55 エルフタウン
ミニちゃんを受け取ったシズキちゃんは、代わりに私がトロールと戦う前に預けた魔蓄の指輪を返してくれた。
右手の中指に嵌め直す。こうして装備品を付けたり外したりしていると、つい先日までアクセの類いとまったく無縁の生活を送っていたのが信じられなくなるね。まあ、これはおしゃれで付けてるわけじゃないんだから装飾品と無縁なのは何も変わってないんだけどさ。
ふとシズキちゃんの視線に気付く。さてはいくつものアクセを華麗に付けこなす私に見惚れちゃったか?
「あ、あの。ミニショーちゃんは、どうですか。使い心地、とか。ちゃんと、ハルコさんを……助けられてますか?」
ぜんぜん違ったや。たはーと私は額を手でぺちんと打ったけど、シズキちゃんは真面目に訊ねてるみたいなので気を取り直して答えることにする。内容はもちろん、大いにイエスだ。
「言ったでしょ、ミニちゃんを借りてなかったら負けてたって。使い心地っていうか、相性とかも悪い感じはしないかな? もしそこがいまいちだったらさ、ほら。今もミニちゃんが元気ないことに気付けなかっただろうし」
「そ、そっか……そうですね。よかったぁ」
ほっとしたように笑ってから、でもシズキちゃんはすぐにいつもの申し訳なさそうな顔になって。
「その、ごめんなさい。この子が弱ってること、わたしが気付くべきだったのに……」
「なーんだ。急に謝るから何かと思えばそんなの、シズキちゃんの気にすることじゃないよ。いくらシズキちゃんの力って言ってもショーちゃん本体からは離れちゃってるんだから」
手元にないんだったら、そりゃ手元にある私よりも察知が遅れるのなんて当然だ。というつもりで言ったんだけど、シズキちゃんはちょっと違う受け取り方をしたようだった。じっと手の中のミニちゃんを見つめながら彼女は頷いて。
「そう、みたい……この子の中にはもう、ハルコさんが『入って』いる……もうわたしが貸した力とは、違う」
「ほえ?」
「……うん。わたし、がんばるね。この子をもっと、ハルコさんのための力にする。えっと、だからその……今回の調整が終わっても、ときどき貸してもらえると、嬉しいです。……だめ、ですか?」
「いや、ダメじゃないダメじゃない。ちっともダメじゃないよぉ?」
返事が遅れたのはシズキちゃんが何を言ってるのかさっぱり理解できなかったからだよ? とは言わずに了承だけしておく。
かわいいだけじゃなく時々底知れない雰囲気も見せるよねシズキちゃんって。そういうところが普段の小動物らしい可愛らしさに拍車をかけてるのかもな。ギャップって元の味付けを強調するスパイスになるからね。
我が妹が世界一憎たらしくも世界一愛らしいのもそのせいだ。あー、早く会いたいな。お父さんとお母さんは二人だけで旅行中でどうせしばらく会えないからいいけど、さすがにこう何日も私が戻ってこないとなると心配だろうな……いやどうだろう。あの妹のことだから家に一人っきりっていうシチュエーションを満喫してなんとも思ってない可能性もじゅーぶんにあるな。
「見えてきたっす、あの街で今日は休むっすよ!」
ミモーネから次の街まではそれなりに距離があったけど、バーミンちゃんが安全の許す限り爆速で飛ばしてくれたおかげで日没までには辿り着くことができた。でも無茶な走行だったものだから馬は疲労していて、明日も同じ調子ではいかない。ってことで馬車組合に返却、新たな馬を借り直すことでペースを維持するんだそうだ。
こんな急ぎ方をしなくちゃいけないのも全てはアンちゃんが暗躍していたせいだ。ザリークの襲来を受けて儀の巡礼を後回しにしただけでは足りず、試練の旅もなるべく早く終わらせなくちゃならなくなった。
女神が勇者の成長のために指定した試練は残りふたつ。そのうちのひとつがあるエルフタウンには魔王について誰よりも詳しいという長老さんもいて、その人から話を聞くのも目的である。まったくもう、色々とやることがあって大変だわ。
ということでその日は食事を終えて早々に休む。馬も疲れているように、私たちだって移動で疲れている。でも馬と違ってバトンタッチもできないからには全力で休み、早朝の出発に備えなくちゃならない。ホントに大変だ。でも、これくらいで弱音は吐いていられない。
日の出と共に街を出て、そこからはキャンプ地や宿屋など他に休める場所があってもぜーんぶスキップ。とにかくバーミンちゃんの操縦技術を頼りにかっ飛ばしてもらって、たまに魔物が道を塞ぐようなら私たち(主にコマレちゃんとカザリちゃんの魔弾だけど)で手早く処理。体感で100kmは走破して見事にエルフタウン、のすぐ近くの小街の宿に駆け込むことができた。
ひーひー言いながらもその日もすぐに就寝、そして昨日よりは朝をゆっくりしつつも、この先が徒歩移動なことも考慮してなるべく早く街を出て、そこからは魔物とのばったりもなくえっちらおっちら歩くこと一時間ちょっと。
私たちは無事に次なる目的地であるエルフタウンへと到着したのだった!
