52 トロール
「指示って言っても、ロウジアからの道すがらにエルフタウンには元々寄るつもりだったんで大きな変更はないっす。ただ、元々のプランよりも少しだけ急ぐってくらいっすかね」
ミモーネの馬車組合を通して新たに馬と馬車を借りたバーミンちゃんがてきぱきと出発の準備をしながらそう言った。
試練の旅で私たち勇者がクリアしなきゃならない試練は三つ。それが伝統であり、今代においても数は同じ。お告げによって試練の地に選ばれたのはロウジアだけでなく、今から向かおうとしているエルフタウンもその中のひとつだという。
「んでもって、ロウジアの村長さんが勧めた通りエルフタウンの長老に詳しく話を聞くべきだとも言われたっす。一刻も早く魔王に関する知識を持っておくべきだって」
ただ知識を得るだけならルーキン王からでも充分な情報を貰えるだろうけど、なんと言ってもエルフタウンの長老はこれまでに二度も魔王期を体験してきている生き証人である。そして歴代勇者、歴代魔王についての知識も豊富だというからには、試練中だろうとじっくり腰を据えて話をしたいところだ。
だってもう魔族も魔王も動き出している以上、百日の猶予は終わったようなものだからね。私たちは魔王討伐……アンちゃんを倒すため、やれることを全てやっておかなくてはならない。それもなるべく手早く。
「ひとつ目の試練を終えたお祝いも兼ねてミモーネではもっとゆっくりするつもりだったんすけど、もう離れることにするっす。慌ただしいのはどうか我慢してほしいっす!」
そう言ってバーミンちゃんは手綱をピシリと振るい、馬を走らせた。で、そのままミモーネを出ようとしたんだけど、門扉に常駐している監視員さん(正式名称は国務警備兵というらしい)からのチェックを受ける際に私たちはちょっと気になることを言われた。
「ジエンダまでの小街道を行くなら気を付けてください。つい先日、商人の荷馬車がトロールの集団に潰されています」
「トロール! ですか! あ、いえ……その商人の方は無事だったんですか?」
発作が出かけたのを見事に誤魔化してコマレちゃんが訊ねれば、監視員さんは朗らかに笑ってその人物の無事を保証した。荷物の食材をすっぱりと諦め、裸馬に乗って命からがらミモーネまで逃げてきたらしい。素早い判断ができて良かったねぇ。下手に商品と馬車を惜しんでいたらきっと自分まで潰されていたに違いない。
「巡視兵らによる見回りも行いましたが未だ発見できていません。既に立ち去ったか、それともまだ付近をうろついているのか。いずれにせよ遭遇を警戒なさってください」
親切な忠告にお礼を返して、私たちはミモーネを出た。そしてバーミンちゃんにトロールについて教えてもらう。
「そうっすね、体格は前に話したオーガくらいある割と大きい魔物っす。でもパワーとスピードは劣るっすね。その代わりトロールは変化の術が使えて、戦闘中に姿を変えて惑わしてくる小癪な戦法を取るんでそこは注意っすね。知らないとびっくりするっす」
変化の術とな? それは厄介そうだと思ったけど、本来の体格と大きく離れたものには化けられず、時間も少しの間しか持たないので、事前に知ってさえいればそこまで慌てるほどのものではないとのことだった。
なんだ、それなら私が使った変装丸薬のほうがずっとすごいじゃん。元の体格もクソもない見上げるくらいの巨人に化けられたんだもんね。あくまで見た目だけだけど。
「危険度で言えばゴブリンやスライムよりは上で、オーガよりは明確に下っす。オークとか群れてるバーゲストと同格ってところっすかね。ただし話によるとこの道に出たトロールは珍しいことに複数連れ立ってるみたいなんで、囲まれたりしたらちょっと危ないかもっす」
「トロールは一般的に群れないんですか?」
「群れないっすねー、少なくとも自分は聞いた覚えがあんまないっす。ここら辺でトロールが出たって話も珍しいんで、どこかへの移動中なのかもしれないっすね」
「引越しの途中だったってこと? じゃあもうとっくにいないかも」
「荷馬車には食材が積まれていた。それらは十中八九トロールの胃の中……なら、味を占めている可能性もある」
「また人が通りかかるのを待ってるかもだよね~」
むむむ、そうか。兵士の見回りからはうまく隠れて、美味しそうなのだけを襲おうと街道脇のどこかで目を光らせていると……戦闘に変化術を利用する知能がある魔物ならそれくらいは普通にやりそうだね。じゃあ油断はできないな。
と言っても、オークやオーガがよく出るという危険地帯を通ったときも結局はどちらとも遭遇せず終いで抜けたからね。今回もそうなるんじゃないのー?
