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38 ミニちゃん

 野宿で一晩を明かし、日の出と共に動き出して昼時。小街に辿り着いて馬を預けたところでバーミンちゃんが宣言した。


「馬車での旅はここまでになるっす!」

「えっ! なんで?」


「王都から離れるほど街じゃなくて小街やちょうが増えてくるってのは理解してもらえてると思うすんけど、ここから先は馬を任せられる場所がなくなるんすよ。ちゃんとした宿もなくなって民宿だけになるんでそういうとこは馬の世話まで手が回らないんすね。エサの問題もあるもんすから、馬屋で休ませずに連日働かせるのはちょっと無理っす」


 なのでここで二頭の馬共々、馬車とはお別れ。あとは徒歩でロウジアを目指すことになる。

 マジかー。お尻の痛みにはなかなか慣れないとはいえ、馬車旅楽しかったんだけどなぁ。


「自分としては借り物の馬車を無傷で組合に返せてホッとしているっす。免許に瑕が付くと次からは借りにくくなっちゃうっすから」


 馬車組合ってのもあるのか。魔術師や魔闘士のギルドよりも多く国の各地に事務所が点在していて、相互に馬車を行き交わしているとか。バーミンちゃんは正式な組合員ではないけど御者免許を持っていて、稼ぎのいくらかを還元することで自前の馬や馬車を持つことなく辻馬車をやれているようだ。


 ふんふむ、つまりはタクシー会社みたいなものかな。

 こういうとこは私たちの世界とも変わらなくて面白い。


 ただそれよりも気になるのは、だ。


「徒歩ってめっちゃ大変じゃない? これまでとは一日の移動距離がぐっと落ちることになるよね」

「ロウジアまではもう割と近いんで大丈夫っすよ。それになんと言っても皆さんは勇者御一行様っすからね!」


 勇者五人にウサギの獣人一人のパーティだ。こちらの世界の基準においても常人よりもずっと健脚なのは間違いなく、移動でへばる心配はしなくていいとバーミンちゃんは言う。

 彼女としては移動そのものではなく、その途中で起こり得るトラブルのほうがずっと心配なようだった。


「何かこれまでにはなかった懸念があるんですか?」

「魔物っすよ。これまで通りと言えばそうなんすけど、危険度が違うっす。オークやオーガが出ることが確認されてる地帯を通ることになるっすからね」


「オークにオーガ、ですか。なるほど、それはゴブリンやスライムとは格が違って当然ですね」

「そうなの?」

「そうですよ。ハルコさんはご存知ないですか?」


 そりゃ私も聞き覚えくらいはあるし、雑魚敵代表みたいなゴブリンとかに比べたらもっと強そうだなとは思うけども。

 でもあんまりRPGとかファンタジー作品に馴染みのない立場からすると本当になんとなくでしかないんだよね。だからどれくらい魔物としての危なさが違うのかってのはちょっと想像がしづらい。


「オークはすっとろいっすけど体格が大きくて、ちょっとの傷ならすぐ治る再生能力を持ってるのが厄介っす。仕留めるには一撃で致命傷クラスの大きな怪我をさせるのが鉄則っすね。オーガはオークよりも体格が良くて、その割には動けるのが特徴っす。再生能力とかはないっすけど、パワフルだし、何より好戦的っす。どっちもかなり鍛えた術者や兵士でもないと一対一じゃ相手は難しいっす」

「うーむなるほど、そいつは手強そうだ」


 ぶっちゃけ私も一人じゃ勝てる気がしない。

 でもそれは素の実力での話。今の私はフルアーマー、糸以外の攻撃手段もあれば防御手段だってある。魔道具を惜しまず活用すればオークにもオーガにも勝てはするだろう。


 そうなると問題になるのは魔道具の魔力が尽きるまでという限定された継戦能力なんだけど……まあ皆と一緒にいるんだからそこも大した足枷にはならないか。単独行動とか取らないように気を付けてればいいだけなんだから。


