28 魔術師ギルド本部
「うっ、さすがに半日も揺られてると腰が……」
「ごめんなさいっすハルコさん。ちょっと無理してでも今日中にここまで辿り着きたかったんすよー」
「ここはなんていう街なんですか?」
「モンドール。魔術師ギルドの本部がある街っす!」
魔術師ギルド。コマレちゃんやカザリちゃんみたいな魔術師タイプの人たちの寄合ってことだね。
王都にも支部があってちらっとだけ立ち寄ったけど、ここにその本部があるのか……なんで国の中心のほうに支部なんだろう? どうせなら王都にこそ本部を置けば良かったのに。
「ハルコさんたちには勇者としてギルド本部へ顔を出してもらうっす。けど、もう夜なんでそれは明日っすね。今日は宿で休むっす!」
モンドールは王都ほどじゃないけどそれなりに大きな街で、でも民宿なんかの「ついでにやってる宿」を除けばちゃんとした宿屋はたったひとつしかないようだった。前にも来たことがあるのかバーミンちゃんは迷うことなく街路を行き、すぐにその宿に辿り着いた。
「じゃあ自分は馬たちを厩に停めてくるっす。あ、宿泊の手続きとかはルーキン王の手配で終わってるはずなんでまた例の印書を見せれば一発っすよ」
やー馬宿が併設してあると快適で助かるっす、なんて言いながら宿場の裏手へ回っていくバーミンちゃんは、私たちと同じ部屋に泊まる気はないらしい。
どうも私たちには宿で一番いい部屋が宛がわれるみたいで、なのにバーミンちゃんだけが一般室なのはちょっと申し訳なくも感じる……んだけど、本人は「タダで泊まれるだけ充分っす」ときっぱり言い切った。
勇者と同じ待遇を受けるのは気が引けるどころの話じゃないとかなんとか? よくわからない感覚だ。私だったら役得として大いに贅沢しちゃうけどね。
「あの、すみません。これを……」
「お待ちしておりました、勇者様方。部屋の用意はできております」
思いの外に立派な雰囲気の宿屋に似つかわしく、スタッフの対応もスマートだった。街の入口でも見せたルーキン王が持たせてくれた印書とやらをコマレちゃんが見せれば、その一分後にはもう私たちは上等客室だという部屋に通されていた。
「お食事の用意もございますが、いかがなさいますか?」
「食べます食べます」
「畏まりました。すぐにお持ちいたしますね」
いつもの夕飯時間より遅いし、お昼には馬車の中でも食べられる簡単な食事しか取っていないからお腹がペコペコだ。この宿の雰囲気だと食堂とかもありそうだけど、私たち用のご飯はこの部屋に直接運ばれてくるようだ。
なんかあれだね、そういうとこもスイートルームっぽいよね。よく知らないけど。
「バスルームも広い! こりゃ天国だね」
王宮の豪華さというか、何から何までデカいあの感じとかは正直、私が落ち着ける許容範囲を超えていた。これくらいの贅沢加減がちょうどいい塩梅だなぁ。
「上下水道のインフラは街であれば大小関係なく整えてあるとのことでしたから、野宿以外ではロウジアに辿り着くまでに飲み水やお風呂に困ることはなさそうですね」
嬉しそうに言うコマレちゃんに大いに賛同する。なんでも綺麗にできる魔道具もあるんで最悪お風呂に入らずとも清潔さは保てるんだけど、やっぱり入れるものなら入りたいからね。単純に汚れを落とすだけじゃなくて、お風呂には疲れを取る効果だってあるわけなんだし。
「下水道だけじゃなく上水道まで通ってるなんてすごいよね~」
「街並みは中世っぽいのにそういうことは現代クラスなんて、どういう発展の仕方してきたんだろーね」
「大陸全体が豊かな水場に恵まれていることも関係ありそうですが、何より生活に魔術の活用が根付いている世界ですからね。全体的な文明レベルの発展に比して暮らしの向上が早いのは道理と言えば道理なのかもしれません」
