345 曰く神力とは
いやービックリしたよね。予想した時間よりも早くミニ女神を倒したと褒められもしたし、もう試練を課す必要はない的なことも言われたからてっきりこのまま現実世界へ帰してくれるのかと思いきや、戦闘での実践訓練とはまた別に女神本人からのレクチャーが待っているとは。しかもようやく体を起こせるくらいにはなったかっていうタイミングで容赦なくそれが始まったものだから二重の意味で驚かされたよね。帰してくんないんだったらもっと休ませてほしいんですけど?
なんて文句を言ったところで女神相手には暖簾に腕押し、なんの効果もなくてただ時間と体力を無駄にするだけだってのはとうにわかっている。ので、私たちは重い足取りで言われた通りに女神の前で整列し、集会で校長先生の話を聞く生徒の如くに拝聴の姿勢を取った。
曰く神力とは、私たちが扱う魔力とはまったく別物である。と最初に女神はそう言った。そりゃ名前が違うんだから違うものでしょ、と私は思ったけど再び女神の手に光が宿り、それに呼応するように自らの内側にもそれと同じもの(と言うには量も質も異なり過ぎてはいるけれど)があることが鮮明に感じられたことで、彼女が何を言わんとしているのかは自然と理解できた。
うん、こりゃ確かに魔力とはまったく別物だ。神力とはそこにあるか否か。そして格がどの程度か。そのふたつが全てであり、扱いに関してはものすごくコンパクト。魔力のように練り上げたり体に合わせて操作したりっていう概念がほぼ存在しないと、直感的に理解させられた。
や、少なからずそういう要素もありはする。神力を集わせたり質を引き上げるための工夫もありはする──けれどそれは魔力のそれほど融通が利くものではない。こういう言い方をするとまるで神力が魔力に劣っているようにも聞こえるかもしれないが、そうじゃない。
練ったり操ったり纏ったり放ったり。わざわざ意識して形式に沿ってそういうことをしないとその通りに動いてくれない魔力とは違って神力はあるがままなんだ。それを宿している器、つまりは私たちと限りなく一体で、一個で、分かちがたいもの。それでいて神力そのものがこの身とは別に確立されたものであるために、神力を扱うことはちょっと人には難しい。
仮に灰になることなく人のままで女神から神力を授けられたとしてもそのマニュアルを理解するのは人の視点、人の思考ではまず間違いなく無理だ。こうして灰になって、「なんとなく」が冴え渡り、女神の思考法にも少なからず影響を受けている今の私でようやく神力の一端に触れるのが精一杯。その本質を掴むにはまだまだ遠いとも理解しているために、やはり存在の格とやらが上がらないことには──「灰への昇格」を行なわないことには神力を扱えはしないんだろう。
とにかく、魔力みたいに操ろうとして操るものではなく、されど魔力以上に制御する必要のある力だ。ということを、頭というより体で覚えた。言葉で説明しようとすればかなり難儀するであろうこの概念的な理解を、少し手を翳しただけで私たちにさせてしまえるんだから管理者と灰の繋がりは便利だ。ただ、そうやって教えられたからといってすぐに神力の扱いまで覚えられるってことはなく。
ミニ女神との戦闘ではできていなかった──あくまで兆しだけだ、掴めたのは──神力をちゃんと神力として利用する。女神のように幅広く神としての能力を振り撒くのは無理でもこと戦いにおいてはすぐにそれができるようになってもおかしくない、だからこのレクチャーによって是非ともそうなってほしい。とまあ、女神の言うことを要約すればそういう趣旨のようだった。
そして、先の戦闘訓練ほどではなくとも慣れない神力に慣れようと奮闘すると少なからずに気力・体力を持っていかれるはずだが、それを回復させることはもうないとも言われた。戦闘訓練では神力を持っていること、つまり「灰になった」という事実をしっかりと、強引にでも認識させる。それを目的とした荒療治を完遂させるために都度に回復させていたが(私も変わったことはわかってもその具体性を一切把握できていなかったからにはこれは正しい処置だったと言えるだろう)、いざその次の段階である「神力の扱い方」の習得にはむしろそういったサポートが邪魔になるとのことで……要は消耗が嵩んでいくぶん、戦闘訓練ほど激しくはなくとも戦闘訓練よりもずっと大変な作業になると告げられたようなものだった。
うへえ、と思ったね。実際に口にも出した。だって何度も言うけど私たちは激闘明けで、今の時点でもうくたくたのへとへとなのだ。この状態からキツいものになると女神お墨付きの神力講義&実技が始まるとなるとうへえのひとつやふたつも出るってものだった。そんな私に女神はすっと視線をくれて、何か注意やら嫌味やらを言われるかと思えばその逆。「はるこが最も進んでいますね、流石です」とお褒めの言葉を頂戴した。
えっ、どゆこと? と呆気に取られながら訊ねる私に直接答えようとせず、全員によく見えるよう女神は指を一本立てた。そしてその指先が淡く光る。祝福の光ともまた違う、優しいというより弱々しい光量。だけどそこには確かな力が感じられて、これもまた神力の輝きなんだってことがよくわかる。弱くは思えてもきっとあの指でとんと軽く突かれるだけでも体に大きな穴ができるに違いない。と、威力にばかり目を向けていた私の着眼点は間違いだったらしく。
見えますか、と女神は問いかけてきた。あるいは感じているか、とも。その意味が最初はよくわからなかったが、これも女神と灰の、そして灰と灰の持つ繋がり故か、すぐに察した。皆には「見えていない」。弱くたって確実にそこで輝いているこの淡い光が目に映っていないのだ。それを見ている──否、視ているのは私だけだった。
コマレちゃんとカザリちゃんは見えてはいないが感じることができている。目にこそ映っていなくともそこにある力の圧は感知できていて、そしてナゴミちゃんとシズキちゃんは見えもせず感じてもいない。単に女神が人差し指を立てているだけとしか思えていないようだった。この差が何によるものかと言えば、灰への馴染み方が個々人によって異なるせいだと女神が語った。
それは性格や体質、あるいは得意不得意からでも千差万別に変わってくるもの。女神をしてもどの人物・どの生物が神力との相性がいいかなんてのは神力を与えてみるまでわからないことなんだそうだ。コマレちゃんとカザリちゃんは生来、違和感には敏感な性質であり、その上で先の戦闘訓練では無意識に魔術へ神力を付与するという女神が求める「灰らしい戦い方」が不完全とはいえできていた。それによって己が持つ、そして他者が持つ神力にもより鋭敏な感覚を持てたのだろう──その反対に、大らかな上に自前の身体能力と魔力強化だけでミニ女神にもついてけていたナゴミちゃんと、ショーちゃんの圧倒的な対応力でなんとかしていたシズキちゃんは二人の習熟度(?)に一歩後れを取る結果になったのだろう、というのが女神の推測だった。
まあ、結局は推測だ。ひょっとすれば今言ったこれらはまるで関係がなく、ただ素質によって前後しているだけかもしれない。とも女神は付け足した。嘘を言わず虚偽で騙さない彼女らしい注釈の付け方だったが、けれどただひとつ「私に関して」だけは確信を持っている口振りだった。
最初に達するのは私だと女神は断言したのだ。




