263 汝は我が宿敵足るや?
馬鹿げている、以外に感想がない。だってそうでしょ? 攻魔の腕輪の最大出力だ。カザリちゃんの魔力を最高の威力で撃ったんだ。そりゃあ、全方位へ弾けたんだから範囲を限定して撃ち出す闇レーザーよりかは一点集中していないぶん、回避手段としてはともかく攻撃手段としては落ちるだろうけれど。それでも食らって無傷に済むようなものでは断じてない。四災将であるイレイズだって少なからず痛みを見せた。あの今までのどんな敵よりもぶっちぎりで堅牢な肉体を持っていたイレイズでさえも、だ。
それを、アンラマリーゼは。私が何かしようとしているとは察した様子だったのに攻め手を止めることなく、結果まったく無防備のままに爆発を正面から浴びていながら、掠り傷ひとつなし。なんの影響も、受けていない。彼女の表情が私にそれを知らしめる……本格的な焦燥と一緒に。
「自身諸共とは思い切りがいいな。それとも、他に手がない程に切羽詰まっていたのか?」
「……!」
「しかし貴様も無傷とは驚いたぞ。いくら勇者と言えど人間の耐久力としては──む? いや、いや……そうか、なるほどな」
言葉の途中で何かに引っ掛かったのか、アンラマリーゼは頭に手を当てて記憶を探るようにする。その最中、指先が本当にこめかみへ突き刺さっていたが、そんなことはお構いなしにぐりぐりと見ているこっちが痛くなる力強さで頭をほじった彼女はやがて納得を見せて。
「貴様にはそういう能力がある、と。手の加えられていない魔力単品であればそれが他者の物だろうと自然の産物だろうと貴様の身が傷付くことはない。おっと、そこに害意が含まれていれば多少は通るのか? だがそれも貴様の肉体は克服していくわけだ。ふむ、面白い。あの時には気付かなかった特性だな。まるで我ら魔族のような……くく、然もありなんと言ったところか」
「なんで、あんたがそれを知ってる?」
しかも、そんなに詳しく。スタンギル戦ではほとんどこの体質のおかげで勝てたようなものだ。私の体の特異性はあの戦いで詳らかになっているし、腕輪を使っての自爆回避然り、他の四災将との戦いでも大いにお世話になってきてはいる。直近で言えばそれこそバルフレアの闇の暴走? に対抗できたのだってこれのおかげかもしれないくらいだ──けれど、いずれの場合においてもアンラマリーゼまでその情報が行くことはない。
私が戦ってきた魔族に生き残りはいないんだから当然だ。
全員、私の体質を見知ったとしてもその直後には死んでいる。
仮にこの情報を他の誰かが得ていたとしても……例えばザリークあたりが他の四災将を囮代わりにこそこそと嗅ぎ回っていて、見聞きしたものを逐次にアンラマリーゼに伝えていたのだとしても。あいつはそういうことをやっていても全然おかしくないというか、絶対にそれに類することはやってるはずだって確信すら持てるくらいだが、そうだとしてもここまで詳細に私の体質を暴けるわけがない。
スタンギル戦を間近でザリークが見ていたっていうならまだわかる。あの戦いは特に私の体質が活きた、それだけ露見した戦いでもあったから。でもあそこは地下深くの、まともな出入口さえもない魔石洞窟だった。他者の入り込む余地なんてなく、また戦いのあとには完全に崩落して消滅してしまった場所でもある。あんなところにまでザリークが潜んでいたとはとても考えらえない……。
先ほど札状の鏡を用いて姿を隠していたみたいに、あれの応用で鏡を仕込んだりすることで目だけをあの場に忍ばせていたとしたら……いや、それもないな。あそこはあまりにも魔石の魔力が充満していて、それだけで一杯の空間だった。それでいてスタンギルがエルフタウンの住人たちに見つからないようジャミング的な魔力の使い方までしていた。鏡だけだとしても仕込める余地があったとは思えない。