なんて考えたのがいけなかったね。私たちはばっちりと件のトロール集団に襲われた。
「前方右手の林、大きいのが出てくるっす! 数はおそらく四!」
馬の足を速めればワンチャン鉢合わせる前に駆け抜けられそうでもあったけど、それで失敗して横から馬や車に攻撃されたら大変だ。ここは大事を取ってバーミンちゃんには手前で止まってもらい、私たちは馬車から降りた。そして背の高い木々の合間からぬっと出てきたトロール団と向かい合う。
白く濁った目に浅黒くてぶよぶよの肌。全体に体毛なし、ところどころに変な突起物あり。背丈は三メートル近くあるか? 横にも大きいからワイバーンを見たあとでもすごく巨体に見えるな。このサイズ感でも「割と大きめ」止まりなのは、上には上がいるからってことだね。
それこそ私が一瞬だけなった巨人とか、あとはワイバーンよりもずっと強くて大きいという竜とか? うーん、是非ともこの目で見てみたい。けど会いたくはないという微妙な相手だ。絶対危ないからね。
っと、今はビッグな魔物に思いを馳せるよりもトロールに集中しなきゃ。
「「発射」」
「え~い」
集中するまでもなかった。
コマレちゃんとカザリちゃんの魔弾の連射、そしてナゴミちゃんの跳び上がっての踵落としでトロールは四体から残り一体になった。
いや強過ぎ! だから強過ぎなんだって君たちはさあ! この子らを少しは苦戦させた三匹のブラックワイバーンがとんでもない傑物に思えてきたよ! ていうかむしろあれか、ワイバーン戦があったことで更に強さに磨きがかかったとか? あり得そう~、経験値とかはないっぽいけど試練の突破で女神から貰った才能がもっと成長するとか全然ありそう~。
もし本当にそうだったらワイバーン戦に参加してない私はどうなるんだ? え、くそったれ女神さんよ。また私だけショボさが際立っていくパターンなのか? ん?
「ショーちゃん、おねが──」
「ちょっと待ったぁシズキちゃん!!」
「……!?」
このままだと最後の一体までさくっと倒されちゃいそうだったので急いで待ったをかけると、シズキちゃんは肩を跳ねさせた。ああごめんよ、横から声を張り上げたものだから驚かせちゃったね。お詫びとして頭を撫でつつ私は言った。
「このトロールは私にやらせてくれないかな。純魔道具に頼らずに自分がどれくらいやれるか知っておきたいんだよね」
今のところ、強力なアイテムなしで私が倒した相手と言えばゴブリンだけだからね。そこまでの危険度じゃないっていうなら、トロールくらいは実績に加えておきたい。皆が傍にいてくれるならもし危なくなっても助けてもらえるし、訓練チャンスだ。
魔蓄の指輪を外してシズキちゃんに預けておく。身に着けているとつい使っちゃいそうだ。そうなると何も訓練にならないからね。指輪を受け取ったシズキちゃんは不安そうな顔をするけど、そこにカザリちゃんが声をかけてくる。
「好きにしてみたらいい。いざという時まで私たちは手を出さない」
「へへ、ありがとねカザリちゃん」
そんじゃいっちょやりますか!




