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56 古きルールス

 ロウジア料理のことを思い出していたら食欲が刺激されて、にわかにお腹が減ってきた。今すぐにでも食べ応えのあるものを口にしたい気分だ。


「ねーねーバーミンちゃん。このまま長老さんのとこに直行する?」

「そのつもりっす。食事も出してもらえると思うっすよ」

「え。なんでご飯のこと考えてるってわかったの」

「顔に書いてある」


 そう答えたのはバーミンちゃんではなくカザリちゃんだった。わお、私ってば空腹になるとそんなに顔に出ちゃってる?


「空腹に限らない。だいたいいつでも顔に書いてある」

「だいたいいつでも顔に書いてある!?」


 うっそでしょ、と皆を見るとうんうんと頷かれる。シズキちゃんですら困ったように笑うだけだ。マジなの? マジで私ってそんなに顔に色々と出てるの? 常に?


 そこはカザリちゃん流の小粋なジョークであってほしかった……だけどそうか、道理でいつもカードゲームで私ばっかり負けるわけだ。特に妹にはポーカーで何度巻き上げられたかわからない。


 くっそー、まさか私の素直さという人間的な美徳が仇になっていたとは。まあ、妹が私からお小遣いを奪って何をするかと言えば、姉妹で一緒に出掛けて遊ぶだけだから別にいいんだけどね。実質食事代とかゲーセン代を分け合って出しているに過ぎない。いや、考えてみると奢ってもらうことのほうが多いんだから結果的には妹の出費のが多いかも。じゃあ私、ギャンブルに負けて逆に得してるじゃん。やったね。


「落ち込んだかと思えば笑い出しましたよこの人」

「にゃは、百面相だ。ハルっちは感情がそのまま出ちゃうんだね~」

「そ、そういうところも……ハルコさんのいいところ、です」

「わはは、そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてくれていいんだよシズキちゃん」


「こら、シズキ。ハルコを調子に乗らせちゃ駄目。定期的に釘を刺して大人しくさせなきゃいけないのに」

「犬のしつけみたいな言い方やめい」


 やっぱこの子、私にだけまるで遠慮がないな? 


 いついかなる時も怖いくらい落ち着いていて泰然自若としたカザリちゃんだけど、こう見えて人によってちゃんと接する態度を使い分けもしているんだよね。今の面子で言えば、バーミンちゃんには割かし丁寧だし、コマレちゃんやナゴミちゃんにはフラットだし、シズキちゃんにはいくらか口調が柔らかくなるし……うん、間違いなくこの辛辣さは私用の態度だな。


 しかし疑問だ。どのタイミングでカザリちゃんは私相手ならこんなもんでいいと判断したんだろうか……? 女神空間での初対面時から今に至るまで私は完璧なコミュニケーションしか取ってきてないっていうのにさ。まったく謎だぜ。


 なんてやり取りをしている間にもバーミンちゃんの先導でエルフタウンの中へ中へと進んでいった私たちは、やがて長老さんが待っているという大きな建物に辿り着いた。


 大きい、と言っても他の建物がツリーハウス以外は小ぢんまりとしているため、あくまで相対的にビッグサイズだってだけで、想像してたほどご立派な造りではなかったけどね。どうもエルフの人たちは住み家や職場に豪華さは求めないみたい? その代わり、全体の造りというか都市そのものの構造にはかなり凝っている。そういう印象を街並みから受けた。


「エルフの方々は共同意識というものが強いのかもしれませんね」

「あー、確かにっす。魔術師ギルドとかでも連帯感は感じるっすね。獣人とはまた違った仲間意識というか、縄張り意識というか」


 ふーむ、連帯感ね。門番ならぬ橋番の人が一番高いツリーハウスが目印だって教えてくれて、それを当てに私たちはやってきたわけだけど……長老さんがいるのはそこじゃなくてその横にあるなんてことない建物なんだから、ぜんぜん偉ぶった感じはしない。そういう横並びな雰囲気もエルフらしさの表れなのかしら。


 何はともあれそのほうが私たちとしても訪ねやすい。気安く扉を叩いて来訪を知らせれば、お待ちしておりましたと若いエルフが丁寧に通してくれて、奥にある広い部屋まで案内をしてくれた。


「いらっしゃい」


 そこにいたのは白髪の長い髪と長い髭を持つ、一目で高齢だとわかる男性エルフだった。だけど椅子から立ち上がったその背筋はピンと伸びていて、そしてやっぱり他のエルフと同じく顔立ちが涼やかで整っている。うーん、種族格差よ。そんなにみんなして顔がいい理由はなんなの?


