44 闘争とはかくも
眼前に暴威。食らえばマズい。だが体勢が悪い、避けるのは間に合わない。
だったら!
「縮め!」
「!」
ブレーキをかけつつ家屋の柱へ伸ばしていた糸を急速に縮める。魔力で作った糸なので伸縮は自在で、その縮め方によっては相手を引き寄せたり逆に自分が移動したりもできる。今回は後者の使い方をしてなんとか拳を掻い潜ることができた。
けど。
「うえっ!?」
「ふん!」
ノータイムでついてきた! 判断も反射もエグイくらいに早いな!? 急いで糸を消した私は咄嗟に軒の柱の影へ隠れて盾代わりにするも、アンちゃんの殴打一発でしっかりした柱が木片に変えられる。裏にいた私にまで衝撃が伝わって転がされ──起き上がると同時に攻魔の腕輪を解放。
「おりゃあ!」
「ぬぐっ!?」
案の定追撃のために接近してきていたアンちゃんに、私の右手のバングルから迸る闇の魔力が直撃。モロに食らったな! なんて会心の手応えもすぐに寒気で塗り潰された。
「くっ、はは──なんのこれしきぃ!」
「はぁ!? っぐへぇ!」
極太のレーザーみたいな闇の魔力。カザリちゃんのそれを浴びながらもアンちゃんは進むことをやめず、無理矢理に攻撃を押し通してきた。今度は私に拳が直撃し、屋内をぶち抜いて建物の反対側にまでぶっ飛ばされた。だ・か・ら、家を壊すなって言ってんだろぉ!?
「ああもう、ちっくしょう!」
素早く立ち上がる。今のでネックレスの魔力が切れた。もう自動ガードはない、次こそあの拳をまともに食らったらアウトだ。だからって怯むのはアウト。背中を見せるのがどれだけ悪手かはよくわかった。もう逃げない。だがロウジアの外を目指すのも諦めない。
戦いながら追い出す! 外部はもう目と鼻の先、できる! そう信じる!
「ほう、それは?」
粉塵を払いながら建物の横穴からアンちゃんが出てくる。その視線は、私の手元。たったいま懐から取り出した魔道具──いや、薬だ。魔草薬が注入されている変装丸薬に寄せられている。
「さーて、何かな。当ててみ?」
「くっく。どうせすぐにわかることだ」
アンちゃんの拳に力が籠る。仕掛けてくる合図。だけどそうはいかない、先手を取らせていいことなんか何もない。
次は私が攻める番だ。
「あー……んっ」
丸薬を口に放り込み、奥歯で噛み砕く。ドロリとした液体の苦味と異臭をちゃんと味わってしまう前に嚥下。音を立てて喉を滑り落ちていったそれが、カッと燃えた。そう感じたほどに強く熱を帯びて、そしてたちまちにその熱は私の全身へと広がった。
浮遊感。
「おっ──おぉお!?」
アンちゃんが目を真ん丸に驚いている。けど、それ以上に驚いているのはその表情を遥か高みから見下ろしている私のほうだ。
最初は身体が浮き上がったのかと思いきやそうじゃなかった。視点が高くなったのは、デカくなったから。今の私は家を踏み潰せるくらいの巨人になっているんだ!
いやどゆこと!? 丸薬の効果なのは間違いないだろうけど、これ変装って言う!?
「タイタン! に、変身したのか! 面白い!」
あっ、こっちの世界には実際にいるんだ。巨人的なのも? ランダム変装でそれが選ばれたってことか。確かになるべく強そうな姿になりたいとは願ったけれど、果たしてそれが反映されたのかどうかは定かじゃない。しかも願い通りとは言っても普段の感覚と違いすぎて酔いそうになってるから正直微妙だわ。
だがなったものはしょうがない、いったれ!
