54 『倒す』というより
騎士に変化したトロールは、ご丁寧にも鎧を着込むだけじゃなく右手に剣まで持っている。変化の術で剣まで装備してることにできるのか? っていう疑問はすぐに解消された。よく見れば奴の足元に落ちていたはずの左腕がなくなってる。おそらく剣の正体は私が斬った左腕なんだ。
それを利用して武器にするなんて、やるじゃないの。やっぱり知能はそこそこあるっぽい。でもたぶん、それ以上に食欲がすごいんだと思われる。
「さーてどうすっか……」
刃物は良くない。単純に危ないってだけじゃなく、私のメイン武器である糸が簡単に切られてしまうからだ。常に斬糸くらい硬質な糸を操れるなら剣相手にだって打ち合えるだろうけど、今の私じゃ右手の五指を用いての一本が斬糸を作れる限界。要するにそのレベルの糸を何本も自在に操るなんてできっこない。
となると……どうやって戦いましょ?
「うっ、ちょちょ、あっぶない!」
呑気に悩んでいるとトロールが踏み込んできて、剣を振ってきた。思いの外に鋭い太刀筋に私は慌てて下がりながら避ける。てか接近もさっきより速いし、なんか身軽な動きになってない? 身体がスマートになってスピードが上がった? そこは鎧を着込んだことでプラマイゼロであれよ。こっちは鎧のせいで攻め手がなくなってるっていうのに不公平だ。
そりゃまあ、斬糸から身を守るために鎧を求めたんだろうから当然っちゃ当然なんだけども。
「あれ? でも……」
多少素早くなったとはいえ、簡単に捕まるほどじゃない。体格が落ちただけあって剣込みでもリーチだってそんなに変わってないしね。むしろ近づかれるだけで踏み潰される恐れまであった元の大きさに比べれば、怖いのが剣だけになったぶん対処としては楽だ。わざわざ糸で防ごうとしなくたって足捌きだけで躱せるんだもの。
こいつ……弱くなってね? 斬糸への対策として考えたら騎士への変化はナイスアイディアだけど、そのせいでトロール本来の強みが全部死んでるでしょこれ。そう思って冷静に観察してみれば、うん。ただの「片手の無い騎士」。それだけでしかない。
多少上背はあるがこれなら人間を相手にするのと変わらない。だったら私にとってはすごくやりやすい。経験上、対魔物よりも対人のほうがずっと慣れてるからね。
同じ人型でも魔王……アンちゃんくらいにパワーもスピードもぶっ飛んでいるなら困っちゃうけど、トロールにはそのどちらもない。見かけ通りのパワーで見かけ通りのスピード。騎士に変化してステータスにまで変化があったとしても見かけ通りなのはそのまんま。
だったら話は簡単だ。
「ほいっ」
腕も剣も攻撃のためには一度引かせる必要がある。そのタイミングで前に出る。そこで相手も下がるならそれは戦い慣れてるってことで要警戒なんだけど、大抵は攻撃の意思にストップをかけられない。この通り、間合いのズレに無理矢理合わせて攻撃を続行してくる。
でもそれは悪手だ。小回りを利かせやすい無手ならともかく得物を持っている状態だとなおさら、姿勢も重心もめちゃくちゃな隙だらけの恰好を晒すことになる。
これほど避けやすく崩しやすい攻撃もない。まるで速度に乗っていない刃を私は余裕を持って掻い潜る。そのついでに剣を持つ手に糸を巻き付け、その反対側の端を木々の枝へと伸ばして引っかける。
ま、その場凌ぎだよ。ゴブリンと違ってトロールの腕力だとこんな拘束は拘束にならないとわかっている。糸が千切れるか枝が折れるか、すぐにも自由を取り戻すだろう。そして私が狙うべきはその瞬間だ。くるりと体を反転させて鎧を滑るようにトロールの背後へ。背中と背中をくっつかせながら私はトロールの首に糸を巻き付ける。両手を使って、何周も。
「──ふんっ!}