「魔石と魔道具があれば基本、なんでもできるならそうなる」
ふーん、そんなもんなのかな。魔道具が家電で、魔石が家電を動かすための電気代わりだと思えば納得かも。
バロッサさんのログハウスにも色んな魔道具があったもんね。地下の貯蔵庫なんて丸ごと冷凍室みたいになってたし。
「魔石に魔力を補充できるようになればその魔術師は一生食いっぱぐれない、ってバロッサさん言ってたよね。特に火属性と水属性は魔石単独でも役立つから重宝されるみたいな……あんまよく覚えてないけど」
「だからなんでちゃんと話を聞いていないんですかあなたは。ええ、確かにバロッサさんはそのように言ってましたよ。でも、魔石へ魔力を流し込むのは繊細な作業らしく、向き不向きがあるとも。攻撃術を優先的に習っている最中に手を出せるようなものじゃありませんよ」
「えーそうなんだ。路銀に困ってもそれができたらひと稼ぎできたのに、残念だな」
「そんなシチュエーションにはおそらくならない」
「というか旅費以外のお小遣いが欲しいだけですよね、絶対」
「バレたか」
「でもハルっちぃ、それなら人を当てにしないで自分で稼がないとね~」
「それもそーだ。うーん、だったら糸繰りで人形劇でもやろうかな。でも同じようなことしてる人けっこういそうだなー。どうしたらいいと思うシズキちゃん?」
「……え、えっと」
「何々、シズキちゃんを人形にしてもいいって? いいね、それならいくらでも稼げそう!」
「!?!?」
「だからシズキさんを困らせないでくださいってば!」
なんて会話をしながら食事を終えて、お風呂でさっぱりして、床について。熟睡してあっという間に朝が来て、朝食後にロビーでバーミンちゃんと合流。
「んじゃ行きますか! 魔術師ギルドの本部へ!」
宿を出た私たちはちゃっちゃか歩くバーミンちゃんについていき、ほどなくして件のギルド本部へと到着した。宿にも負けないくらい大きくて、宿以上に古い外観をしたレンガ造りの建物だ。大きな時計もあって雰囲気ばっちり。いかにも魔術師が棲み処にしてそうな怪しい重厚感を漂わせている。
なんて言っても、大通りに面した一個の建物でしかないんだけどね。人の出入りもたくさんあるし。
「お邪魔っすー。ギルド長さんはいらっしゃるっすかー。勇者様をお連れしたっすよー」
声を張り上げながら入っていくバーミンちゃんに続く。
建物の中は王都の図書館に似た厳かな造りになっているけど、言ったように人が行き交って割とがやがやしている。みんな忙しそうだし、これは確かに大きな声で用件を伝えなきゃ相手にしてもらえなさそうだ。
「お待ちしておりました。念のため、印書のほうを確認させていただいても?」
ぬっと現れたローブで顔の上半分が見えない男性が差し出してきた手に、コマレちゃんがおっかなびっくり印書を乗せる。それを矯めつ眇めつ眺めた彼は「確かに」と返却し、私たちを奥へ通そうとする。会うべきギルド長さんは個室で待っているらしい。
「あ、自分はここにいとくんでどうぞごゆっくりっす」
ギルド長との対面は勇者だけで、ということでローブの男性も目的の部屋まで案内したら引っ込んでしまった。仕方ないのでノックして入ろうとしたらそれよりも先に「開いているよ、どうぞお入り」と中から声が。そんじゃ遠慮なく。
「失礼しまーす。あなたが魔術師ギルドのギルド長さん?」
「ああ、如何にも。名はトーリス、以後お見知りおきを」
ピンと背筋の張った立ち姿でこちらを見据えるトーリスさんは、一見して美男とも美女とも判断のつかない、非常に顔立ちのいい人物で──その耳は明らかに人のそれよりも長かった。
「エルフ……!」
「おお、やはりご存知か」
興奮から思わず言葉を漏らした様子のコマレちゃんに、トーリスさんは柔和に微笑んだ。




