264 引き継いだ力
「む──」
「防魔の、首飾り……と! 攻魔の腕輪! もう一回食らえッ!!」
絶対に貰ってはいけない。鎧糸は緩めていないし、魔力防御も継続中。だけどこれをまともに受けたらその時点でゲームオーバー。確実にそうなると理解できたために私は防魔の首飾りの、あえて切っていた自動防御機能をオンにして防いだ。と同時に、再び攻魔の腕輪から闇の魔力を発射させる。
それも今度は無差別の全方位爆破ではなく、最高出力のままに発射範囲を絞りに絞った、威力&貫通力を最大まで高めたレーザーで。しかも拳の打ち込みに乗せて、蹴り終わりのアンラマリーゼへ。当たったはずなのに手応えも足応えも感じていないその隙を晒した顔面へと叩き込む──!
「おっっらぁぁああ!!」
「……!!」
全力全開のぶん殴りが決まり、直後にそこを闇レーザーが吹っ飛ばす。会心の一撃だ。イレイズにやった変形蹴り+闇レーザーの組み合わせには及ばないが、間違いなく今の私に出せる火力の中でもトップクラスのそれが見事に入った。それによっていつかの場面と同じようにアンラマリーゼは吹っ飛んでいった。
……そうだ、入った。向こうと違ってこっちにはその手応えがしっかりとある。私がやったみたいに防魔の首飾りで当たっているのに当たっていない、なんてことにはなっていない。確かにこの拳は、闇レーザーも、アンラマリーゼを捉えた。でも、これは。これもまた確信だった。
──効いちゃいない。拳も、闇レーザーもだ。奴にはダメージなんて与えられていないと、私にはもうわかってしまっている。
「ちぇ……やっぱり」
どさりと地面に倒れ伏したアンラマリーゼ。その姿だけを見れば勝負あったと、そう思ってもおかしくない……そう思いたくてしかたない光景だけど。私が予見した通りに奴はすぐに、すっくと起き上がった。手も使わずに腹筋と背筋のバネだけで立ち上がってみせたのだ。
「やっぱり、とは? ハルコよ」
「わかってるくせに、うるさいな」
「くく! つれない奴め、そう邪見にすることもあるまいに」
可笑しそうに笑うアンラマリーゼがこちらとしては憎らしくて仕方ない。……打った感触も、イレイズさえ問題にならないくらいとにかく硬くて嫌になったが、それ以上に問題なのが闇レーザーのほうだ。さっきみたいな緊急手段としてじゃなく、今度は狙って、それも拳越しに叩きつけたからわかった。拳以上に効き目がない。吹っ飛んでいるからにはバルフレアの完全擦り抜けみたいな完璧な無効化ってわけじゃないんだろうけど……たぶん、攻魔の腕輪でアンラマリーゼに傷を負わせるのは無理だ。その原因がなんなのかは判明している。アンラマリーゼ自身が教えてくれたからね。
奴の身に引き継がれているという魔族幹部たちの力。悪さをしているのは間違いなくそれだ。
殴った感触が異様に硬いのは、イレイズの硬さを引き継いでいるから。そして魔力攻撃がてんで攻撃にならないのは、スタンギルの能力で奴が魔力に滅法強くなっているからだろう。スタンギルも、私と戦ってボロボロになるまではまさに魔力の支配者って感じだった。引き継がれたのは能力の一部であって全部ではない、のだとしても。四災将の恐ろしさがそのまま魔王へ受け継がれているわけじゃないとしても、魔王のそもそものスペックがヤバいんだからたった一部だけだとしても強力過ぎる武器になっている。ってこと、なんだろう。
元から頑丈で堅固なアンラマリーゼの肉体が、イレイズとスタンギルの力でもっと、もっともっと頑強で堅牢になっている。それは転じて攻め込むための補助にもなっていて、だから奴の攻撃はこんなにも強烈で苛烈なんだ。
