37 フルアーマー
「うおおおおフル装備! フルアーマー私!」
両の中指に二種の指輪! 両手に手袋、右手首にバングル! 首にはネックレス、耳にはイヤリング! そして懐に忍ばせた変装丸薬!
最後のは果たして使う場面が来るのか不明だけど他は全て文句なしに便利アイテム。そんなものを五つも一人で装備している今の私はまさしく重装備人間と言っていいだろう。ちょっと贅沢すぎるぞこれは。
「って、なんか当たり前みたいに私が全部持つ感じになってるけど。三人ともそれでいいの?」
手袋とイヤリング、そしてアステリアリングはまあ、私が貰った物なので使ってくれと言われたらそうするのもやぶさかじゃあないんだけど。でも三つの純魔道具に関してはそれぞれコマレちゃん、カザリちゃん、ナゴミちゃんが使うと決めて譲ってもらった物である。
その割り振りについてもトーリスさんからいい判断だとお墨付きを頂いたっていうのに、それを無視して関係ない一人が丸ごと使うっていうのはなんていうかこう……めっちゃ私が強欲みたいになってないすかね。
「適材適所とも言われた。私たちにとってはこれが適当」
「ですね。組み合わせはコマレたちの術者としての性質とアイテムの効果が噛み合っているか否かで決めたものですし」
「そ~そ~。ハルっちはウチらが魔力を込めたアイテムを問題なく使えるんだから、いっそ全部使っちゃいなよ~」
「…………」
シズキちゃんもいつもより力強く頷いている。やはり私のことがかなり心配みたいだ。
実はモンドールを後にした晩、彼女だけが戦闘用の魔道具を持っていないことを気にして手袋かイヤリングのどちらかを渡そうとしたんだけど、どっちも私が使ってくれと断られたんだよね。
たぶんその時から、つまりゴブリン戦での実演を待たずしてシズキちゃんには薄っすらとわかってたんだろうな―……アイテムの補助がいるのは他ならぬ私だってことが。それも盛っり盛りの山盛りに。
「じゃあ、わかった。ありがたく使わせてもらうね」
これも皆の厚意だ。自分でも力不足なのは否定できないんだから変に突っぱねたりはしない。だけどフルアーマーにひとつ懸念を挙げるとするなら。
「こんなにたくさんのアイテムを使い切れるかっていうとあんま自信ないけどね」
手袋だけでも使いどころを選ばなきゃいけないのに、そういうアイテムが更に三つも加わるとなると戦いの最中に考えなきゃいけないことが増え過ぎて肝心の戦闘がおろそかになりはしないか? という不安もあるにはある。
ここに聴力強化のイヤリングも付け加えるなら、いっぺんに五つの魔道具を管理しなければならなくなる。正直それはかなり面倒だ。
自分で言うのもなんだけどマルチタスクにはまったく向かないからね、私って。
アステリアリングは魔力を消費せず、糸繰りで自動的に起動する純魔道具としても珍しいタイプだから使用にあたって余計な思考を介する必要がない。そういう意味では、用途は限定的ながらに一番使い勝手のいい魔道具だと言ってもいい。ゴブリン戦での所感からすると効果も悪くないしね。
「慣れるしかないでしょう。ハルコさんならすぐに使いこなせると思いますよ。ゴブリンとも冷静に戦ってましたし、機転も利かせていたじゃないですか」
投石や木を経由して縛ることでゴブリンを近づけさせなかったこと、倒す手段に首の骨を折るという方法を選んだことをコマレちゃんは褒めてくれる。
確かに術を一発放てばそれで魔物を倒せてしまう彼女からすると、私の戦法は弱いながらに工夫を凝らした巧者の戦い方に見えたかもしれない……傍から見てどうだったかはともかく、戦いながら私はけっこうわちゃわちゃしていたんだけどね。
「コマっちの言う通りだよ、ハルっち。習うより慣れろってよく言うでしょ? これから先にも魔物は出てくるんだから、実戦で慣らしていけばいいんだよ~」
「うーん……ま、そだね。まずはやってみてからだ」
