27 ライバル出現
王都の高い塀もだいぶ遠ざかってきたところで、席に腰を落ち着けた私たちにバーミンちゃんが元気な声で話しかけてきた。
「改めて、自分はバーミン・アスタック! コロンドっていう街を拠点になんでも屋みたいなことをやってるしがないアニメフっす。勇者様たちのお名前も聞かせてもらえるっすか?」
「あ、はい。コマレと申します」
「カザリ」
「ウチはナゴミ~」
「し、シズキです……」
「そして私がリーダーのハルコ! これからよろしくね、バーミンちゃん!」
勝手にリーダーを名乗ることへのツッコミ待ちの自己紹介だったんだけど、何故か誰からも否定の声は上がらず、真に受けたらしいバーミンちゃんがこちらににっこり顔を向けて「はいっす、ハルコさん!」といい返事をくれた。
「それにしても、本当に今代の勇者様は五人もいるんすね。こりゃ今回の魔王期は楽勝なんじゃないっすか?」
「いやぁどうかな、なんか魔族も不穏な動きを見せてるっぽいからさ」
「あ、そういやそうみたいっすね。四天王と思しき魔族が確認されたとか城の人から聞いたっすけど、本当なんすか?」
「本当も本当、すげーヤバかったんだから。修行中にいきなりザリークとかいう変な魔術使う奴が襲ってきてさぁ」
「えー! めっちゃヤバいじゃないっすかそれ! ど、どうなったんすか?」
「い、一瞬で仲良くなってますね……」
「さすがハルっちだね~」
これまでのことを一通り話してから、共通の知人であるルーキン王について話題が移り、私があの王様らしからぬフランクさに言及するとバーミンちゃんは「そりゃそうっすよ」と訳知りの様子で言った。
「便宜上は国王っすけど、連合国がそもそも色んな国・組織・人種の寄り集まったごった煮の国っすからね。ルーキン国王様も先代の王様に選ばれたってだけで代々続く王族の家系とかじゃないんす」
「そーなんだ!? 私そういうの詳しくないんだけど、王様が世襲制じゃないのって相当珍しいんじゃない?」
「連合国くらいかもっすねぇ。大昔には王じゃなくて連合長って名乗ってたみたいっすから、そういう経緯でもない限り大抵の国は血筋で決まると思うっすよ」
ほへー。と私が相槌を打つ横からぬっと身を寄せてきたコマレちゃんが質問をする。
「あの、ちなみにバーミンさんはどこで陛下とお知り合いに?」
「自分のことはバーミンでいいっすよ、コマレさん! えっと、知り合ったのは孤児院っすね」
「孤児院」
「っす。十年くらい前まで王都の孤児院で世話になってたんすよ自分。で、ルーキン国王様は度々視察って名目で孤児院の子たちに会いに来るんすよね。そんときが出会いで、卒院してからもこうして時々お仕事を貰ってるって感じっす」
そうでしたか、とコマレちゃんはそれ以上突っ込んで訊こうとはしなかった。
まあそうだよね。さらっと教えてくれたけど孤児院に入った理由とか出てからの苦労とか、そういう部分まで触れるには自己紹介して十数分じゃまだ早い……とデリカシーを知る出来た人間であるところの私はそう配慮したんだけど、当のバーミンちゃんは何も気にせずにぺらぺらと身の上話をし始めた。
「ほら自分、ハーフじゃないっすか。詳しくは知らないんすけどどうも両親のどっちからも望まれた子じゃなかったみたいで……それで孤児院に預けられちゃったんすよねー。預けたって言っても捨てられてたのを保護されたって流れなんすけど、何分物心がつくかどうかって時期のことなんであんまはっきりとは覚えてないんすよね。両親の顔とか、なんて呼ばれてたかとかも」
「そ、そうなんですか」
「アスタックは院長さん……あ、当時のっすけど、その人の姓なんす。こうして働いてご飯を食べられるのもアスタック院長や国王様のおかげっす。だから勇者の案内人に選んでもらえて最高に嬉しいっすよ。こんな形で恩返しできるなんて夢にも思ってなかったっすから」