防御するたびに私は既に魔蓄の指輪での魔力ブーストも使っている。それでもなお防ぎ切れないし受け切れないっていうのは、そうとしか思えない。つまり……アンラマリーゼの言葉に嘘はなくて。奴には魔王本来の力だけじゃなく、散っていった配下の遺した遺産が間違いなく宿っているのだと。
くそったれめ。ロードリウスの死体が一般魔族とは異なる消え方をしていたことから始まった、様々な違和感と疑問。その謎が最悪の予感通りとなって明らかになってしまった。やはりアンラマリーゼは四災将の死を惜しんではいなかった。いや、惜しむ気持ちがあったかなかったかはどうでもよくて、なんであれ四災将の使命は私たち勇者を仕留めることと、それに失敗したら命を散らせること。そこまで含めて彼らの「成すべきこと」だったんだ──全ては魔王の、引いては魔王が魔境から解き放つ魔族の未来のために。
もしも彼らが自ら進んで犠牲になることを受け入れたというのも本当なら、あれだけ我の強い連中によくもそれだけの忠誠心を仕込めたものだと感心もする……だけど魔王にとってはそう難しいことではなかったのかもしれないな。何せ魔族は個人主義であり、力こそがヒエラルキーを決める条件だ。個の頂点である魔王に傅くのは全魔族の本能。そう言っても過言ではないはずだと、彼らと戦ってきてそう思う。
傅かれて、魔王もまた、それに応えるつもりがある。だから彼女は責任なんてワードを口にしたんだ。
「くれぐれも勘違いはしてくれるなよ、ハルコ。引き継いだ力を持つこの身で戦うことをまるで仇討ちのためのように思われては心外だ。この闘争はあくまでも我と、貴様だけのもの。それ以外が介在する余地はない。そうだな?」
「だな? って聞かれてもね……」
いつの間にやら顎を伝うほどにだくだくと流れている汗を袖口でまとめて拭い去って、構えを取り直す。私とアンラマリーゼの距離は近くも遠くもない。けど、これは私の感覚。向こうにとっては一歩の距離間だろう。実際、蹴りの前の踏み込みを私は捉えられなかった。踏み込み終わって、蹴りの体勢に入っているところでようやく認識が追いついた。
もっと集中しなくてはならない。目でも、そして肌でも奴の存在を、その動きを明敏に感じ取らなくてはついていけない。初動を察知できないとそのままずるずると攻められ続けて後手後手になる。アンラマリーゼを相手にそれは致命的と言ってもいい。
攻魔の腕輪も防魔の首飾りも使わされてしまった。言うまでもなくこれはマズい。然るべきときに然るべき使い方をして、大打撃に繋げる。そういう腹積もりでいたっていうのに、こんな済し崩しで消費しているようではいかにも光明が見えない。アンラマリーゼへやり返す未来が見えてこない……。
防魔の首飾りはたった一発の蹴りを防ぐのに相当量の魔力を減らしているし、攻魔の腕輪に至っては最大出力でもう二回も撃ってしまっているために同じ規模ではあと一回。それで空っけつになる程度しか残されていない。いやこれ、マズいどころの話じゃないな。戦い始めて数分と立たない内からこんな追い込まれ方をするとは。このままじゃ崖っぷちもそう遠くない。いや、自分じゃ気付けていないだけで私はとっくにそこへ立たされているのかもしれない。
絶体絶命の窮地ってやつに。
「さて。そろそろ少し上げて行くとするか。用意はいいか?」
「もち、ご覧の通りだよ。ひょっとして目ぇ見えてない?」
「くはっ。いいぞハルコ。最後の最期までその調子でいろ」
ずん、と。頭の上から何かが圧し掛かってきたみたいに体が重くなった。アンラマリーゼの放つ圧が。プレッシャーが更に増した……!? こ、こいつ、いったいどこまで!
「準備運動はここらで終いだ。闘いを始めるぞ! 我と貴様の決闘を!」
「……!」
地面を抉り飛ばす蹴り足で、アンラマリーゼが一直線に突っ込んできた。




