47 大陸魔法陣
勇者一行(私含まず)の力は戦闘面以外でも圧倒的で、日が暮れだす前には広場と壊された大体の建物の修復が終わった。夜の番用の二体のゴーレムも無事に復活し、再びその屈強で頼もしい姿を私たちに見せてくれた。これで一安心だ。
……アンちゃんはこんな逞しい町の護衛を粉々に砕いたんだよね。素手で。いやマジで恐ろし過ぎる。あの見かけでそんな怪力とかやっぱり魔王で間違いないな。
いくら万全じゃないからって今の時点でエンカウントしていいレベルの敵じゃないよ、絶対。
「そんな相手をよく退散させられましたね」
「皆がくれた魔道具のおかげだよ。それとミニちゃんね。どれかひとつでも欠けてたらたぶん死んでたんじゃないかな」
なんの冗談でもなく、ガチでね。ネックレスがなければ一発殴られただけで動けなくなっていただろうし、バングルがなければ戦場を移せなかったし、指輪の魔力供給がなければそもそもアンちゃんの動きについていくことだってできなかった。ミニちゃんだって貰ってなかったら手詰まりだったもんな。
ホント、全部が私の命の恩人ならぬ恩物だよ。もちろんこれらを譲ってくれた皆が恩人ね。
「……っ」
「ん、どうかした?」
無言で傍に寄ってきたかと思えば私の服の袖を掴むシズキちゃん。その急な謎ムーブに困惑する。そしたら、椅子に反対向きで座って背もたれに顎を預けているナゴミちゃんが含みありげに目を細めながら言った。
「ハルっちが死んでたとか言うからだよ~。さらっと言うことじゃないよ、それ」
むむ。ちょっとシズキちゃんにはショックが強かったか。でも重苦しく言うほうが空気まで重くしちゃわなーい?
そもそも言うなってことね。それはそう。
ごめんなさいの意味も込めてシズキちゃんの頭を撫でていると、コマレちゃんが申し訳なさそうに。
「コマレたちがもう少し早くワイバーンを倒せていればハルコさんを危ない目に遭わせずに済んだんですが」
「いやー、ワイバーンだって強敵だったんでしょ? それも一匹想定だったのが三匹もいたんだからそりゃパパっとは倒せないっしょ。てかなんで三匹もいたんだろ」
「最初に襲ってきた二匹がつがいで、最後の一匹はその子どもだったんだと思います。体格も少しだけ小さかったですしね。なんでもブラックワイバーンは凶暴ながらに他のワイバーン種よりも子育てに熱心みたいで、あまり数を設けず一匹一匹を大切に育てるんだそうです」
「へ~。はぐれワイバーンじゃなくて、はぐれワイバーン一家だったってことね」
なんで家族で元々の生息圏から外れてロウジアの裏手に住み着いたのかは謎だけど、まあ野生の世界なんだからそういうこともあるよね。縄張り争いにお父さんワイバーンが負けちゃったとかさ。
「それで。その自称魔王が知りたがっていた秘密って、何?」
カザリちゃんの問いかけは私に投げかけられたものだったけど、生憎とそれに関してはさっぱりだ。なのでそう答えようとしたんだけど。
「それはわしがお答えしよう」
「村長さん!」
ミリアちゃんを引き連れて広間に村長さんが現れた。昨晩あれだけ食事会で盛り上がっていたのがもはや懐かしくすら感じる。それくらい、昨日と今日でこの場の雰囲気はがらりと変わっていた。特に村長さんは怪我人であることを思わせないほどの気迫というか、のっぴきならない真剣さを漂わせている。
「って、本当に秘密なんてあったんですか。私はまたアンちゃんが何か勘違いしてるんじゃないかとも思ってたんですけど」
私のこともやたらと誤解していたので、余計にね。
「アンちゃん?」
「魔王のことだよ。正式名称はアンラマリーゼね」
「あ、愛称で呼んでいるんですか? 自分を殺しかけた相手を?」
「自分からアンって名乗ったからね。私が考えたわけじゃないよ」
「そういう問題でもない気がするけど~」