「はえー、これがエルフの街」
今まで見たきた街は柵や石壁で周囲が覆われていたけど、ここにそういったものはなくて、代わりに周辺をぐるっと深い川が通っている。入口は門ではなく橋。まるでお城の堀みたいだ。おかげで街が閉じられている感じがしなくて新鮮な景色だった。
変わっているところはそこだけじゃなくて、建物と建物の間に立派な木がいくつも伸びているのもかなり特徴的だ。なんと言ってもそれらの大樹にはよくよく見れば窓やドアがあって、明らかにそれ自体が建物の役割を担っていることがわかる。街中のツリーハウスだ。ぱっとは数え切れないだけあるその全部が吊り橋や廊下で繋がっていて、地面だけでなく頭の上にも通路が張り巡らされている。入り組んだ場所に迷い込んだら簡単には出られなさそう。
でもそんな迷路みたいな景色の中を多くのエルフが行き交っているんだから彼らにとってはこれが当たり前というか、住みやすい環境なんだろうな。
「やっぱ他の街とは雰囲気が違うね。魔術師ギルドくらいでしか見かけないエルフの人がこんなにいるってだけでもなんかすごいや」
「確かに、圧巻と言えますね。ですがコマレとしては思ったよりも人間の住民がいることに驚きです。獣人の方も見かけましたし」
「だね~。エルフタウンとは言っても、別にエルフだけが集まってるわけじゃないんだ?」
興味深いものだから観光客感を全開にして歩きながらきょろきょろと周りを見回す私たちの会話に、バーミンちゃんが「そうっすね」と解説をしてくれる。
「エルフタウンは皆さんも知っての通り、エルフの国アールヴからの技術と人材の支援があったことがその発祥っす。ドワーフタウンも成り立ちはまったく同じはずなんで、どっちも対魔王期のために連合国が設立された当初からあるんすよ。なもんで住んでいるのは必ずしもエルフだけじゃないっす」
「なるほど。単にエルフの寄合というだけでなく、ここはアールヴと連合国を繋ぐ街でもあるということですね」
「そういうことっす!」
ほうほう、エルフ国家との繋がりの象徴ってわけだ。そりゃ確かに重要拠点だね。儀の巡礼で訪れる場所に選ばれるのも納得できる。大陸魔法陣の要のひとつに選ばれることにもね。
ただ、同じく要の地であるロウジアは連合国設立前からある集落。ってことはエルフタウンよりも歴史が長いってことなんだよね……規模感といい街中の風景といい反対にしか思えないけれども。まあでもそれはどこの世界でもあるあるかな? 古くて歴史のある都市ほど古さそのままに続いているっていうのはそんな珍しいことじゃない気もする。ロウジアもそういう括りにあるわけで、つまりは古都だな古都。
そう思うとあのやたら美味しいロウジア料理もさらに趣深いものに感じてきぞ。次に行ってもまたぜひ食べさせてもらいたいな。




