42 それもまた勇者が故か
まさかもまさか、ワイバーンが複数いたとは。これはロウジアの人たちも気付いていなかったんだろうな。見分けなんてつかないし、そもそも毎度一匹だけで牛を攫いに来てたら二匹目の存在に思い至るわけもない。
今頃上では二匹のワイバーン相手に激闘が繰り広げられているに違いない。早いとこ私も復帰して皆の力にならなければ!
と言っても、ここからどうやって戻ればいいんだろうか。
「トンネルの入り口がどこにあるかわっかんねー」
そもそも今いるこの場所がどこなのよって話なのよ。渓谷側には落ちてないからこっち側に元来た道もあるはずだけど、そこを一人で探せるかっていうとかなり微妙だ。先導はコマレちゃんとカザリちゃんがしてくれてたしなぁ。
……こうなったらロウジアに一度戻るべきか。右も左もわからず山の周りをうろつくよりも、さっき岩肌から見たロウジアの位置を頼りに森を抜けて帰ったほうが賢明な気がする。
ロウジアからスタートをやり直せるなら坑道トンネルまでも一人で行ける自信はある。私だってただボーっと歩いていたわけじゃないからね。
「そうと決まれば善は急げ!」
森はそう深くない。はず。真っ直ぐ抜けていけばすぐ出られるだろう。たぶん。
怖いのはこうして単独行動中に他の魔物に出くわすこと……なんだけど、運良く。本当に運良く何ともバッティングすることなく、あっさりと森を脱出できた。ら、ラッキーじゃない? 落ちて無事に済んでるのも含めて私ってば今世紀最強のラッキーガールじゃない? まー落とされてる時点で本当はちっともラッキーじゃないんだけどね。
不幸中の幸いをどれだけ喜んでいいのかはちょっと迷うところだが、ともあれ、ここからでも見えている岩山を頼りに方角に見当をつけて森の傍を行くことしばらく。なんと! ちゃんとロウジアに辿り着くことができました!
やればできんじゃん、私。いや、私は私のことを信じていたよ。親からもよく褒められて育ってるんだ。「本当はできる子なんだから」って。これって褒め言葉でいいんだよね?
「……あれ?」
我ながら高いテンションで森を抜けてロウジアに(柵を飛び越えて)入り直した私は、すぐに異常を感じ取った。
住民が誰もいないのだ。
村を自称するほどこじんまりとした集落だと言っても、村長さんの話からすると少なくとも二百から三百くらいの居住者がいるはずで、実際昨日は表を少なくない人が行き交っていた。なのに今は外に人っ子一人いない。
まだ皆で村向こうの裏手に集まっているんだろうか? いや、さすがに見送りしてからけっこうな時間が経ってるんだからそれはないか。じゃあいったい村長さんたちはどこにいるのか──と、訝しみながら歩を進める私の耳に物音が聞こえてきた。
何かが壊れるような音と、そして悲痛な声が。
「……!」
あっち。中央のほうだ。主に狩りをしている人たちの住まいだという住居の集まりを抜けて、一番立派な村長さんの邸宅の向こうが、村の真ん中。ゴーレムの生成場でもある広場だ。
そこで何かが起きている。
そう悟って先を急ぎ、駆け付けた私の前には……信じられない光景が広がっていた。
死屍累々。あちこちに何人もの村人が倒れている。周辺の家屋はいくつか倒壊しているし、昨晩見せてもらったゴーレムの部位らしきものが散らばっている。それは明らかに、明らかに何か狂暴なものがここで暴れた形跡。
そしてその中心にいるのは、見間違えようもない。アンちゃんだった。
アンちゃんはその手に村長さんを掴んで引き摺っている。彼の首根っこを持ち上げてみせて、目の前で震えて固まっている多くの住民たちに見せつけた。
「どうした? もう助けようとする者はいないのか。いたところで何も変わらんがな。というわけだ、タジアよ。いい加減に諦めて秘密を吐いたらどうだ」
「な……何を言ってるやら、さっぱりだ……わしは何も、知らん」
