31 アステリアの指輪
「え、これですか?」
さすが、トーリスさんともなるとちらっと見ただけで魔道具かただの指輪か判別がつくんだな。
なんて思いながらよく見えるようにと手を出してみれば、流れるような所作で彼は私の手を取ってマジマジと指輪を眺め出した。うわびっくりした、構図が構図だけにいきなりキスでもされるのかと思った。
「うん、間違いなくこれは──アステリア女史が制作した純魔道具。上級職人のそれにも劣らない一級品だ。私の記憶が確かなら現在は彼女の最後の弟子であるバロッサ・フラグメが管理していたはず。何故君がこれを?」
「あっと、そのバロッサさんから貰ったんです」
質問に答えるために私はバロッサさんとの出会いから、昨日の別れの場面までをざっくりと語った。本当にざっくりとだけどね。それを聞いて彼は「ほう」と驚いたように。
「そうか、あの子も女神のお告げを……それも勇者の指南役に選ばれるとは。アステリア女史も喜んでいるだろうな」
「あれ、トーリスさんはバロッサさんが指南役だって知らなかったんですか?」
同じお告げ仲間でもルーキン王は私たちが王都を訪れる前からとっくに知っていたみたいだけど。
「決まりがあってね。原則としてお告げを受けた者を知るのは国王陛下ただ一人だけなんだ。私がバロッサくんがそうであると知らぬように、バロッサくんにも私がそうだとは知らされていないはずだ。まあ、魔術師ギルドの長はどの時代においても女神より役割を与えられているものだから、そういう意味では国民全員が知り得ているが」
へえ、ルーキン王だけが誰が女神に選ばれたかを把握しとくのか。ということは、お告げを受けた人はそれをすぐに報告する義務があるってことでもあるよね。
バロッサさんもちゃんと自分が指南役になったと知らせて、あのログハウスでしばらく修行をつけさせるとルーキン王へ事前にスケジュールを伝えていたってわけか……意外と用意周到だった。私たちの視点からすると好きにやってるようにしか見えなかったけど、やっぱりちゃんとしたお人だねバロッサさんは。
「あの~。そのアステリアって人がバロッサさんの言っていた『お師匠』さん、なんですよねー? トーリスさんとはどんな関係が?」
あ、それ私も気になってた。ナイス質問だぜナゴミちゃん。
「彼女は私にとって……そう、先輩だ。私がギルドに所属する切っ掛けが他ならぬアステリア女史だった。随分と色んなことを教わったよ。だから、先輩というより姉のような存在だったと言うべきかもしれない。少なくとも彼女は私を弟分として扱っていたように思う」
さっき教えてもらった通り、エルフと人間の生きる時間はだいぶ違う。トーリスさんはアステリアさんよりも年上ではあるが、ギルドへ勧誘された当時の彼は人間の基準に換算すれば幼年にあたる年頃であり、また彼にとって未知であった人の社会について多くを学んだのもアステリアさんからで……となれば実年齢なんか問題にならず、姉弟の力関係に落ち着くのも納得だった。
その頃を思い出してか、ふっと彼はこれまでとは雰囲気の異なる微笑を浮かべて言った。
「懐かしいな。その指輪を身に着けた君を見ていると在りし日の彼女を前にしているようだ。君も糸繰りを?」
「はい、使います。バロッサさんにこれが向いてるって言われたんで」
「そうか……ならば少し時間をくれるかな。その手袋をうちで改良しよう」
「え、これですか」
ポケットに突っ込んだ手袋をもう一度取り出すと、やはりトーリスさんは自然な所作でそれを受け取った。
改良って、いったい何をどうするんだろう。
「魔石の結合が甘いので取り換えつつそこを補修するのと、指抜型に作り変える作業がしたい。指先が覆われていては糸繰りの精度が落ちてしまうからね」
ついでに耳飾りも補修しよう、と当然のように催促されたので私は有無を言う間もなくその手にイヤリングを乗せるしかなかった。
