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40 山頂のワイバーン

「私だったら、迷うぐらいなら初志貫徹かな。迷わないときだけ臨機応変。じゃないとふらふらするだけで結局なにもできなくなりそうな気がするから」


「ふーん……そっか」

「な、なにか参考になりましたでしょうか」


 アンちゃんの身になって考えるというより、本当に自分だったらこうするって思ったことをそのまんま伝えただけだ。そのせいかどうにもアンちゃんの反応が渋い気もする。


 何故だか親とか先生みたいな目上から下される評価を待ってるときみたいな緊張感があったが、どうやら私のアドバイスは功を奏してくれたようだ。アンちゃんはにかっと笑顔を取り戻して言った。


「うん、とっても参考になったよ!」

「ホント? ならよかった」


 あーホッとした。あれだけ胸を叩いておいててんで的外れなことしか言えないようだったら、勇者の面目が丸潰れだった。

 相談の成否ひとつでそこまで深刻になることもないだろうけど、期待には応えたくなるのが人の性ってもんじゃん? これも一種の承認欲求かもしれない。


「お姉ちゃんのお名前は?」

「あ、聞くだけ聞いて自分の名前はまだ言ってなかったっけ。こら失敬。私はハルコだよ」

「ハルコお姉ちゃん、か」


 ぬ……うちの妹は姉である私のことをあだ名で呼ぶので、年下の女の子からお姉ちゃん呼びされると妙な気分になっちゃうな。

 背中に走るむず痒さのようなものを無視して、私は全員分の自己紹介を済ませておく。


「村長さんと何か話してるのがコマレちゃん。その横で話だけ聞いてるのがカザリちゃん。あっちで大皿を平らげてるのがナゴミちゃんで、傍で小皿で食べてるのがシズキちゃん。さっきも言ったけど私も含めてこの五人が勇者ね。で、もうご飯を食べ終わってデザートに手を付けてるあの獣人の子がバーミンちゃん。私たちの案内人をしてくれてるよ」


「みんな強いの?」

「えっ。あ、うん。そりゃあ勇者だからね、みんな強いよ。アンちゃんたちを困らせてるワイバーンだってパパっとやっつけちゃうぜ!」

「──ふふ、そうなんだ。それなら安心だね」


 一瞬だけこれまでとは質の違う笑みを見せたような気がしたアンちゃんだったけど、席を立ってからもう一度こちらに顔を向けたときには既に元通りの、無邪気そのものみたいな笑顔に戻っていた。


 見間違いだったのだろうか。いやでも、ミリアちゃん以上にしっかりした印象を受ける子だ。あれだけ大人びた笑い方をしても不思議じゃない気もする。


「お話ありがとう、お姉ちゃん。またね!」


 とアンちゃんはこっちの返事も待たずに背中を見せて、そのまま村長さん家から出ていってしまった。あらら、結局ご飯には手をつけずに行っちゃったよ。しょうがないから彼女の分として取り分けられている小皿も私が片付けてあげるか。


 宴もたけなわ。寒天プリンみたいな独特な触感のデザートを食べ終えてからは歓談タイムに入ったんだけど、陽が沈み出すにつれて次第次第に人も減っていって、やがて村長さんとミリアちゃんだけが場に残った。


 あ、これから大事な話をするんだな。と村長さんの雰囲気で察する。

 息子さん夫婦がいないのにどうして孫娘のミリアちゃんだけ一緒にいるのかちょっと気になりはしたけど、それを訊ねる前に改まった様子で村長さんは口を開いた。


「村の裏手にある森から分け入ったところに、山の麓がありましてな。そう広くはないが高く、山頂には渓谷のように深い亀裂が入っており……おそらくワイバーンはそこをねぐらにしておるようで」


 ふむふむ。ここらにはいないはずの猛獣がどこかから流れて来て、居ついた挙句に田畑を荒らしているってパターンか。

 ただし厄介なのが、その猛獣はただの獣じゃなくて空を飛ぶ危険な魔物であり、襲うのは農作物じゃなく家畜だってこと。


 ロウジアでは牛と豚が育てられているが数はそんなに多くない。今のところワイバーンがやってくるのは半月からひと月に一回程度だけど、その度によく育った牛から攫われていくのではたまったものではない。と村長さんは困り果てた様子で続ける。