「ふん、またそれか。強情な奴め。だったら次は女や子どもを痛めつけてやろうか? 何人の悲鳴を聞けば気が変わるだろうな」
「し、知らんものは、知らんのだ。知らんことは、教えられん……どれだけお前が暴力を働こうと、無駄よ……」
「ご立派なことだな。確かに貴様の口を割らせようとは端から無駄だったかもしれん。だが構わん。貴様や村人の様子を見ていれば薄々と当たりもついた。故に、もう貴様はいらん」
「ぬう……」
「秘密を探り出すまでは、と自重していたが。やはり我慢は性に合わん。なるようになればそれでいい──貴様を最初の血にしてやろう!」
そこまでだった。状況を知るためになるべく息を殺して観察に努めていたけど(呆気に取られていただけとも言う)、限界だ。アンちゃんの手が村長さんへと振り下ろされそうになったところで私は物陰から飛び出て、糸を伸ばす。
「む!?」
「ストーップ!」
アンちゃんの両手を縛り付けて、強く引く。反動で村長さんが投げ出された。
乱暴な助け方にはなっちゃったけど大目に見てほしい。こうでもしなきゃ救出は間に合わなかった。
「なーにをしてんのかな、アンちゃん。ちょっとじっくり話を聞かせてもらおうか」
ぐぐ……糸が、引き切れない。体勢を崩すようならこっちまで引っ張ってそのまま雁字搦めに拘束しようと思ったんだけど、普通に抵抗されちゃってるわ。
おっかしいなー、手袋を使って今の私は相当パワフルになってるはずなんだけど。どうしてアンちゃんは涼しい顔でそれに対抗してんすかね。
糸に縛られた自分の手を見て、私を見て。にぃっとアンちゃんは笑った。
昨日の無邪気さなんて欠片も感じさせない怖い笑み。
「ハルコお姉ちゃんこそ、一人で何をしているの? ワイバーンを退治しに行ったんでしょう」
「それは……あーっと、そう。なんだか胸騒ぎがしたから。念のために私だけ戻ってきたんだよ」
「へえ、胸騒ぎ。流石は勇者様」
ワイバーンに山頂から落っことされて戻ってきました、なんて正直に言ってはあまりに締まらない。ので苦しい言い訳とは思いつつも絞り出したそれを、意外にもアンちゃんは疑っていないようだった。
「ハルコお姉ちゃん、見るからに怪しんでいたもんね──くっく。上手く溶け込んでいるつもりだったんだがな。それもまた勇者が故か?」
「……ま、そんなとこかな」
嘘である。変わった子だなぁくらいには思ってたけど別に怪しんだりとかはしてなかった。今だってアンちゃんがこんな凶行に走った意味がわからなくて頭の中はぐるぐるだ。
だけど、都合よく勘違いしてくれてるんだったらそれに乗っかろう。
私はアンちゃんがただの子どもではないと見抜いていた。そういう体でいかせてもらう!
「で、目的は何? なんだってロウジアの人たちを虐めたりしたの」
村長さんは地面に強く体を打った様子だったけど、無事のようだ。他の住民が私たちの会話の隙に保護してくれている。その傍には孫娘のミリアちゃんもいて、彼女は怯えを滲ませながらもその紫に輝く瞳で私のことを見つめる。
大丈夫だよ、ミリアちゃん。これ以上怖い思いはさせないから。
「我の目的か? 教えてやってもいいが語って聞かせる義理もない。それよりもハルコ、せっかくだ。まずは遊ぼうじゃないか!」
「っ!」
マズい、手袋込みのパワーを完全に上回られている! 反対に引っ張られそうになったので、魔力は勿体ないが糸を解除して消す。
回収なんて言ってる場合じゃない。でも、少しでも効果を持たせるために糸を解くと同時に手袋をオフしておくのも忘れない。今の引っ張り合いでだいぶ時間を使ってしまったけど、まだ動く。
「糸使いとは面白い。どう戦うのか見せてもらおう」
と、言い終わった瞬間にアンちゃんが目の前にいた。
は? なんて思う暇もなく拳が振るわれる。
反応が間に合わず、私はなすすべもなくそれを食らった。