 にこやかに笑った彼は私たちを屏風みたいなもので仕切られた室内の一箇所へと誘い、卓を囲んでいるソファに座るように促した。若いエルフにお茶を頼むと自分は私たちの向かいへと腰を下ろし「さて」と軽く手を叩いた。


「会えて嬉しいよ、今代の勇者たち。ここに来るまでにいくつかの想定外に見舞われたと耳にしたものだから心配していたが、うん。みんな明るい顔をしているね。安心した。いやいっそ感動したと言ってもいいくらいだね」


 き、気安い。めちゃくちゃ態度が気安いぞこのおじいちゃん。口調は長老っていうよりもその辺の若者かってくらいにフランクだ。王様モードじゃないときのルーキン王もたいがい砕けた態度を取っていたけど、いかにも気のいいおじさんって見た目だったあの人よりも落差で言えばずっと上だ。


 だってすごいんだよ、オーラが。外見はもう「我こそが賢者でござい」って感じなんだもん。それでこんなにっこにこな表情されたらそら驚くって。私だけじゃなくて他の皆もぽかんとしてるし。完全にギャップにやられちゃってるよ。


「おっと申し訳ない、前置きを間違えてしまったね。この歳ともなると若者が可愛くて仕方ないんだ。そのせいで距離の詰め方がおかしくなる。ぼくの悪い癖だ」


 私たちの様子を返事に困っているのだと長老さんは解釈したようで、たははと眉尻を下げる。リアクションもお年寄りっぽくないよねぇ。せいぜいおじさんぐらいの仕草じゃない? ルーキン王とどっこいくらい。三百歳越えでそれはすごいっしょ。


「ずばり長老さん」

「うん? 何かな、ええっと……」

「ハルコでございます! いきなりでなんですけど、若さの秘訣を教えてもらっていいですか?」

「いやほんとにいきなりなんなんですか? 失礼ですよハルコさん」


 コマレちゃんから迅速果断のツッコミがびしっと入る。けど、私も臆してはいられない。


「冷静になってよコマレちゃん」

「冷静になるべきはハルコさんだと思います、絶対」

「青春は短い。今はぴちぴちな私らだってあと五年もすれば大人の仲間入り。そこからはもうあっという間。云十年が過ぎ去って気付けば立派なおばあちゃんだよ──だったらその前に! 長老さんからスーパーアンチエイジングを伝授してもらわなきゃいけないでしょ! 私は大往生の瞬間まで若々しくありたい!」


「たぶんハルっちはそのままでも若いおばあちゃんになれると思うな~」

「それめっちゃわかるっす。想像できちゃうっす」

「元気過ぎて家族を振り回す厄介なおばあさんになりそう」

「えっ、そんな……照れるなぁ」

「カザリさんは褒め言葉のつもりないですよ」


 そうなの!? おばあちゃんになっても元気とかまさに私の目指す理想なんだけどな。


「はっはっは! これはいい、勇者が五人もいればとても賑やかだな!」


 私たちの会話を聞いて長老さんはいっそう明るく笑ってから、自分の胸に手を当てて言った。


「ぼくの名はルールス・トラウッド。ここエルフの里の長を担う者だ。仲間内からは古きルールスと呼ばれているよ」


 自己紹介に対してこちらも皆で名乗り返し、彼はそれにうむうむと頷いて。


「それじゃあさっそく本題に入ろうか。若さの秘訣──ではなく魔王についてと、この地での君らの試練について話そう」



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