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39 悩んでるように見えたから

 バーミンちゃんの話ではここからが危険地帯とのことだったが、それが逆フラグになったみたいに私たちはとんと魔物と出会わなくなった。

 景色を楽しみながら歩いて、宿に泊まれるときは泊まって、そうでなければキャンプして、ただの旅行と変わりなく。一時はひっきりなしにゴブリンやスライムとエンカウントしていたのが嘘のようだ。


 これには皆で不思議がったけど、まあゲームでもなし、魔物の生息地だからって出歩けば必ず遭遇すると決まっているわけでもない。運次第ではこういうこともあるだろうと結論付けて平穏な旅をして──王都を出てから一週間。七日と半日をかけて、私たちはついに試練の旅の目的地であるロウジアへと到着したのだった!


 ただ、到着の感慨以上に私はロウジアの景観に驚いていた。


「大きな街からは少し離れたところにある辺境の町だ、とは聞いてたけど。これは町っていうよりもむしろ……」

「わかるっす、感覚的には村とか集落っすよね。連合国の設立よりも古くからある集落はだいたいこんな感じみたいっすよ。自分もこういう僻地にまで来たことはないんであんまし詳しくないっすけど」

「ほほー。それだけ歴史があるってことね」


 村……じゃなかった、町に近づくとすぐに住民に気付かれて、諸手を上げて歓迎された。都会から離れた場所だからって勇者への関心が薄いとかそういうことはなさそうだ。というより、むしろロウジアの人たちからは他の街の住民以上に深い敬意まで感じられた。


 アイドル扱いに近かった今までとは違ってなんていうか、もっと身近だけど尊重してくれている、みたいな。


「ようこそおいでくださった、勇者の皆様方。わしがロウジアの村長をやっとりますタジアと申します。こちらはわしの息子夫婦、これは孫娘です」


 ひとまず村長のお家へと案内されて、そこで家族全員から挨拶を受けた。あ、普通にロウジア側は村っていう認識なのね、なんて思いながらこちらも名乗りながら挨拶を返す。


「ミリアちゃんっていうんだ? 私はハルコだよ、よろしくね」

「はい。どうぞよろしくおねがいします」


 むむ。ぺこりとお辞儀までして、大人びた子だ。まだ四、五歳くらいに見えるけどすごく賢そうだぞ。このくらいの年齢の子はもっとぽやぽやしているものだと思うけど、ミリアちゃんは表情まできりっとして凛々しく見える。


 それにこの子、くりくりとした目が紫色に輝いていてすごく綺麗だな。あ、村長さんと息子さんも同じ色。おそらく嫁いだであろう奥さんだけ目の色が違うので、これは村長さんの家系の特徴っぽい?


「はるばる王都よりいらしたのですからお疲れでしょう。どうぞお寛ぎくだされ。その間に食事を用意させますので」

「いいのですか? ワイバーンの被害に遭っているのなら、一刻も早くその退治について話し合うべきなのでは」

「周期がありましてな。これまでの傾向からして彼奴・・が再び姿を見せるまで二、三日ほどの猶予があると思われます。ですので、どうかまずは英気を養ってくだされ。詳しい話はその後からでも遅くはありますまい」


 私たちとしては旅の目的であるワイバーンの撃退を済ませてから歓待を受けてもいい、というかそのほうが気持ちよく食べ飲みできてよかったくらいなんだけど、こう言われては頷くしかなかった。コマレちゃんも「そういうことなら」と大人しく引き下がり、村長さん家で食事会が始まった。


「う、美味い……王宮のご飯にも負けてないってどういうこと」

「ほっほ、お口に合いましたかな? それは何より。ロウジアは歴史ばかり長い村ですのでな、豊かなのは自然くらいのもの。ただそれによって栄養豊富な草木が育ち、それを食する動物たちも自ずとよく栄養を蓄える。味わい深く、滋養に良い。何もない村の唯一の自慢のようなものですな」


