261 勇者ハルコと魔王アンラマリーゼ
「……、」
アンラマリーゼが、すぐ目の前だ。私の目と鼻の先にいる。たった数メートルの距離を置いて私たちは向かい合っている。
こうして相対すると、立っている彼女は思った以上に背が高い。記憶にある顔立ちからはかなり大人びていて、ロウジアで出会ったときよりもずっと成長していることがより実感できた。あのときが十歳にもならないくらいだとすれば、今は二十歳近くってところだろうか。少なくとも並んで立って私のほうが年上だと思う人はきっといない。外見年齢で追い抜かされたことになる。
……体格は互角、か。だけど腕や脚の長さは向こうが上っぽい。スタイル良すぎる。そういやイレイズやキャンディもボディのすらりと引き締まった美人だったな。魔族の女ってのは皆そうなのか? そしてその王様らしくアンラマリーゼは超スタイル良くて超美人だと。ナチュラルボーンでそうだと。はいはいなるほど。世の女性に喧嘩売ってるってわけね。いーじゃん、買ったろうじゃんかよ。
なんて冗談は脇に置いといて。んで割と冗談抜きにこのプロポーションの差は痛いな。背丈はほぼ同じでも手足が長ければそのぶんだけリーチは向こうが上だ。そして忘れちゃならないのは、以前の戦い。ロウジアでの初戦においてアンラマリーゼは少女の姿であったこと。つまりあの時点では私のほうがリーチにおいて圧倒的に有利を取っていた、のにもかかわらず、常に押され気味だったってことだ。
体格不利を背負ってなお、なんなら遠距離攻撃の手段をまったく持っていなかったっていうのに、糸繰りや攻魔の腕輪の闇レーザーをバンバン使う私に対して押せ押せだったのだ。アンラマリーゼはあの幼い姿であってもそれができるだけの怪力と俊敏さを有している……それが今やどうなっているのか。ただでさえ常識を外れていたパワーやスピードがどれだけ強化されているのかは、考えたくもないくらいだ。それでいてリーチまで伸びているとなったら相当にヤバい。って話。
殴り合いはエオリグで変身してからじゃないと厳しそうだ。だけど詰められたからって安易に切っていい札じゃないのはこれまでにさんざ語った通り。こっちで切り時を選ぶことができる程度には、今回も糸繰りや他のアイテムたちを駆使してどうにか渡り合っていくしかない。せめて、皆が偽四災将もザリークも倒して援護に来てくれるまでは、その方針で頑張ろう。
観察を終えて、腹を括り、大きく息を吸って吐き出す。そして私の言葉を待っているらしいアンラマリーゼに、言ってやる。奴が聞きたがっているであろうセリフを。
「久しぶり。会いたかったよ、アンラマリーゼ」
「くくっ。会いたかったという面には見えんがな」
「そりゃ、会わずに済むならそれがもっといいし。他の魔族と一緒に魔境にずっと引きこもっててくれるならそれも叶うんだけど……そういうわけにもいかないの?」
「いかんなぁ。先代共の無念は晴らしてやらねばならん。何より、我とてちっぽけな大陸に押し込められたまま生涯を終えるなど真っ平なのでな。真に受け継がれるのは力のみ。記憶も意思も本当の意味で時を越えられはせん。故に、このイレギュラーばかりの代でこそ成就する。できねば、同じことの繰り返しだ。つまるところ我には魔族の過去と未来が一身に懸かっている。責任重大というやつだ。人の世を背負う貴様と同じでな」
「……そこまで切羽詰まってるようには、あのときも今も見えないけどね。遊び半分って感じ」
「くはは! 遊びであることは否定せんよ。実際に我は楽しんでいる。だが遊び半分ではない。ふざけてもいなければ片手間でもない。全力だ。我は全力で我という一個の生を楽しんでいるのだ。貴様はそうではないのか、ハルコ」
「魔族と同じ感覚なわけがないでしょ。自分だけならともかく他人の命も、世界の行く末まで左右するっていうんだから。そんな重さを遊びのつもりで楽しめるようにはできてないんだよ、私たち人間は」
「つまらない言葉だ。我は人間にではなく貴様に問うているのだがな」
「…………」
「ふん。だがいずれにしろ、貴様がそうだからとて我にもそうあれと望むのは傲慢だろう? 我は貴様がどういうつもりでこの場にいようとも目を瞑る。この場にいる、ただそれだけでいい。この我に前に再び立ち塞がった貴様という存在に敬意と感謝を捧げ──全力で殺してやろう」
アンラマリーゼから放たれるプレッシャーが、増した。今までも息をするのさえ苦しかったっていうのに、それが更に強く。更に禍々しく。呼吸どころかまばたきさえ、流れる汗さえ重苦しくて仕方がない。吐き気すら覚えるくらいのとんでもない圧力が彼女を中心として撒き散らされている。
この力で、その全力で、私を殺す?
