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46 いずれ再び

◇◇◇



 な、なんだこいつ。どっから落っこちてきたんだ?


 距離を取りつつそれがなんなのかよくよく確かめてみれば、ブラックワイバーン。の、死体だった。白目剥いたまま舌を出してるし、何より呼吸をしている様子もないので死んでいるのは間違いない。落ちた衝撃で死んだ? それとも飛んでいる最中に死んで落ちた?


 困惑していると、アンちゃんの舌打ちが聞こえた。


「勇者から逃げたか。だが傷が深く、息絶えた。貴様のお仲間はきっちりと目的を果たしたようだな」

「傷? あ、ホントだ」


 体中が黒い上に血まで黒くてパッと見ただけではわからなかったけど、ワイバーンは全身傷だらけで、中には見るからに致命傷っぽい深いものもある。これはまた、相当こっぴどくやられたみたいだね。このぶんだとおそらくもう一匹のほうのワイバーンもやられているだろう。

 アンちゃんの言う通り皆はちゃんと勇者としての仕事を果たしたってことだ。


 きっと皆は無事。そうわかって安心する。


 逃げきれずに死んじゃったワイバーンを見てるとちょっとかわいそーな気もするけど、ロウジアに迷惑をかけていた上に私をあの高い岩山から叩き落としてくれやがった恨みも個人的にある。や、こっちがその個体かは見分けがつかないけども、とにかく連帯責任だ。どうか安らかに成仏してくれ。


「こいつがこうしてくたばっている以上、すぐにも他の勇者がどたどたと駆け付けてくるわけだ。ふん、興の削がれることだ」


 さっきまでムンムンだった闘志を引っ込めてアンちゃんは私に背を向けた。てっきりワイバーンの落下も応援が来ることも何も気にしないで戦闘を続行するだろうと思っていただけに、そのつもりがない様子なのはかなり意外だった。


「今日はここまでだな。いずれ再び、互いにより力を付けて相まみえようぞハルコ。それまで勝負は預けておく」


 めちゃくちゃ一方的な約束を取り付けてアンちゃんはすたすたと歩き出す。そりゃあ私は勇者で、アンちゃんは魔王だ。今お流れになったところでいつかは必ず決着をつけなくちゃいけない。だから再戦の約束自体はいいんだけど……やけにクールなのが腹立つと言えば腹立つよね。


 だってロウジアへの迷惑度も、私をボロボロにした度合いも、ワイバーンなんかよりよっぽどアンちゃんが上だからさ。

 気取ってんじゃねえってこっちとしては思うわけよ。


「次会ったら泣かす! 楽しみにしといてよ、アンちゃん!」

「くはっ!」


 吹き出してから、けれどこっちを振り向かず。何も言葉も返さず、ただ片手を上げてアンちゃんはそのまま去っていく。

 ぐぬぬ、クールなままか。それに対して私のセリフの気の利かないことと言ったら。なんだ、泣かすって。チンピラじゃんかよただの。咄嗟にしたってもっと何か言いようがあったろうに、もう。


「……ふう」


 ずっと先の木々の向こうにアンちゃんが消えてから、ようやく息を吐いて全身から力を抜く。


 何はともあれ、生き残った。ガチで死を覚悟しかけていたけど、これも悪運の強さか終わってみれば深刻な怪我もなく五体満足。せっかくの爆速魔王討伐チャンスは逃してしまったが結果としては悪くない。と思いたいね、ほんと。


 我ながらよく頑張りました。


「戻るか……倒れてた人たちが無事だといいけど」


 疲労でずっしりの体を引き摺るようにしてロウジアに戻ってみれば、私を心配して町の入口で待機してくれていた住民たちに手厚く迎え入れられた。


 聞けば、働き盛りの男の人は大半がアンちゃんにこっぴどく痛めつけられているものの、命に別状はないとのことだった。怪我人は多数、死人はゼロ。喜んでいいかは微妙だけども取り返しのつかない事態にはなっていないんだからこれもまあ、不幸中の幸いと言っていいだろう。