「他にもいくつか狩りに適した餌場を見つけておるのでしょう。ここもワイバーンにとってはその内のひとつ。家畜がいる内はまだよいのです。しかし牛がいなくれば豚、豚がいなくれば彼奴はやがて住人を攫うはず。そうなる前に勇者様方がおいでくださったのはまことに幸いでしたわい。わしらだけでは抵抗にも限界がありますので」


 聞けば村長さん一家は揃って土属性魔術の名手のようで、息子さんと協力して作り出すゴーレムで普段はロウジアを守っているらしい。でもそこらの魔物ならともかく、ゴーレムにも負けないくらいの体格と頑丈さに加えて飛行能力まで持つワイバーンを相手にはどこまで戦えるか知れたものではない。


 いざ住人が標的となった場合には守り切れないだろうと村長さんは予測していた。


「ゴーレムですか! それはすごいですね、見られるのなら実物をこの目で見たいところですが……」

「今頃せがれが夜の見張り番にするためゴーレムを作成していることでしょう。興味がおありでしたら村の中央へ見に行かれるといい」

「はい! 是非見物させていただきます! ちなみにゴーレムの作成は物質化に含まれるものなんでしょうか? だとしたら術式についても少しお聞きしたいことが──」


 うわぁ、コマレちゃんの目がキラキラしてるよ。つくづくファンタジーな要素に弱いね。

 いつも理知的なのにこういうときだけ歳相応になるからギャップが凄いんだよな。


「コマっち~、今はワイバーンについて聞かなきゃでしょ?」

「あっ……そ、そうでした。すみませんタジアさん」

「いえいえ謝る必要など。勇者様の知見となるのでしたら喜んで質問に答えますとも。ですが、やはりまずは本題を終わらせてからといたしましょうか」

「なら、ワイバーンの特徴や特性について聞きたい」


 ナゴミちゃんが優しく窘め、反省で委縮したコマレちゃんに代わりカザリちゃんが質問主を引き継ぐ。

 こっちの世界に来てからずっと一緒にいるもんだから関係性も役割もすっかり出来上がってるね、私たち。割といいチームになってきたんじゃない?


「ワイバーンにはいくつか種類があるのですが、山頂に住み着いたのはブラックワイバーン。その名の通り黒い鱗に覆われております。ワイバーンの中では比較的小柄ながらに獰猛で、先ほども言いましたが非常に頑丈であることが最もの特徴でしょう。レッドワイバーンなどと違って火を吹くことはしませんが、素早く接近しての体当たりや噛み付きでオークなども一撃で仕留めてしまいます」


 実際にそうやってオークがやられるところをロウジアの住民が狩りの最中に目撃しているとのことだった。

 オークと言えばゴブリンなんかよりもずっと大きくて、再生能力まで持っている厄介な魔物。とバーミンちゃんが言ってたよね。そんな奴をあっさりとやっつけるとなればブラックワイバーンの強力さがよくわかるというものだ。


 運良くか悪くかオークとは実際に出会ってはいないから、わかると言っても妄想の範疇を出ないんだけどね。


「なるほど。ワイバーン種でも鱗が一際に硬く、その防御性能を頼りに一心の攻撃が行える……といったところでしょうか。術に対しても抵抗力があると聞きますし、それは確かに強敵と言って差し支えないですね」


 お、コマレちゃんが委縮から復活したようだ。反省するのも切り替えるのも早いのが彼女のいいところだ。

 その分析に村長さんは頷いて。


「ですのでわしらでは対処ができませんでな。仮に彼奴へ手傷を負わせられたとしても山へ逃げ、癒えた頃に復讐の怒りと共に再び襲撃されるのは目に見えております。どうか勇者様方に退治してもらいたくお願い申し上げます」


 そう言って、彼は深々と頭を下げた。



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