上等じゃないか。
「私もだよ」
「!」
「私も、あんたがどういうつもりだろうと。何を背負って、何を理由にして、何を目指してこの場にいようと……人類に牙を剥こうと、なんだっていい。どうだっていい。魔族とは相容れない。それはもうよくわかっているから、そっちに引く気がないっていうのなら──ぶっ殺してでも排除するだけだ。アンラマリーゼ。あんたは今日ここで確実に討たせてもらう。それが勇者としての私の最大の、最後の仕事だから」
構えを取る。いつも通りの、我流で身に着いた自然体の構え。街中の喧嘩だろうと異世界での殺し合いだろうと変わらない。これが私のスタイル。全力だ。
体で覚えた闘争への備えが私の内部にあるスイッチを入れる。思考が切り替わり、視界が明瞭になる。心が落ち着く。重苦しさもさほど感じなくなった。呼吸が緩やかになって、魔力の巡りもなだらかに加速していく。
悪くない。バルフレアとの戦い明けで何もかもがマックスに絶好調、ってわけじゃないけれども。かと言って引き摺るものもない。私も私で全力が出せる。あとはそれがアンラマリーゼに、一対一でどれだけ通用してくれるか。それ次第だ。
最良はもちろん私だけで倒してしまえることなんだけど……さてどうなるか。
「くく──勇者として、か。これはまたご立派なことだな。たかだか数十日の間に貴様もらしくなってしまったものだ」
褒めているのか、貶しているのか。アンラマリーゼの真意が読めずに何も言わずにいると、ふと彼女の表情にいたずらなものが混じった。純粋な殺意の中に小さく浮かぶ稚気が「ところで」と言葉になって出てくる。
「もうアンちゃんとは呼んでくれないのか? 勇者ハルコ」
ふ、と私も思わず笑ってしまった。勝手に付けた愛称。はっきり言ってそれが似合っていたのはあの日のアンちゃんであって、今のすっかりと成長してしまったアンラマリーゼにはまったく似つかわしくないと思うんだけど。そうだな、そんな風に訊かれたからにはこう答えておこうか。
「呼んであげるよ。トドメの前に、一度だけね。魔王アンラマリーゼ」
互いに名を呼ぶことを名乗りの代わりとして。私たちは共に押し黙って、睨み合って。そして──。
「ガッ!?」
「くっはは! どうしたハルコ、反応が鈍いな!」
私は王の間から叩き出されていた。横合いの壁を突き破って地面を転がり、立ち上がる。アンラマリーゼは──横! 一撃目と変わらない速度、変わらない角度。それが繰り返されたからなんとか受けの姿勢を取れたが、簡易の壁糸と鎧糸越しでも魔王の拳はあまりに、あまりにも強かった。
「ぐっ、ううぅううッ!?」
抑え切れず、振り抜かれて、私の体は宙を舞う。回廊になっているそこを水平に吹っ飛んだ先で窓ガラスに激突。そしてそのまま城外へと私は落ちていった。