感慨深い声音でそんなことを言われては、こっちもジンときちゃう。
すごいなぁ、こんな子どもが自分の力で立派に生きていて、助けてもらった恩もしっかり忘れてないなんて。院長さんやルーキン王がいい人たちだっていうのも含めて素敵だ。ほっこりするね。
って、ん? 一箇所ちょっと気になる部分があったな。
「十年前までいたって、孤児院は何歳で出たの?」
「十三歳、になる前っすから十二の時っすね。自分、この通り体が小さいもんでけっこう長くいたんすよ」
な、長いのか。十二で働きに出るのって充分に独り立ちとしては早い、というか早過ぎるぐらいだと思うんだけど。
でも孤児院にだって受け入れの限界はあるんだもんね。成人するまで置いとくなんてなかなかできないか。
そういやこの世界の成人って何歳なんだろうか……あっと、私が気になったのはそこじゃなくてね。
「え、じゃあ今の歳って二十二とか三ってこと?」
「っす! そうは見えないって人間の方にはよく驚かれるっす。たまに獣人に会っても若く見られるんで、自分が特別ちびっこいだけなんすけど」
あ、なるほど。ウサギの獣人? が皆こんな感じってわけじゃなくてバーミンちゃんが際立って若々しい……って言えばいいのか、とにかく外見年齢が下ってことなのね。
「やっぱ四歳くらいまでまともに物を食べられてなかったからなんすかねー。あはは!」
いや笑いごとじゃないが? 愛想笑いすら返せないって、聞いてる側としては。
まあ本人がこれくらい軽く扱っているならそこまで遠慮もしなくていい、のかな? もしかしたらこの明け透けな態度がバーミンちゃんなりの処世術だったりしてね。
「どうするシズキちゃん。タイプが違うとはいえ強力なライバル出現だよ」
「!?」
「あっちのほうが実年齢のギャップは大きい。しかもうさ耳っていうあざとすぎるアドバンテージまである……ここはシズキちゃんも対抗して動物属性をつけよう。とりあえずリスの耳と尻尾でいい?」
「!?!?」
「こらこらハルっち? いきなりシズっちを魔改造しようとしないでね」
あ、ナゴミちゃんの後ろに隠れちゃった。残念、このちょびっと変装できる魔道具をさっそく有効活用できると思ったのに。
「そんなものも買ってたんですか。無駄遣いはやめようと自分で言っておきながら……いや、有用な場面があるかもしれない道具ではありますが。どのように使うんですか?」
「わかんないや」
「は?」
「いやこれ、あの魔道具の店で買ったんじゃなくて道端で人から貰ったものだからさ。具体的にどう使うのかとかどんな感じに変装できるのかとか、何も知らないんだよね。これだけじゃなくて他にも色々貰ったよ? ほら見て、革の手袋とかイヤリングとか。どれも何かしら効力があるっぽいんだけどちゃんとは聞いてない」
「なんでちゃんと聞かないんです!?」
「怪しい……」
「怪しくないって、王都の人たち誰も彼も優しかったじゃん。持ってけ持ってけ言う物を拒否るのも悪いしさー」
「ハルっちはホントに人と打ち解けるのが早いんだね~」
散策中、割とひっきりなしに人々に呼び止められていたので、皆も何かしら頂き物があるだろうと思っていたんだけど……どうも私だけみたいだな、そうやってアイテムを手に入れたのは。何かくれようとした人は他にもいたみたいだけど、悪いからと断ったらしい。
なんて勿体ない! と私は嘆いたけどコマレちゃんやカザリちゃんからすれば貰うほうがどうかしているっていう認識のようで、この溝は埋まりそうになかった。
「賑やかでいいっすね、勇者御一行様! でも暴れ過ぎて馬車から落ちないでくださいっすよー」
言い合う私たちにバーミンちゃんが楽しそうに言って、そんな道中がしばらく。
私たちの前に、王都に続く第二の街が姿を現した。




