43 アンラマリーゼ
「うぎっ!」
その少女らしい小さな腕のどこにこんなパワーがあるのか。ワイバーンの体当たり以上の衝撃を受けて私は吹っ飛ばされた──けど、足から着地。今度ははっきりと感じたぞ、ネックレスが守ってくれたのを。おかげで打たれた胸は少しジンジンするけどそれ以外に被害はいない。
だけどヤバい、今のでネックレスの魔力残量がほぼなくなった。また攻撃を食らえば空になる。そして防ぎ切れるかもわからない。これ以上あの拳を食らってはいけない。
「ちょい待ち!」
「む?」
追撃する気満々のアンちゃんにタイムをかける。訝しみながらも彼女は言った通りに止まってくれたので、内心で安堵しながら私は言った。
「こっちばっかり名乗ってるのはフェアじゃなくない? アンちゃんの正体も教えてよ。どうせアンって名前も嘘っぱちなんでしょ」
「ふむ……それもそうだな。勇者たるお前には我も魔王としての礼を尽くさねばなるまい」
「そうそう、魔王としてね……はっ?」
よーしよし、また会話に乗ってきた。この間に全部の魔道具の起動準備を終えておこう──なんていう、姑息な考えも遥か彼方にぶっ飛ぶほど衝撃的な言葉が聞こえた。
言ったよね? 確かに言いましたよね、この子。
自分を魔王だって。
「我が名はアンラマリーゼ。復活し顕現した今代の魔王だ」
「……マジで?」
「マジだ」
堂々と名乗り上げるアンちゃんは威厳に満ちていて、確かに態度だけなら魔王らしさ満点だ。
でも、その見た目はどこからどう見ても可愛らしい少女でしかない。
顔付きと物言いと腕力、あとは醸し出す雰囲気だけが子どもらしくないってだけで……いやけっこうなもんだな。充分な材料だわ。
「ザリークと同じパターンでどうせまた魔族なんじゃないかとは疑ってたけどさー……てか、だったらなおさら何してんのって話だよ。なんでこんなとこに魔王がいんの」
新しい魔王の誕生は勇者の来訪と同じタイミングで、そこから百日くらいかけて力を取り戻す。そして魔王が完全(?)になったところから魔族との全面対決、本格的な魔王期へ突入する。って流れだったよね、確か。
そのときまで魔王は魔族にとって居心地がいいと噂の第四大陸、通称『魔境』でじっと雌伏の時を過ごす……はずだってのに、普通にいるんですけど。海を隔てた連合国にしれっと入り込んでるんですけど。おかしくない? おかしいよね?
ザリークの件といい、今のところ習った常識があまり役立ってない気がする。
「なに、一興よ。百日をただ待つだけはつまらんからな」
「つまらんって、それだけの理由で乗り込んできたわけ? 大将自ら?」
「その通りだが」
「君子危うきに近づかずって言葉知らない?」
「知らんな。危うきを恐れるようでは魔王ではない」
なーるほど、そういうタイプなのね。歴代の魔王がどうだったかは知らないけど、少なくとも今代の魔王はものすごくアグレッシブみたい。
でも、どうやら単なる考えなしってわけでもないようで。
「そも、この百日間は我が動き回るのに最も適した期間でもある。前例がない以上は人間共も警戒などしまい?」
……確かにそうかも。今までこんなに早く魔王が直接やってきたことなんてきっとない。あったらバロッサさんだてルーキン王だってそう教えてくれている。そんな前例がないからこそ、ロウジアの人たちだってあっさりと懐に入られたんだろう。
「ちなみに訊きたいんだけど、見ず知らずの子どもがどうやって住民の中に紛れ込んでたの」
村長さんの親戚だなんて大胆な嘘までついていたけど、当然ながらロウジアの人ならそれが真っ赤な嘘だって誰でもわかる。いきなり生えてきた子どもをまあいいかと流すような人は……私だったらスルーしちゃうかもだけど、そんなにはいないと思う。
だったらアンちゃんはどんな手を使ってそれを解決したのか。
すっ、と自分の頭部。こめかみ辺りに指をやってアンちゃんは言った。
「軽く認識を弄った。やったのはそれだけだ。違和感を覚えればすぐにも解ける小手先の術でしかない……だから案ずるなハルコ。貴様との遊びにかようなつまらない茶々など入れんよ。楽しみの邪魔にしかならん」
認識を、弄った。ザリークと同じく精神に作用する魔術をアンちゃんも使えるのか。部下にできることは上司にもできて当たり前って感じ?