枝が折れる音。糸のほうが強度が上だったか、と思いながらそれが聞こえたと同時に投げる。糸で体格差をカバーした背負い投げ。全身鎧の巨漢なんて本格的に柔道を習ってるわけでもない私には技術だけでは投げられないが、トロールは腕の自由を取り戻すべく後方へ自ら力をかけてくれた。それを利用して、私は単にその勢いをもっとつけてやっただけだ。
ゴンッッ!! と激しい衝突音が響く。投げによって意識を刈り取るためには派手に投げるのではなく、投げ落とす。地面に激突させるのを意識してなるべく真下へ落下させるほうがいい。見かけは地味になるけどその実、破壊力はえげつない。特に大柄な相手に食らわせたときはそれだけで即死もありえるほどだ。
人間相手なら多少の加減もするけど、相手はトロール。人食いの魔物だ。もちろん私は遠慮容赦の一切なく全力で投げた。感触としては悪くない、どころか最高だったけど、これで仕留められたとは限らない。さすがに掴まれたら危ないので私は糸を解いて回収しつつその場から離脱。トロールが起き上がるのを待つ。
「……起きない」
待ったけど、トロールは鎧の頭部を地面にめり込ませて横になったままいつまでも立とうとしない。っていうか体のどこもピクリとも動かない。死んだ? いやでも、変化が解けてないしな。術が解除されないってことは術者が無事って証だし──あっ、解けた。
騎士がいなくなって、代わりに頭がぐしゃぐしゃで左腕のないトロールが倒れ伏している。うむ、どう見ても絶命してるな。
「勝ったどー」
そう宣言して振り返ってみれば、皆がまばらな拍手をしてくれた。もうちょっと大々的に祝ってくれてもいいんだよ?
「なんといいますか……ハルコさんの戦い方は、生々しいですね」
懸念だったトロール集団も無事に撃破完了、ということで再出発した馬車の中で、コマレちゃんは少し引き気味にそう言った。えー? 生々しいってどゆこと? そんなこと言ったら魔弾で魔物を破裂させちゃうコマレちゃんだって相当生々しい死体を出してると思うんだけど。
「少しわかる。ハルコは『倒す』というより『殺す』という表現が、似合う。そういう倒し方をしている」
なんてカザリちゃんも同調しちゃうし。それってあれでしょ、私が泥仕合をしてるせいでそう見えるってことでしょ。皆みたいに颯爽と一撃で倒せるならそんなことはないんだろうけどねぇ。
まあいいや。それは倒し方を選べない私が悪いんだもんな。でも一番悪いのは祝福に格差を持たせた女神だけど。
「それよりシズキちゃん。ちょっとミニちゃんが元気ないっぽいから見てくれない?」
「え……? は、はい」
トロールが攻めようとしてくるたびに腕輪に扮しているミニちゃんが反応して、私はそれを止めていたんだけど、なんとなくアンちゃんのときとは様子が違う気がしたんだよね。何がどう違うとははっきり言えないけども……なんか無理をしてるような気配っていうか。
ミニちゃんを手に取って交信するみたいに集中したシズキちゃんは、すぐに「ほ、本当だ」と驚きながら言った。
「疲れてるみたい、です」
「やっぱり? アンちゃんのガチ蹴りを二回も食らってたからなー、そりゃ疲れるよ。休ませてあげるにはどうすればいいの?」
「そっか……、あの、えっと。少し預かってもいい、ですか? 調整してあげたら元通りになると、思います」
預かるも何も、ミニちゃんは元々ショーちゃんの一部でありシズキちゃんの異能だ。私としてもミニちゃんが本調子でないといざというときに大変なので、リフレッシュさせてくれるというなら否やなんてあるはずもない。
「じゃあごめんだけど、よろしくね」
「は、はい。任せてください」
むん、とシズキちゃんはやる気に満ちた顔を見せてくれた。かわいいわー。




