4 自己紹介
「転生ものって?」
「知らない、ですか」
「ごめん、わかんないや」
聞きなれないワードを訊ね返せば、ぱっつんおかっぱちゃんはちょっと残念そうにする。そして私以外からも特にリアクションが返ってこないものだからますますガッカリしたようにしてから「いいですか」と語り出した。
「そういう物語のジャンルがあるんです。いきなり神様に呼び出されて、チートと使命を与えられて、異世界へ送られて戦う。という、俗に異世界転生ものと呼ばれる作品が無数にあって、この状況はまさにその典型に当てはまっているんです」
「へー……」
「へーって、もっと他に言うことないんですか」
「そう言われても」
へー以外に言いようがないでしょ。よく知らないことなんだし。
でも確かに、攫われて女神に祝福を与えられて送り出される、っていうのは聞いた限りまさに転生ものとやらそのまんまなパターンではある。
「ってちょっと待って。異世界って何?」
「ですから、今いるここが異世界……コマレたちの知っている世界とは別の世界だろうってことです。だから危険だと言っているんですよ」
「はー」
「はーって」
いやはー以外に言いようが……もうそれはいいか。話が理解できない私はお手上げのポーズをしてバトンタッチ。左横にいたツインテちゃんの肩を叩いてお任せする。
ツインテちゃんは少し眉をひそめて私のことを見てから、ぱっつんちゃんへ言った。
「危険とは、何を指して?」
「モンスターです。異世界にはモンスターがいるのが定番なんです。特に、こうして転生……コマレたちの場合は厳密には転移と言うべきですが、異世界へ渡ったシーンでは雑魚モンスターとの戦闘が起こるのがお決まりなんです」
「雑魚モンスター?」
「ありがちなのだと、スライムやゴブリンでしょうか。スライムだと仲間になるパターンもお決まりと言えばお決まりですが」
仲間。モンスターが? ちょっと想像つかないね。私がやってきたゲームだとモンスターは経験値とお金の塊でしかなかったけど、そういうのもあるのか。
こんなことならもっとRPGをやってくるんだったな。せっかくお父さんがゲーマーで色んなゲーム持ってるのに、ほとんど手をつけてないんだよなー。
なんか、遊びでもやれやれ言われると萎えない? 逆にお父さんがゲームに厳しかったらもっとやってたと思う。
我ながらあまのじゃくだと思うけど、人間ってそんなもんだよね。
「じゃあ、私たちはいつ襲われてもおかしくないということ?」
「そうなります。あくまでコマレの推測通りなら、ですけど……でも魔王なんていう存在がいるのなら充分にあり得ることだとは思いませんか」
「ん~。そうだとして、ウチらはどうすればいいの?」
そう訊いたのは短髪ちゃんだ。
もう寝ぼけた様子はないけど、その目付きは眠たげなままである。たぶん元々こういう顔立ちなんだろう。喋り方もいかにもおっとり系だし。
「まずは……安全の確保。そして現地民との接触を目指すべきかと。このふたつはイコールで結ぶこともできますので、差し当たっては警戒しつつの移動をコマレは提案します」
「な~る。ウチはさんせー」
即断で賛同した短髪ちゃんに続いてツインテちゃんが無言で首肯し、長髪ちびっこちゃんもまたこくこくと小さく連続で首を動かして追従する。それから、四人の視線がこちらに集まった。
あ、私の意見待ち? ならちょっと言わせてもらおうかな。
「その前にさぁ、自己紹介しとかない? 私たちってまだお互いのこと何も知らないじゃん。軽くでもいいから人となりを掴んでおきたいんだよね」
女神の口から名前は出ていたが、それも合ってるかわかんないし。名前以外にも簡単なプロフィールくらいは聞きたい。これから危険を共にする間柄だったらなおさらに。
「それは、移動の最中やその後では駄目でしょうか」
「モンスターを警戒しながら行くんだよね。だったらあんまりお喋りする余裕もなくない?」
