41 谷の底から
お願いされるまでもなく私たちの目的はワイバーンを倒すことだ。もちろんふたつ返事で了承しましたとも。
というわけで翌日。私たちは非戦闘員であるバーミンちゃんだけを残し、朝早くから皆に見送ってもらいながらロウジアを出発。裏手にある森を抜けてワイバーンが住み着いていると思われる山へと入っていった。
「山って言ってもこれは岩山だね。ところでなんでこんな道があるんだろ?」
教えられた通りに進んで見つけた、崖下の洞窟。明らかに人工的なそれが上へ上へと続いている様子なのを疑問に思って口にしてみれば、コマレちゃんがそれに答えてくれた。
「タジアさんが仰っていましたが昔はこの山で貴重な鉱石が採れていたみたいです。掘り尽くしたのか今ではもう採掘は行っていないようですが……こうして山頂まで続く坑道は当時のまま残っているので、ありがたく使わせてもらいましょう」
「へー」
「ちなみに坑道とは本来地下に作られる道のことのはずですから岩山をくり貫いているこの道をそう呼んでいいのかはコマレにもわかりませんが、なんにせよ用途としては坑道で間違いないはずです」
「へ、へー」
細かいなぁコマレちゃん。や、その知識がいつも役に立ってるんだから文句とかじゃなくてね? ただ純粋に細かいなぁと思っただけで。
しっかしこんな岩山で山頂部までのトンネルを掘るとか、ものすごい労力だ。当時のロウジアの人たちの苦労が偲ばれる……と思ったけど、この世界には魔術もあれば魔道具もある。いくらでも掘削や採掘の手助けになりそうだ。
となると私が想像するほど大変な作業ではないのかも? 最悪、魔闘士とかなら素手でも岩をがんがん掘ってけそうだしな。
「…………」
「シズキちゃん? ああ、それに驚いたんだ」
急に岩壁の隙間から出てきたちっちゃな光るカニ……カニだよねこれ。そうとしか見えないフォルムだけど、かさかさと去っていくそれを怯えた目で追いながら抱き着いてきたシズキちゃんの頭を撫でる。何かあったときはこうしてあげると落ち着くんだよね。
「宝石みたいなの背負ってなかった~?」
「え、あの光ってたの宝石だったの? しまった捕まえればよかった。いい値で売れたかもなのに」
「それは帰り道に余裕があればにしてください。……しかし面白い生き物でしたね。こんなところに普通のカニがいるわけもありませんからあれも魔物なんでしょうか。だとすると今までに確認されている魔物とは少し毛色が異なりますが」
「コマレ。考察もあとで」
「む……そうでした、申し訳ない。先へ進みましょう」
トンネル内にワイバーンとはまた別に魔物が入り込んでいる可能性も考慮していたけれど、何とも出会うことなく山頂付近の岩肌へと出た。もうすぐてっぺんとあって景色はなかなかだ。あ、小さく見えるあれがロウジア? うひゃー、こんな高いところまで登ってきたんだなぁ私たち。なのに息も上がっていなければ大して疲れてもいないんだから、やっぱりだいぶ逞しくなってるな。魔力ってすごいや。
「うーん、この景色を眺めながらお弁当でも食べられたら最高なんだけどな」
「にゃは、ハルっちてばピクニック気分? 気持ちはわかるけどね~」
「でしょ? ちゃんとしたお弁当じゃなくてでっかいおにぎりとかでも可」
「それもわかる~」
なんて和やかに話をしながら急こう配の坂道を歩いていると、コマレちゃんがお口に人差し指を当てて「静かに」のジェスチャーをした。そして囁く声音で言う。
「山頂が目の前です。いつワイバーンが出てきてもおかしくありません、要警戒で進みましょう」
「ラジャー」
こちらも囁き声で返して、なるべく足音とかにも注意しながらとうとう山頂へ。
村長さんが言っていた通り深くて大きな亀裂によって渓谷になっているそこには、大自然が持つ美しさと厳しさが半々の割合で同居していた。都会暮らしではお目にかかれない圧巻の光景に思わず息を飲み──すぐにそれどころではなくなった。
「気付かれてます! 既に!」
谷の底から黒いモノが向かってくる! 近づくにつれハッキリと出で立ちがわかるようになったそれの正体は、やはりワイバーン。羽の生えたトカゲにあちこちトゲトゲを生やした感じの生き物。すぐに私たちの高度を越えて頭上でけたたましく吠えるその姿には、ゴブリンだとかバーゲストだとか、あの辺の魔物なんかとは比較にもならないくらいの生命力。格の違いってものがひしひしと伝わってくる。
こっ、これはヤバいな!? 想像してた以上に迫力がありすぎる!