 味に感激した私たちの食べっぷり(特に私とナゴミちゃんとバーミンちゃん)の食の進み具合に村長さんは気を良くしたようで、とても上機嫌にそう教えてくれた。


 なるほどねぇ、ちょっと住むには不便そうな辺鄙な土地でも、だからこその強みもあるってことか。

 宮廷料理人が趣向を凝らした豪華な料理にもまったく劣らないとはロウジア郷土料理、侮りがたし。


「ねぇねぇ」

「ん?」


 ふと、いつの間にか横の席に座っていた少女から話しかけられた。食事会には村長さん一家だけでなく他の村人たちも大勢出入りしていて、中には私たちと一緒の卓についている人もいる。

 その中の一人である少女は、無邪気を絵に描いたような笑顔で私に訊ねてくる。


「あなたたちの中の誰が勇者なの?」

「あー、ちょっと説明が難しいんだけどね。私たちは五人とも勇者なんだよ。獣人のお姉ちゃん以外は全員」

「全員? 五人とも勇者……?」

「そうなの」


 とても不可解そうにする女の子。代々、異世界からやってくる勇者は一人だけ。彼女だってもっと小さな頃からそう教えられて育ってきているだろうから、根付いた常識をいきなりアップデートするのは大変だろう。特に子どもだと勇者複数人概念はちょっと理解が難しいかもしれない。


「ねね、君はなにちゃん? どこのお家の子?」

「わ──わたしは、アン。村長の親戚だよ」

「へー、親戚。じゃあミリアちゃんの従妹とかなんだ」

「うん、そう」


 にこやかに受け答えするアンちゃんだけど、なんでだろう。どことなく上の空な感じもする。何か考え込んでいるような? 目の前にある絶品料理にも手を付けてないし……それともロウジアの子は舌が肥えちゃってこれを特別に美味しいとは思わないのかな。むーん、だとしたらなんと贅沢な。


「ねえアンちゃん。もしも悩み事でもあるんだったら相談に乗るよ? なんたってほら、私は勇者だからね。力になれることもある……かもだし」


 まあ私は勇者一行の中でもこう、下側にいる勇者だから。絶対に力になれるとは言い切れないのが悲しいとこだけど、こんなに全力でおもてなしをしてくれているロウジアの人たちのためなら頑張っちゃうよ。ワイバーン退治は当然として、それ以外でもね。


「悩み事? なんでそう思うの」

「え、なんでって……悩んでるように見えたからだけど、違った?」


 そう答えたら、アンちゃんは黙って私を見つめてくる。笑顔が引っ込んだ彼女の眼差しはちょっと驚くくらいに無機質だった。な、なんなの? ミリアちゃんといい、ロウジアの子どもって揃いも揃って早熟だったりするの? それもこの栄養豊富な料理のせい?


「……悩んでる、か。うん、そう言われたらそうなのかも。じゃあせっかくだから、相談してもいい?」

「お、その気になった? いいよいいよ、どんと来い! 他の人には絶対に漏らさないからなんでも言ってみて」


 歳に見合わない思慮深さがありそうだから、悩みだってそれだけ大人びたものである可能性が高い。具体的にはロウジア内での人間関係とかね。もしそれが恋とか愛の方面でのうんぬんかんぬんだった場合、悲しいかな恋愛経験がゼロである私はあえなくお手上げするしかなくなるが……でも話すだけタダだし、言葉にするだけでも気持ちの整理が付くこともあるからね。


 最悪、聞き役に徹するだけでも無駄ではないだろう。

 と信じて私はなるべくアンちゃんから頼もしく見えるようにどんと胸を叩く。


「何かをしていて、それがもう少しで終わるってときに、もうひとつやらなきゃいけないことが目の前に飛び込んできた。優先順位はどっちも高くて比べられない。そういう場面でお姉ちゃんならどうする?」

「お、おお?」


 ぜんぜん色恋沙汰じゃなかったわ。


 アンちゃんの言っていることはなんだか抽象的だけど、まあ何を聞きたがっているかはわかった。要するにアレでしょ? 初志貫徹で今やっていることを継続するか、臨機応変に飛び込んできた別のことへ移るか、どっちを取るかってことだ。


 うーんそうだな。難しい二者択一だけど、もしも私が選ぶとなったら──。



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