33 すぐに満タンにしてさしあげますよ
「外見だけじゃなくて中身も半分? って、どゆこと?」
「なんて言えばいいんすかねー。獣人の持つ気質? 意識? 的なものだったり、あとは単純に肉体的な強さもっすね。自分みたいな半獣人はそういうのが薄いんすよ」
それを聞いて、カザリちゃんが訊ねる。
「森人の場合は人間と混ざると寿命が長くなる……つまりはエルフらしい特徴がより強まると聞いた。獣人はそうじゃないということ?」
「あー、エルフだとそうらしいっすねぇ。そうっす、獣人のハーフと森人のハーフは同じとは言えないっす。自分からしたら血が混ざってなんで元の性質が強調されるのか意味わかんないっすね。ちなみに、堀人のハーフはドワーフそのまんまみたいっすよ」
「へー」
人間はどの人種とも混ざれる、とトーリスさんは言っていたけど、必ずしもその混ざり方は一律じゃあないっぽい?
エルフはらしさが増し、ドワーフは据え置き、獣人は半減? となったら獣人だけは人間と密になればなるほど血が薄まっていくばかりで、やがて特徴なんて何もなくなっちゃうんじゃなかろうか。
「それが影響してるのかどうか、獣人は群れとか縄張りの意識が他の人種より強めというか頑固めというか。国として人員を連合国へ送っているエルフやドワーフと違ってそういうことしてないんすよね。そこは正直どうかと思うっす」
これまた「へー」だ。連合国の内部にはエルフタウン、ドワーフタウンと呼ばれる町があるそうで、大半のエルフとドワーフはそれぞれそこに集まって生活しているらしい。
逆に獣人なのに連合国に渡ってきているのは獣人の中でも変わり者……縄張り意識に薄い人や、魔王期への危機感が強い人しかいないので、一個の町を作り上げるようなことをせず人の社会の中に散らばっている。さっきからちらちら見かける獣人はつまりそういう人たちってことだ。
「協力的だからエルフやドワーフは人間の街ではあまり見かけないで、協力的じゃないから獣人は人間の街でもよく見かける、ってことかぁ。なんか面白いね」
「あはは、確かに普通に考えたら逆っぽいっすもんね。でも安心してほしいっす。協力的じゃないと言っても獣人国だって魔族が第三大陸を越えて攻めてくるのは嫌っすからね。連合国からの要請があればいつでも獣人部隊を貸し出すと表明してるっす。強いらしいっすよー、本国で鍛えられた純獣人は」
獣人がそもそも生まれながらの魔闘士の種族なんだとか。連合国で例えるなら国民全員が選兵団みたいなもの。そのぶん魔術師タイプは極端に数が少ない、というかバーミンちゃんは出会ったことがないそうだが、そこもエルフの反対ということだろうか。エルフには逆に魔闘士タイプがほとんどいないらしい。
「お告げがあった時点で要請されてるはずなんで、もう来てたりするんじゃないっすかね。や、行ったことないんで獣人国との距離間とか移動時間とか知らないっすけど」
もう獣人のお助け部隊が駆けつけている可能性もある、と。そういう話を聞くと本当に戦いが始まろうとしているんだなって思う。思うけど……なんかその割には王都も、このモンドールも、みなさん普通にしてらっしゃるな。もっとヒリヒリしてそうなものだけど、意外とそんなことはないんだよね。
「あれ? そういや勇者が魔族に襲われたって話は──」
「しーっ! それ言っちゃダメっすよ、国王様が発表するタイミングまで待たないとっす」
バーミンちゃんは案内人に選ばれたから事情もある程度は耳にしているが、国に仕えているわけでもない一般市民には魔族が既に第三大陸内で確認されたことは伏せられている。その理由は余計な混乱を生まないため。だから魔王期でもまだ日常は日常のまま、のようだ。
もちろん、とっくに全員が「被害の覚悟」を済ませているからというのもあるんだろうけど。
「魔王が力を取り戻すまでの『百日の猶予』……そんなもの知ったことかとばかりにこれまでにない早さで魔族が動いているのは不気味っちゃ不気味っすけど、それでおおわらわじゃやってけないっす。どうせ遠からず例の魔族に関しての発表はされると思うっすけど、それまではシークレットっすよハルコさん」
街中でしちゃダメな話題を出しちゃったらしい。
きょろきょろと聞き耳を立てられてなかったかとバーミンちゃんは周囲を窺うが、今の私たちは目立つ制服姿でもないしバロッサさんやゴドリスさんみたいな顔の広い人を連れ歩いているわけでもなく、注目されていない。
誰も特に反応らしい反応を見せていないのを確認して、バーミンちゃんは大きく息を吐いた。
「なんかごめん」
「いや、いいんすよ。自分らの常識とか理屈なんて勇者さんには通じなくて当然なんすから、そういうとこももっと気を配らないといけなかったっす」
「えー? そこまでバーミンちゃんがする?」
「案内人っすからね!」
ぐっとサムズアップするバーミンちゃんからは任された役目に対する気合ってものがヒシヒシと感じられた。うーん、眩しいくらいにやる気充分。これは頼もしいね。
「それはそれとして。ハルコは思ったことを口に出し過ぎ。考えてから喋るようにすべき」
「あのねぇカザリちゃん。それができたら私は学校でだって問題児扱いされたりしてないんだよ」
「なんで偉そうなの」
「にゃは。ハルっちはそれでこそハルっちだけどね~」
「でしょ? さすがナゴミちゃんはわかってんね」
「甘やかさないで、ナゴミ。すぐつけあがるんだから」
やれやれ、この扱いだよ。カザリちゃんとコマレちゃんはちょっと私に厳しすぎやしないかな。シズキちゃんまでくすくす笑って否定してくれないし。拗ねちゃおうかな。
そんなこんなで街ブラを楽しんだ私たちはほどほどのところで切り上げて魔術師ギルドの本部へと戻った。離れていたのはざっと三時間くらいかな? トーリスさんの要望通りのスケジュールで動いたけど、はてさてアイテムの補修やコマレちゃんのお勉強は終わったのかしら。
「ばっちりです。どの魔道具も魔石が空になったらコマレにお任せください、すぐに満タンにしてさしあげますよ」
「おお」
胸を張って宣言するコマレちゃん。いつも以上に活き活きしたその姿には思わず私も感嘆の声が漏れる。
これは、相当に充実した時間を過ごしたと見えるぞ。
「大したものだよ。彼女の学習速度は術者のセオリーを覆す。私にとっても良い時間だった」
トーリスさんも大変満足そうにしている。教える側としても何か学べることがあったのかな? それにしてもセオリーを覆すとはなかなかすごい褒め言葉だ。けど、当のコマレちゃんは恐縮したように。
「無理を言って申し訳ありませんでした。改めてコマレの我儘に付き合っていただいたことを感謝します」
「礼は不要と言ったはずだが、律義なことだ。その感謝を受け取ろう──そして魔術師ギルドが今後も勇者への協力を惜しまないことを改めて誓おう」
「では、その礼には勇者に課せられた義務を果たすことで応えたいと思います」
「武勇によって、か。ああ、期待しているよ」
な、なんだかえらく信頼関係が出来上がっていらっしゃる。
この三時間弱でどれだけ濃密な時間を過ごしたっていうんだ。
ちょっとばかし怪しい雰囲気を感じつつも、しっかりと改造された手袋とイヤリングを受け取って私たちはギルドを後にした。
いやホント、コマレちゃん? 恋人ができてパーティを途中離脱とかそういうのは勘弁してよ?