「……ん、こちらの魔石は取り換え不可だな。磨きだけかけておくとしよう」
「えーっと。めっちゃありがたいですけど、いいんですか? そこまで甘えちゃって」
「甘えるも何も、勇者への協力は私の義務だ。お告げの内容からはやや逸脱しているが……何、これくらいのサービスならば慈母の女神からのお咎めもないだろう」
「お咎め、ですか。お告げで言い渡された領分を過ぎると、何かしら罰があるのですか?」
げ、あの女神そんなことすんの? どんだけ性格悪いんだ……と思いきや、トーリスさんは軽く肩をすくめて。
「そうまことしやかに囁かれてはいるが、実例は目にも耳にもしたことがない。何もかもを勇者任せにしてはいけないという先人たちの戒めが生んだ決まり事なのだろう」
実際、彼の夢の中に出てきた例によって声だけの女神は、罰云々なんて一言も口にしなかったそうだ。
バロッサさんも聞かされたのは何をすべきかという一点だけのようだったし、だったら本当に天罰なんてものはないのかもな。
そんなものほいほい人に下してるようじゃさすがに慈母の女神なんて呼ばれないだろうし……や、私としてはそうでなくとも呼んでほしくないけどね。そんな善意の極みみたいな通称は似合わな過ぎる。
いくら世界を守ってきた神様っていっても呼び方はふつーに女神さまでいいでしょ。あるいは女神さんくらいでもいい。最低でも「慈母の」はいらない、絶対に。
「さて。補修にはそれなりに時間を要する。その間ここに君たちを閉じ込めておくのも忍びない、観光がてら散策でもしてくるといい。モンドールは良い街だよ。希望するならうちの職員を案内につけるが?」
流れでお願いしますと言いそうになったけど、そういえば案内人にはバーミンちゃんがもういるんだった。この街にも何度か来たことがあると言っていたし、別に職員さんの仕事を増やす必要もないだろう。
丁重にお断りし、それじゃあギルドを出ようか……ってところで、挙手。コマレちゃんだ。
「どうしたんだい?」
「厚かましいお願いになりますが……補修の間に魔石へ魔力を補充する技術を、コマレに教えてほしいのです」
ふむ、とその申し出にトーリスさんは興味深そうにした。
「補充は特殊な技能だ、魔術師や魔闘士ならば誰でもできるというものではない。魔石型の魔道具を重用するなら補充の伝手は必須。魔術師ギルドのある街を巡るのであれば問題にならないが……」
「場所によっては長らくギルドへ立ち寄れない期間も出てくるでしょう。その時に備えて、自分の手でできるようになっておきたいと思いました」
「だろうね、旅をするならそれが一番だ。ただし、言ったように補充には一般的な魔術のそれとはまた異なった独特の技術と、センスが要る。補修が終わるまでのたかだか数時間程度でそれを学び終えられると?」
「自信は、あります。コマレが女神から頂いたのは魔術師としての才能そのもの。なら補充だって教えてもらえれば覚えられるはずです。教師の人選さえ間違えなければ、ですが……ですので、他ならぬあなたに頼みたいのです。魔術師ギルドの長であるトーリスさん以上の適任は思いつきません」
「ふふ。その意気や良し、といったところか。勇者の一人にそうも高く見積もってもらえたからには、私も不肖の様は見せられないな」
「! それじゃあ」
「教師役、しかと引き受けた。魔術塾を開いていたバロッサくんのようにはいかないが、補充や魔道具の扱いに関しては彼女よりも詳しく教えてあげられるだろう」
「あ、ありがとうございます!」
ということで、嬉しそうにしているコマレちゃんを置いて私たちはロビーの一角で暇をしていたバーミンちゃんを回収してギルドを後にした。
と言っても、ぶらっとしてからすぐに戻って来るわけだが……たったそれだけの時間で本当に魔力の補充をマスターできるんだろうか? トーリスさんの言いぶりだとかなり難しそうだけど。
コマレちゃんのためにもあまり過度な期待はしないでおこっと。