まあ聞く分にはザリークの術のほうが強力っぽいけど、それもどこまで信じていいやら。
「では、再開といこうか」
「えーっと、アンちゃん。こんな早く勇者と対決しちゃっていいの? まだ力は戻ってないんでしょ」
「構わん。完全には程遠いが、それは勇者である貴様らも同じことだろう。ならば五分の一程度に尻尾を巻く我ではない。せっかくの出会いだ、ハルコ。精々と楽しませるがいい」
「──はーっ、仕方ない。覚悟決めますか」
なんとか穏便に魔境へお帰りいただくか、皆がワイバーンを倒して戻ってきてくれるまでのんびりとお喋りだけしていたかったんだけど。どちらも無理そうなんで、やるしかない。
一対一で魔王と戦う。
考えようによっては、完全体じゃない魔王をぶっ倒すチャンス。
魔王期を最短最速で終わらせる絶好の機会に恵まれたとも言える。
もちろんそう簡単にはいかないだろう。相手は魔王、生まれながらの強者であり支配者。女神から祝福を貰ったとはいえただの女子中学生でしかない私とはまったく違うんだから──そんなことはわかってるんだ。
わかってるから、気合を入れるんだ!
「かかってこいや、アンラマリーゼ!」
魔蓄の指輪を解放。出力は全開だ。私の全身をコマレちゃんが込めてくれた魔力が包む。自前の魔力と合わさって今の私は皆にも負けないくらいに強い勇者になっている、はず。
指輪の効力が切れる前になんとしても倒す……!
「くはは! いい啖呵だ!」
めっちゃ嬉しそうにして、アンちゃんが跳ねる。そのひと跳ねで私たちの距離はゼロになったが、今の私は魔力むんむん。身体も相応に強化されており、さっきみたいに反応できないなんてことはない。
「あら、よっと!}
「ぬぅ!」
突き出された拳を身を捻って躱し、そのついでに彼女の腕を糸で掴み、ぶん投げる。アンちゃんの攻撃の勢いも利用したことで面白いようにすっ飛んでいった──けど、くるりと空中で回ったアンちゃんは危なげなく地に降り立った。
うっそでしょ、あの速度で投げられてどうしてそんな新体操みたいなことができんの。
なんてたまげてる場合じゃない。ここは広場の横手、つまりまだロウジアのど真ん中。すぐそこに住民たちがいるし、こんな場所で暴れさせてはまだ無事な家屋までいくつ壊されるか知れたものじゃない。まずはロウジアから出ないと!
「ついてこい──って、速っ!?」
ひとまず逃げることで追いかけさせて戦いの場をロウジアの外にしようと目論んだんだけど、ぐんぐんと距離が詰まってくる。
加速力ハンパないってアンちゃん! 同じ二足とは思えないんだけど!? そっち足が倍ぐらいないっすか!
「こなくそ……!」
私も全速力で走る。運動部でもない私がこんな死ぬ気で全力疾走するのは……ちょっと前に運動会でアンカーを任されて以来だ。けっこう最近だった! おかげか足はもつれない。指輪の魔力でいつも以上に強化された速力でもちゃんと自分のリズムで走れている。こ、これならどうにか外まで持つか……?
と、光明が見えたのも束の間。
横合いから建物をぶっ壊しながらアンちゃんが目の前に飛び出してきた!
こ、こいつ。障害物を突っ切って最短距離で来やがったのか?! 人様のお家をなんだと思ってんのさこのやろー!
「そら、ついてきてやったぞ!」
慌てて急ブレーキをかけたところに、怪力の込められた拳が迫った。