「可能ならば引き摺り落とします!」
コマレちゃんから魔力が溢れ出す。手伝うつもりだろう、カザリちゃんからも魔力が吹き荒れる。そうだ、あんなに高いとこにいられたらこの二人以外は攻撃も何もできない。まずは地上に下ろさないことには戦いが始まらないぞ。
だけどそれまで突っ立って見ているだけってのも芸がないよね。なんとか私も手伝えないものか。
でも最大まで糸を伸ばしてもあそこには届かないよなぁ。というか届いたところでワイバーンとの体格差から私のほうが引っ張り上げられてお終いになりそう──ん?
ばさりばさりと羽が羽ばたく音。頭上から聞こえるそれ以外にもうひとつ、背後からも同じものが聞こえるような気がして。「そんなまさか」と思いつつも振り返って確かめてみた私の目に、そいつはしっかりと映った。
ブラックワイバーン。もちろん、上にいるのとは別個体。
「に! 二匹目!?」
向き直るよりも先にワイバーンが突っ込んできた! 咄嗟に横へ飛び退いて躱そうとしたけど躱し切れず、広がった羽の先端に激突。息の詰まる衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
足場のない、空へと。
「ハルっち!?」
助けようとしてくれたナゴミちゃんだけど、驚くほどの旋回速度で方向を変えて突進するワイバーンに邪魔されて救助は間に合わず。私の体は自由落下を始めてしまう──ヤバいって! これは死ぬ!
糸繰りで糸を伸ばす。けど、岩肌にはうまく掴めるような場所がなく、何より私も落下の恐怖で混乱している。いつもみたいに糸がまとまらない! 指輪の補助があってもこれってことは相当なパニックに陥っているって証拠だ。
こうやってどこか他人事に考えているのもおそらくは現実逃避の一環だろう。そんなことまでわかってしまうくらい、今の私は危機的状況なのだ。
「あぐッ、」
出っ張った岩にでもぶつかったのか、ワイバーンの体当たりにも劣らないくらいの衝撃を再び受けて意識が飛びかける。
いや、実際に飛んだんだろう。
気付けば私は地面の上で大の字に伸びていた。
下が岩じゃない。固くなくて、柔らかい。土の地面だ。
……え、落ちた? 山の上からふもとまで滑り落ちたのか、私?
木々の葉の隙間からは岩山が見える。やっぱり落ちたんだ。でも無事? なんで? なんで死なずに済んだ?
「ひょっとして……」
寝ころんだままペンダントを調べてみれば案の定、そこに込められているナゴミちゃんの魔力が減っていた。防魔の首飾り! 土属性の魔力で私の身を守ってくれる魔道具がその効力を発揮した、っぽい。落ちながら無意識で起動させたってことか……いやぁグッジョブ! 無意識の私! それができていなかったらガチで死んでいたはず。
そう思うとホントにゾッとする。魔道具、受け取っておいてよかったよ。マジで。
「怪我は、してないな」
問題なく立ち上がることができた。あちこち確認してみたがどこにも深刻に痛む箇所はない。これだけの高度を落下したのに、だよ? ペンダント様様だ。
だったら私のすべきはひとつ。
「早く上に戻らないと!」