加えて言うなら私だって勘は鈍くないほうだ。あそこにスタンギル以外の気配があったとしたらそれがたとえ視線だけであっても気付けられた自信がある。スタンギルが強敵だっただけに感度バリバリだったから余計にだ。
やはりアンラマリーゼが私の体質について知り得る機会はなかったとしか思えない。──もっともそれは、ひとつの最悪の想像を除いての話だけれど。
「ほう? それだけ顔色を変えるということは、気付いていたのか? 四災将の死が我が知と力を蘇らせるための呼び水だということに」
「呼び水、だって? それはどういう」
「言葉通りの意味だよ、ハルコ。儀術と言ってな、その昔エルフや人間が禁忌と定めた『命を糧とする魔術』を使ったのだ。百日の猶予などというまどろっこしい準備期間を無くし、貴様らの手も首も回らん内から攻め込む……と、意気込んだのはいいもののやはり我は弱くてな。無理を押して海を越えても勇者一人にも勝てない始末だ。時を早めるためにはどうしても犠牲が必要だった。それも、そのために望んで死を受け入れる忠義者の犠牲が」
「四災将が死ねば、その度にあんたの力が戻っていくようにした……ってこと?」
「四災将だけではないぞ、バルフレア、そして今も貴様以外の勇者を相手取っているザリークもそうだ。これは我を含めた七人がかりでの血の盟約。欠ける程に主柱たる我に奴らの価値が備わる。都度に負担もあったが、軽いものよ。知識と体力を取り戻す充足感。それに加えて腹心の配下たちの能力までこの身に宿る全能感に比べればなんということもない」
「……!?」
能力まで、身に宿る? そう言ったのか、こいつは今?
これまで戦って倒してきた魔族の幹部たち。スタンギル、ロードリウス、イレイズ、キャンディ、そしてバルフレア。もしも今この瞬間にコマレちゃんたちの手によって討たれれば、ザリークの能力までも。その全部がアンラマリーゼの物になっているっていうのか……!?
ぐらりと地面が揺れた気がした。だけどもちろん、足元はなんともなっていない。揺らいだのは私のほう。私の心だ。何もしていないのに思わず倒れかけてしまうくらいの衝撃を受けたのだ──一人一人が否応なしに死を連想させ覚悟させてきた魔族たち全員の力が、魔王個人へと集約されているだなんて。
それが本当だとすれば。
だとすればこの勝負は初めから──。
「倦むな、ハルコ。奴らの価値、即ちその力が備わると言ってもそっくりそのままとはいかん。血の盟約と言えども魂までは取り戻せんからな。魂亡き肉体という不完全の、更に搾り滓だ。取り戻したもの以外で我が手にしたのは所詮その程度……生きてそこにいる奴らとは比較にもならんさ」
だが、とアンラマリーゼは厳かに聞こえる低くも高くもない声音で続けた。
「確かに奴らは遺していった。それがこの手の中にある、それも確かだ。力の一部となって奴らは我の裡に未だいる。朧気ながらにその記憶も引き継いでな。貴様の能力について疼いたのはおそらくスタンギルのそれだな。くはは、先代共に飽き足らず配下の知識まで混ざり合ってもはや何が何やらだ。が、構わん。どれだけ混ざろうが土台は我だ。この時代に生まれ生きる我なのだ──ハルコ。わかるか?」
「な……何を」
「だから貴様に刻みたいのだ。この血、この知、この値を等身大のままに、それを受け止められる者に。歴代の魔王とは飾らず言えば負け犬にしてそれを認めぬ不埒者たち。我は決してそうはならん。が、ひとつだけ羨むのは。連中にはうってつけの個がおり、その『逢瀬』に関してだけはなんの不満も抱かずに逝っているという点だ」
とん、と。軽い挙動で、何も思えないほど自然体に、一足飛びで距離を詰めて。一瞬よりも素早く私の目の前に移動したアンラマリーゼが、問いかけてくる。
「汝は我が宿敵足るや?」
「ッ……、」
「足ると信じたのが我。足ると信じさせたのが貴様だ、ハルコッ!」
振り上げられた長い足。壊せないものなんてこの世のどこにも何もなさそうな、魔王の本気の蹴りが、思い切りぶち当たった。