え、そんな引くようなこと? 別にどう呼んだって何が変わるわけでもないしさ。アンラマリーゼって長くてちょっと呼びにくいし、なんかイヤに御大層な感じもするし。アンちゃん呼びくらいでちょうどいいよ、魔王なんて。
村長さんに続きを促せば、彼はこくりと頷いて。
「秘密は、確かにあるのです。魔王が探らんとしていたのはこのロウジアの地に施された術について。正しくはその解術のすべを知ろうとしていたのでしょうな」
「術、とはどのような?」
「魔境が──第四大陸が瘴気に覆われており、人の近づける土地でないことはご存知でしょう」
それは既に得ている知識だ。私たちの理解の色を見て村長さんは続けた。
「魔王の目的は世界を支配すること。その手始めとして狙われているのが魔境と隣接しているこの第三大陸なのですが……魔王を始め魔族とは瘴気の下でこそその真価を発揮する種族。単に人を退かしたところでこの大陸は魔族にとって住み心地の良い環境にはならんのです」
「つまり、本当の意味で支配するにはそこを瘴気で覆う必要がある?」
「その通りですコマレ様。瘴気の範囲を魔境から広げ、いずれ世界中を魔境と化すことこそが魔王の真の目的。瘴気という毒が蔓延すれば魔族以外にとっては死地に他ならなくなる。それが実現すれば自ずと世界は魔王の物、というわけですな」
うひー、支配っていうのはそういう意味だったのか。単に人間とかエルフとかを負かして世界征服だぜ、ってノリではないんだな。
「そうさせないための策が、その術?」
「ええ、カザリ様。まさしく魔王の野望を阻むため、連合国は創設当時より策を設けていたのです。その一環にして一端が、ここロウジアにあります」
「あのー、今更かもですけどそれって私たちに明かしちゃっていいことなんですかね。あんな乱暴をされても教えなかったってことはそれだけ、絶対に知られちゃいけない秘密だってこと……ですよね?」
乱暴っていうか、アンちゃんは口を割らない村長さんに業を煮やして本気で殺す気だったっぽいし、それでも村長さんは秘密なんてないとすっとぼけるのをやめなかった。それは自分の命以上に秘密を守ることの優先順位を高く設定している証拠で、それだけのトップシークレットをいきなりこんな大人数に聞かせてしまってもいいのかっていう疑問は呑気な私にだってとーぜん出てくる。
や、大人数って言っても私たち五人だけなんだけど、秘密の重要性を考えたらこれでも充分多いよね。
「構いませんとも、ハルコ様。元よりワイバーン退治の使命を果たされた後にはお教えするつもりだったのですから」
「あ、そうなんです?」
「ええ。だからこそ申し訳ないがアスタック殿には退出願ったのです。これは、勇者様にしか話してはならないことですのでな」
ははー、事前にバーミンちゃんが席を外すように言われたのはそれが理由かぁ。いくら勇者の案内人だとしても、勇者本人ではないなら打ち明けられないと。やっぱりかなり厳重な秘密だよね。これは私たちもそれなりの覚悟をもって聞かないといけないな。
「大陸魔法陣。それを築く八つの要点の内のひとつが、ロウジア。そしてロウジアを要点たらしめる楔となっているのが──村を興し、最初の村長を務めたロウジア・タウマネン。その血を引くわしらタウマネン家の存在です」
タウマネン。村長さんとミリアちゃんってそんな苗字だったんだ。名乗られたっけな? うーん、初対面時に聞いた気もするな。なんて名前の変わった響きに興味を引かれている私とは違って、コマレちゃんはまたいつものを発症していた。
「た、大陸魔法陣? 血の楔? どういう意味なんでしょうか、ひとつひとつ詳しく説明いただいてもいいですか!」
「も、勿論です。全てお話しますので、どうか落ち着いてくだされ」
うーむ。村長さんの気迫を押し返してしまうとは、コマレちゃんのファンタジー好き恐るべし。