 とにかく魔物との遭遇にはこれまで以上に気を付けよう、と全員で意識を共有してから、出発前に軽く食材の買い足しを行う。コマレちゃんが持ってる圧縮バッグのおかげで大体のものは荷物にならないので、持ち運びを考えて真剣に切り詰めたりする必要がないのはすごく楽だ。


「わ、なんかカラフルな水あめみたいなの売ってる。おやつ用に買ってもらおうかな……ね、シズキちゃんも一緒に頼んでくれない?」

「…………」

「おーい。シズキちゃん?」


 二回呼んで、ようやくハッとしてシズキちゃんはこっちを見た。うーん? 心ここにあらずって感じ。何か考え事をしていたようだ。


「どしたの、もしかしてオークとか聞いて怖くなった?」

「う、ううん……そうじゃなくて。あの、良かったら、なんですけど」


 おずおずと水を掬うみたいなお椀状の形で両手を出すシズキちゃん。そこにはちっちゃなショーちゃんが乗っている。ショーちゃんがどうかしたのか、とマジマジ見てみるも私には何もわからない。

 するとシズキちゃんは意を決したように。


「その。ショーちゃんの一部であるこの子を、持っていてほしいんです」

「持つ? 私がこの子を?」

「は、はい。ミニショーちゃん、です」


 あ、そのまんまなネーミング。なのはいいんだけど、ちょっと理解が追いつかない。


 ショーちゃんはシズキちゃんの命令だけを聞き届ける摩訶不思議生物……いや生物なのか無機物なのかすらも不明な、全てが謎だらけの存在だ。

 この世界には異能力ユニークと呼ばれる魔術とも違う力があって、中でもシズキちゃんの力は一際に異質。とバロッサさんが言っていた。まあ彼女自身もそんなに語れるほど異能力を見てきたわけじゃないようだけど、なんにせよ経験豊富なバロッサさんでもまともな知識を持っていないってだけでその特異さはよくわかるってもので。


 そんな力の一部(?)を私が持っていたところでなんにもならないんじゃなかろうか。


「い、いえ。この子には、ハルコさんを守るように命じてあります。危なくなったら守ってくれます……それに簡単な命令なら、ハルコさんの言うことも聞く……と思います」

「マジで? シズキちゃんってばそんなこともできるようになったの?」

「できる、気がして。まだ、たくさんは無理ですけど。ハルコさんに貸すためなら……ハルコさんのために、わたし」


 訥々と語るその様子に、私はなんだか感動してしまう。シズキちゃんがこんなに長く話すのも珍しいのに、その内容のいじらしさと言ったら。

 こんなかわいい子にこんなこと言われて喜ばなかったら嘘でしょ。

 もちろん、提案を断るわけもない。


「わかった! 魔道具と一緒にミニショーちゃんも身に付けさせてもらうね。えーっと、さっそくだけどミニちゃん。このバングルみたいな形になってくれる?」


 正直どういう風に命じればいいのかさっぱりでダメ元だったんだけど、ミニちゃんはちゃんと私の言葉に従ってくれた。しゅるりと身動きして反応したかと思えばシズキちゃんの手を飛び出し、勝手に私の左手首に巻き付いたのだ。


 うおすごい。確かに空いてる左手に嵌めようと思ってたけど、その思考を読んだってこと? それとも自動でそうしようってミニちゃん自身が判断したのか……あるいはこれは主人であるシズキちゃんが考えたってことなのか。


 やはり謎だらけなショーちゃんの生態だけど、なんにせよ私が使う分にも支障はなさそうだ。

 手首でじっとしていると黒みがかったシルバーアクセにしか見えないし、サイズ感も邪魔にならないくらいでちょうどいい。


「ありがとね、シズキちゃん。ミニちゃん大事にするよ」

「あ、えっと……その子よりも、自分を大事に……お願いします」

「たはー、これは一本取られました」


 おどけてみせればシズキちゃんはくすりと笑った。

 それから、水あめを圧縮バッグ内のおやつストックに加えるべく私たちはコマレちゃんに突撃したのだった。



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