コマレちゃんもナゴミちゃんも間違ったことは言ってない。とにもかくにも実戦で実践だ。
チャレンジ精神、これ大事。失敗したって道中の雑魚敵ならいくらでもリカバーできるんだからね。
試練のワイバーン戦で大失敗をしないよう、今の内にフルアーマーでの戦闘に慣れておかなくちゃ。
「話はまとまったっすか? なら、そろそろ鍋も煮えてきたんで食べようっす!」
「お、いいねぇ。メインの具材はなんだっけ?」
「今朝に街で買ったタバランっす!」
「タバラン?」
「ここらでポピュラーな川魚っすよ。身がしっかりしていて臭みもない、どんな料理にも持ってこいの食材っす」
バーミンちゃんはなんでも屋の名に恥じず料理もできるみたいで、この鍋だってパパっと用意してくれた。キャンプにいてくれると非常に助かる人材だ。
勇者一行は誰も料理のりょの字も知らないことが判明しているだけに、余計にね。
「美味い! めっちゃ美味いよバーミンちゃん! 出汁もよく出てる!」
「ホントっすか! いやー、自分なんかの料理で勇者が喜んでくれてると思うとこそばゆいっすね」
「何を言ってんのさ、バーミンちゃんは最高の案内人だよ。ねっ、皆」
「はい。同性同年代で接しやすいのがコマレとしては助かってます」
「魔物の接近を取りこぼさないのも、助かる」
「身の回りのことやってくれるしね~。バーミンちゃんのいない旅はちょっと考えられないくらいだよ~」
「……わ、わたしも、そう思います」
話を振れば、みんな揃って肯定してくれる。特にシズキちゃんがはっきりと声を発して自分の意見を言ったのはレアで、そんな褒められ方をしたバーミンちゃんは見るからに照れていた。顔が真っ赤に見えるのは火に照らされていることだけが原因ではないはずだ。
「ご、ごちそうさまっす! 自分は馬にエサをやってくるんで皆さんはどーぞごゆっくりっす!」
あ、行っちゃった。めっちゃ早口だしめっちゃ足早だった。やっぱ照れてるんだな。明るい子だけど称賛されるのには弱いタイプ?
私は残り少ない皿の中身を一気に空にして立ち上がる。
「ごちそうさん! ちょっとバーミンちゃん手伝ってくるね」
ふたつあるテントの中間で休ませている二頭の馬。エサをもしゃもしゃ食べている彼ら(二頭ともオスだ)にバーミンちゃんはブラッシングをしてあげようとしているところだった。
「このブラシ借りていい? こっちの子は私がやるからさ」
「ハルコさん。そんな、いいんすよ気を遣ってくれなくても。馬の世話だって自分の仕事なんすから」
「いや、ただやってみたいだけだよ。ブラシのかけ方のアドバイスちょうだいな」
「……あは。そんじゃ一緒にやるっすか」
最初はコツがわからず馬くんもじれったそうに身じろぎしていたけど、バーミンちゃんから手解きを受ける内に私にも馬の体に合ったブラシの沿わせ方っていうのがなんとなく掴めてきた。
おーおー、気持ちよさそうにしとるわ。一日中私たちを運んでくれている重労働へのお礼だ、遠慮なく受け取ってくれたまえ。
「楽しいっす。試練の旅に同行しておいてこんなこと思うのはよくないかもっすけど、皆さんといるのがホントに楽しいんすよね」
馬を撫でながらぼそりと呟くバーミンちゃん。
聞けば孤児院では手伝いを除けば働き口を見つけるための勉強ばかりしていて、卒院してからはこうしてなんでも屋を生業に一人で生きてきて。友達と普通に遊ぶっていう経験をしてこなかったらしい。
だから、私たちをつい友人のように思ってしまうのだと彼女は申し訳なさそうに言った。
「別にいいっしょ、楽しんだって」
「え、でも」
「何も試練の旅だからってバーミンちゃんが常に肩肘張ってなきゃいけないわけでもあるまいしさ。もっと気楽にやろうぜ! 私たちだってバーミンちゃんが楽しそうなほうがやる気出るしね」
そう言って肩を叩けばバーミンちゃんは少しだけポカンとした顔をしてから、大きな声で笑った。うんうん、この子にはこの底抜けに明るい笑顔がよく似合っている。