「む……」
「で、いざ襲われたときに意思疎通が上手くいきませんでした、ってなったらますます危険じゃないかと思って」
「むむ……」
ぱっつんちゃんは考える素振りを見せて、一度周辺の様子を窺ってから「そうですね」と同意をした。
「日も高く、差し迫った危機もないようですから。今の内に簡単な自己紹介をしておくのも、悪くないかと」
「よーし。皆もそれでいい?」
一応は全員の意思を確かめてから、別に誰からも反対されなかったので私は胸に手を当てて「明野ハルコです!」と名乗る。こういうのは言い出しっぺが先陣を切るものだ。
「歳は十四、好きなものは金と名誉、座右の銘は『やってやれないことはなし』! いつか天下に名を轟かせる野望を持ってます。よろしくね!」
「せ、戦国武将みたいなメンタルですね……」
「お? 華の女子中学生つかまえて武将とは言ってくれんねえ。じゃあ次はそんなぱっつんちゃん行こうか」
「わかりました。コマレは、宮寺コマレです。十三歳の中学一年生です。将来の夢は……クリエイターになること、でしょうか。媒体はなんでもいいので物語で人を楽しませられるお仕事に携われたらと思っています。……これからよろしくお願いします」
「ほほー、十三歳とは思えないほどしっかりしてんね。じゃあ次は短髪ちゃんいこっか」
「あ、ウチ? ウチはねぇ、江島ナゴミっていいます。コマっちと同じで十三歳だよ。得意なのは体を動かすこと、だけど眠るのはそれ以上に好きで~す。どうぞよろしく~」
「こまっち……」
いきなりあだ名で呼ばれたからかぱっつんちゃん改めコマレちゃんは慄いているようだけど、残り二人もじゃんじゃんいっちゃおう。
「お次はちびっこちゃん、君だ。さあどうぞ」
「ひゃっ、ひゃい。……あの、えと、わたしは周防シズキ、です。十五歳、中学三年生です。……す、好きな動物はリスです……よろしく、おねがいします」
「えっ、中三?」
「は、はい」
「先輩じゃん。ちびっこなんて言ってすんませんした」
や、てっきり小学生だとばかり。身長といいこのおどおどした態度といい、とても年上には見えないって。
トラップにかかったような理不尽さを感じるけど上級生相手に生意気を言ってしまったのは事実だ。しっかりと頭を下げておくが、彼女はますますあわあわして首をぶんぶんと横に振った。
「あ、謝らないで、ください。わたしがちびなのも、子どもに見られるのも本当のことなので……あの、年上扱いしないでもらえると、助かります」
「うーん。そうしてくれって言うならそうするけど」
是非とも、とばかりに今度は縦にぶんぶんと首が振られたので、まあタメ扱いでいいだろう。私はコミュニティの上下関係をきちっとするタチだけど、上の立場の人間が上に立ちたがらないのなら強要はしない。そんなことしても空気が悪くなるだけだしね。
「ほいじゃあ最後、ツインテちゃんね」
「……開墾路カザリ。十五歳」
そこで口が閉ざされた。続きに何を言おうか悩んでいるのかと思いきや一向に喋り出す気配がないため、今ので自己紹介を終えたつもりだと気付く。
おいおい、素っ気ないにもほどがあるぜ。
「ちょっとちょっとツインテちゃん。いやカザリちゃん。引っ込み思案っぽいシズキの姉御もしっかりと自己紹介したんだよ?」
「あ、姉御はやめてください……」
「せめてほら、よろしくの一言くらい言ってごらん? ん?」
肩を組んでフランクに促す。シズキちゃんとはまた違ったタイプの引っ込み思案なのだろうと思って、その緊張をほぐしてあげようとしているわけだが、カザリちゃんは露骨に嫌そうな顔をする。
「私も中学三年生、なんだけど」
「ああ、十五歳ならそうだろうね。それが?」
「なぜ私には敬語を使おうとしないの」
「そりゃカザリちゃんにだけ遜るとシズキちゃんに失礼だからだよ。私たちは全員平等! それで良くない?」
「………………」
すごい不服そうだった。