「うぉおお!!」
口から出る威勢も大きくて野太い。とてもキュートなJCの声じゃねえ。だけどそれがいい感じの迫力になってくれているようで、アンちゃんは向かっていく私に対して心底楽しそうに迎撃の構えを取った。
「力比べといこうか!」
高みから振り下ろす私の掌打に、アンちゃんは引き絞った拳を放つ。そして激突──することはなく。だって私の姿は所詮変装、大きくなっているのはまやかしに過ぎない。ぼふんと煙になってタイタンが消え去って、代わりに等身大の私が現れた。それにアンちゃんはまた目を見開いていたけれど、真相に気付いてももう遅い。
アンちゃんの拳は明後日の方向に振り切られている。そして私はもう殴る態勢を整えている。
「おっらぁああ!!」
「っっ……!」
魔蓄の指輪とパワー手袋を全開にした全力の一打。それが頬に突き刺さったことでアンちゃんが大きく姿勢を崩す。そこへ私はもう一打、今度は右手で殴りつける。全力のお代わり、それに付け加えて攻魔の腕輪も発動。
闇の魔力の奔流。残ってる分の全てを一撃に変えて発射したそれは思惑通り、アンちゃんをロウジアの外まで運んでくれた。すっ飛んでいった彼女を追いかけて私もロウジアを離れる。
よし、まだ近場とはいえこれで住民たちの安全は確保できた……けど、はっきり言ってしんどい。ネックレスに続いてバングルも沈黙してしまったし、できれば今の一発でアンちゃんが気絶でもしてくれてないかと期待したんだけど。
「──く、くっくく。闘争とはかくも愉快なものか。昂るな!」
「あ、ぜんぜん元気。だよねー」
殴った感触でわかったよ。やっぱ人とはてんで違うなって。
人体っていうよりもなんていうのかな、ゴム越しに鋼鉄を殴ったみたいな?
そういう「壊せねーなこれ」って確信しちゃう手応えだった。
それでも、ダメージがまったくないってわけじゃあなさそうではある。二度の全力パンチと二度の闇レーザーを食らったことでアンちゃんもあちこち傷付いている。
さすが、コマレちゃんの魔力量とカザリちゃんの闇魔術は魔王にも通用するくらいすごいってことだね。
私自身にもっと魔術師か魔闘士としての才能があれば……もっと言えば女神が素直にそういうわかりやすい祝福をくれていれば、もっとこの魔道具たちを有効活用できたろうになぁ。なにさ、人の魔力が込められたアイテムでも使えますって。やっぱどう考えても私だけショボいでしょ。
「はーあ。一応聞くけど、まだやる?」
「当然。興が乗ってきたところだ、やめるわけがない」
「だよね。そらそうくるよね」
アンちゃんが近づいてくる。確かな足取りだ。ダメージと言ってもホントに多少でしかないとわかる。私はふんと鼻を鳴らしてからこっちからも近づく。少しでもロウジアからは遠ざけておきたいからね。
改めて手札の状況確認。変装丸薬は使い切りなので当然もうない。ネックレスとバングルは現在ただのおしゃれ用品。そして指輪と手袋の魔力ももうあまり残されていない。万全に機能するのは糸繰りを助けてくれるアステリアリングと、まだ使用していないので魔力が満タンの聴力強化イヤリングだけ。
うん、猛烈にヤバいっす。もうすぐ私はアンちゃんに手も足も出なくなる。その前に彼女を動けなくさせるか、戦う気をなくなさせるか。どちらかを達成しないと詰みだ。そしてどちらも達成できる気がしない。
さてはもう既に詰んでんな?
なんて言っても、諦める気だってさらさらないんだけどね。
「貴様も楽しめているようで何よりだ」
「あーそう見える? そっかそっか」
必死こいてるだけなんだけど、つくづくこの子は私を読み違えてくれるな。なんかやけに大物だと勘違いしてない? でもまあ、それも好都合。こうやって私にだけ興味が向いてる間はロウジアに被害がいかないんだから。
「じゃ、やろっか。第二ラウンドだ」
「応とも」
互いに構えることをせず、自然体で佇んだまま睨み合う。張り詰めた空気の中に流れる一瞬の静寂。
先に動いたのは私のほうだった。