 あちこち包帯に巻かれながらも村長さんなんかは私にセンユ? とかいうのを淹れて飲ませてくれた。回復促進の効能があると言われたものだから思い込みかもしれないがぐっと楽になった気もする。


 住民は無事でも、壊された家屋や広場はすぐには直せない。ゴーレムが出せるなら作業をいくらでも早められるが、そのゴーレムを出すための魔法陣が施された生成場は他ならぬ広場にあって、アンちゃんはそこもきっちり破壊しているためにまずは荒れきった広場を清掃・修復するところから始めないといけないんだそうな。


 いやー、無事な人のほとんどが女性や子どもだけの現状じゃかなり大変だ。だけどゴーレムはロウジアの守り番でもあるから、獣や魔物が活発になりがちな夜までには作っておかないと安全面でも大変になる。

 ここは私も一肌脱ごう、と寝かされているベッドから起き上がろうとすれば村長さんとミリアちゃんに押し留められた。


 村のために戦ってくれた勇者様にかようなことはさせられない、などと村長さんは必死に言うが、私だって動けはするのに苦労する住民たちを余所に眠っているのでは休まるものも休まらない。善意じゃなく自分のためにやるのだと訴えたがそれでも村長さんは渋るし、私に抱き着くように抑えつけてくるミリアちゃんなんかはまったく聞く耳すら持ってくれない。騒がしさを気にして部屋を覗いたミリアちゃんのお母さんも苦笑しながら首を振るばかり。


 な、なんて頑固なんだ村長さん一家。絶対に私をベッドから出さないという鋼の意思を感じる。しかし私も頑固さは両親譲り、あの妹にだって負けてない。なんとか説得してみせよう! と意気込んだところで部屋に駆けこんでくる人物がいた。


「無事っすか! ハルコさん!」

「バーミンちゃん!? あ、うん無事無事。この通り」


 無事かと訊かれたのでそうだとアピールするためにガッツポーズをしてみせれば、彼女は思っていたよりもずっと元気な私の姿にホッとしたようだった。腰が抜けてへたり込むくらいに。そんなに?


「あの子、言うことやること激ヤバだったんすもん。あんなのとハルコさんが一人で戦ったと聞いたらそりゃ心配になるっす」


 なんでもバーミンちゃんはロウジアの人たちに頼まれて他の人たちがアンちゃんに抵抗している間にこっそりと町を抜け出し、岩山へと向かって勇者一行を呼び戻しに行ったらしい。


 アンちゃんはそれに気付かなかったのか、もしくは勇者たちが戻ってくる前に村長さんから秘密とやらを聞き出すくらい訳もないとスルーしたのか。

 後者だとしたら、そのすぐ後くらいに私がひょっこりと現れたのにはあれでけっこうたまげていたのかもしれない。


「まだワイバーンと戦ってなければいいなと思いながら登ってみればもう戦ってるし、しかもワイバーンは一匹じゃなく三匹もいるし、ハルコさんは山から落っこちたって言うし。もう自分いろいろとパニックだったっすよ」


 ワイバーンを怒らせたままでロウジアに戻っては状況が悪化する。ひとまずはワイバーン退治という当初の目標を達成してから急いで救援に向かう他ない。戦いながらバーミンちゃんから事情を聞いた四人は(主にコマレちゃんだと思うが)そう判断を下して目の前の戦闘に集中、見事に荒れ狂う三匹ものブラックワイバーンを撃破。そしてついさっきロウジアに帰還した、という流れだ。


「今は皆さん、ロウジアの修復作業を手伝ってるっすよ。ハルコさんがタジアさんのとこで寝てると聞いて自分が代表で容態を確かめに来たんす」


 そっか、皆が手伝いを。コマレちゃんとかナゴミちゃんあたりなら私なんかよりずっと再建の助けになるね。だったら私が無理矢理ベッドを出る必要もないかな?


 それにしたって容態とは大袈裟だな……とは、言えないか。結果として私は無事だけど、バーミンちゃんの危惧が現実になっていた可能性も大いにある。というかそうなっていない今が奇跡みたいなものだもんな。


 それくらい、アンちゃんは恐ろしい敵だった。うぅ、くわばらくわばら。改めて自分の悪運に感謝だ。



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