342 ミニ女神
どうもみなさまごきげんよう。私です、ハルコです。
私は今、息も荒くへたり込んでいるところです。
女神(の分身)との戦いは、それはもうとんでもない激戦になった。女神が持つ神力とやらの千分の一しか持たない超ミニサイズの女神だとは言っても、神のパワーは神のパワー。そのしもべでしかない灰とはやはり格が違うということか、初めの内は手も足も出ずにやられたい放題だった。
五人で協力してこれなんだから勝ち目なんて一切ない──とは言い切れなかった。何せ私たちがそうも劣勢なのは単純な実力差だけじゃなく、「灰への昇格」によって変わった肉体に自分でついていけなくなっていたってのもあるからだ。最初は何も気付けなかったけど戦っている内に段々とそれがわかってきた。とにかくまずはミニ女神を倒そうとするんじゃなく倒されないために現在の自分と向き合うこと。それの扱い方を知ることが最優先だと理解してからは少しだけ戦局もマシになった。
でも本当にほんの少しであって、己との対話だってそう簡単に進んだり済んだりもしない。微かに新しい戦い方も見えてきた感覚があったとしてもそれをすぐ完璧に実行できるわけもなく、結局はミニ女神にボコボコにされ続けたんだけど。でもこれも女神の神パワーなのか──少なくともまだぜんぜん扱えていない灰パワーのおかげじゃないってことだけはハッキリとしている──どれだけやられようが怪我をしようが立ちどころに回復して体調は元通りになる。そのおかげで敗北だけはせずに戦い続けることができた。や、できたっていうかさせられたって感じだけども。
私たちは粘り続けて少しずつ、ちょっとずつ戦い方を学んでいった。新しい自分の受け入れが進んでいったと、女神風に言えばそういうことになるだろう。実践あるのみとは正しかったようで、戦いの苛烈さの中で求められる性急さは否も応もなく私たちの急激な成長を促した。変化こそ劇的じゃないが、それに伴う私たちの変化のための変化は劇的だった──そして体感で何十時間、あるいは何百時間と戦った先でようやく私たちはひとつの兆しを迎えることができた。
ミニ女神に反撃が通るようになった。私たちに合わせてか中学生くらいの幼い見た目のミニ女神の、その見かけからは信じられないほどにパワフルな殴打。余波だけで私たちをまとめて薙ぎ払っていたそれに耐えられるようになった上でカウンターまで入れられるようになったのだ。
これには私たちも、さんざっぱら殴られてボロボロにされた上でのやり返しってことで大層に喜んだものだけど。しかし五人それぞれが一発ずつミニ女神に入れたところでその様相が変わった。明らかに強さの段階が上がったのだ。
マジで絶望だったね。やっとこさ五人がかりで光明が見え始めたかってところで簡単に引っ繰り返されたんだから。耐えられるようになっていた女神パンチにもまた物理的に引っ繰り返されたし。まだ全開じゃなかった、そして今も全開なのかわからない。そういう心の折れそうな状況に置かれた私たちだけど、もちろん心折れてなんていられない。だってミニ女神を倒さないことにはこの戦いの終わりがやってこない。いつまでも、延々と。永遠と真っ白空間に閉じ込められたままボコボコにされ続けることになるんだからどれだけ絶望的だろうと奮起して頑張る以外にはなかった。
というわけで頑張りましたとも。それはもう頑張ったよ私たちは。最後のほうなんて何がどうなっていたのかもう意識も記憶も怪しいくらいだったけど、とにもかくにも死に物狂いで頑張っていた。何度倒されようがゲボと血反吐を吐き散らかされようがすぐに起き上がって立ち向かっていった。それは、一人寝転んだままでいるだけで他の四人にかかる負担が半端じゃなく跳ね上がるからだ。ちょっと休む、なんてことはしていられない。いくら傷が治ろうが体力が戻ろうが精神的な負荷は積み重なったままで元通りになったりはしない、けれど、その負荷を撥ね退けて仲間のため、友のため、友を見捨てない自分でいるために私は立ち上がることをやめなかった。誰一人だって立ち向かうことから逃げなかった──その結果。
一斉に仕掛けては蹴散らされて、また一斉に仕掛けては蹴散らされて。終わりの見えない酷い戦いを繰り返し繰り返し、やがて繰り返しているということにさえまるで意識が向かなくなるくらいに戦闘だけの頭に成り代わった頃に、二度目の兆しが私たちに起こった。
後に女神が語ったこと曰くに、それでもまだまだ灰らしい灰には届いていないそうだが、けれど激闘の最中にいる私たちにとってその兆しは一度目のそれとは比較にもならないほど激しく目まぐるしかった。言わば覚醒だった。
いま初めて目が開いたのだと──蒙が啓いたのだと、そう思った。するりとそう信じられた。そして私たちの段階も引き上がった。一段上か二段上か。女神のスケールからすれば小さな段差に過ぎないだろうけど上ったことでの見え方の違いは凄まじかった。明瞭に過ぎたし、克明とし過ぎていた。その過剰な行き届き方、澄み渡る五感に感動よりも困惑のほうが勝ったくらいだ。
過集中。数多の物と魔力を取り込んできたこの肉体が自ずと習得した、手に入れた力を使いこなすための研ぎ澄まされた精神状態。私のこれまでの戦いを大いに手助けしてくれたそれのもっとすごいバージョン。あるいはもっと深いバージョンに、私たちは成った。成り上がった。新しい領域へと踏み入ったのだと、共に瞬間的にそう理解した。
理解したからには戦い方も変わる。がむしゃらでしかなかった攻撃にも防御にも少しばかりの工夫を持ち込める余地が生まれていた。単に五人がかりではなく組む相手を変えつつのコンビネーションで常に攻め続けられるようになった。一人一人の水準が上がったことで連携の強みが何倍にもなったんだ。そのおかげでまた盛り返すことができた。私たちはそのときようやく勝負の土俵に立てた。
そうだ、そこからが勝負の始まりだった。ミニ女神はそれでも強かった。先のような出力の跳ね上がりはもう起きなかったけど、動きの鋭さと先読みのような勘の良さがさらに増した。ちょっとばかし耐久力の上がった私たちだけど、そのせいでしっかりとぶん殴られるようになって感じる痛みはむしろ強烈になっていた。だけど余波だけで殴られた当人だけでなく周りまで吹き飛ばされるようなことはもうなくて、それは戦う上での大きな一歩だった。大事な前進だった。
踏ん張って耐える。痛かろうが挫けない。苦しかろうがへこたれない。やっぱり私は単純な意地で対抗したんだけど、このときばかりは皆の原動力もそれひとつだったろう。小難しいことを考える余裕なんて皆無だったんだから、ひたすらに挑む以外にやれることもやるべきこともない状態なんだから思うこともひとつ。想いは全員でひとつだったはずだ。
戦って戦って戦った先で道を切り拓いたのはナゴミちゃんだった。
ナゴミちゃんは無謀とも言える組み付き方で打撃を貰いながらもミニ女神の右腕を封じたのだ。その意図を察していた私も追撃のために動こうとしている左腕のパンチを自ら飛び込んで受けにいきながら、なんとか掴み防ぐ。ダメージはしっかりあってまたしても盛大に吐血した。が、私はそれをミニ女神の顔面へとぶっかけてやった。幼さを残しつつも端正極まりないその顔が鮮血の赤に彩られる。狙った通り両目にもしっかりと覆い被さる。視力を奪った。そして私たちは。




