理由だが……それを話す前に確かめておきたい。君らは大陸魔法陣に関してどこまで聞いているかな?」

「おおよそ全て、把握できていると思います」

「解除条件も?」

「はい」


「ならそこの説明は省いていいね。知っての通り大陸魔法陣はぼくらから放棄しない限り崩れない。もしもロウジアが魔王の手にかかって全滅の憂き目に遭っていたとしたら楔は永続化し、もはやロウジアの血も地も必要としなくなっていた。ここエルフの里を含めた他七カ所の要点もロウジアに同じだ。魔族らしい野蛮な方法によって大陸魔法陣が解かれることはない……けれど」


「はい、魔王は安易にロウジアを滅ぼそうとはしませんでした。タジアさんはその点こそを憂慮していました──魔王は永続化という罠と、それを掻い潜るすべに気付いているのではないか、と」


 第三大陸が瘴気に蝕まれて魔境化してしまうのを防ぐための防護術、それが大陸魔法陣。その存在だけでなく更なる秘中の秘である解除条件にまで魔王の見識が及び始めているとなったら、それは一大事だ。できれば考え過ぎの勘違いであってほしいところだろうけど、でもルールスさんは力なく首を振りながら言った。


「遺憾ながらその通りだろう。魔王がまた要点を襲うようなことがあればその際にはぼくやタジアに相当する番人・・の口からその立場を棄てさせるよう仕向けるに違いない。拷問にしろ洗脳にしろそういうことをする手段はある」


「洗脳によっても立場の放棄は認められるのですか?」

「うむ。意思に沿わず口を動かされるようなものであれば認められないが、思考そのものが操られるような高度な洗脳術の場合にはそれが成り立つ。切っ掛けがなんであれ当人が己の意思で放棄を選択することになるのだからね」


「それは、マズいですね。最初にコマレたちを襲ったザリークという魔物は人を操る術を使えるようでした」

「実際に目にしていない以上ぼくには術の程度がわからない。だが、想定しないわけにはいかないだろうね。魔王率いるザリークによっていずれ要点のどこかが落とされてしまうことを。そしてそれに対する手は

「え?」


 思いがけない言葉に驚く私たちに、茶目っ気を出すように笑ったルールスさんがローブの胸元を寄せて、鎖骨のあたりを見せた。そこにはぼんやりと紋章のようなものが浮かんでいる。


「托生紋。これでぼくらは洗脳や支配に対してすこぶるの抵抗を得た」



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