26 案内人
「まだまだ教えたいことは山ほどあったんだがね」
入ったのとは別の出入り口から王都の外へ出たところで、バロッサさんが残念そうに言った。
「だが旅路と儀巡には勇者と、勇者が選んだパーティのメンバーのみを送り出さなきゃならない。それを終えるまで不用意に手を貸すこともできない……一度指南の段階を過ぎてしまったからにはもう教師面しちゃいけないってわけだ」
なんかよくわかんないけど、ルーキン王も色々言ってたみたいに勇者がクリアしなくちゃならない試練。レベルアップのために必要なそれには女神だかが課したルールが厳密にあるみたいで、バロッサさんたちはそのルールを守らないわけにはいかないらしい。
本当によくわかんないな、なんで指南役のバロッサさんを連れてっちゃダメなのよ。
「勇者が選べばいいっていうなら、私たちがバロッサさんをパーティメンバーに選べば同行できるんじゃ?」
「指南役にはそもそも資格がないよ。同じ理由で国王であるルーキンやその兵士であるゴドリスを選ぶこともできない。勇者パーティっていうのはあくまでも旅の中で自然と出来上がるもの。そうでなくちゃならないんだ」
なんて言われたので視線を向けてみると、一緒に街の外まで見送りに来てくれているゴドリスさんとアルバさんも恐縮したようにしている。
このままついてきてほしいと願われるのは光栄だが言う通りにはできない。って感じの態度だ。
「とにかく、訓練の基本を忘れないことだ。それだけでいい。あんたたちならあたしが付きっ切りで面倒なんて見なくても勝手に強くなっていく。あとは怪我に用心して、くれぐれも引き際と攻め時を見誤らないようにしな。いいね?」
これが指南役としての最後の指導。そう察した私たちは揃ってはいと応えた。バロッサさんは満足そうに頷いてから、懐から何かを取り出す。それは掌に隠れるくらい小さなものだった。
「ハルコ。あんたにはこれをやろう」
「これって……指輪?」
「あたしのお師匠が使っていた魔力の形成を安定させる魔道具だ。市販品とは違って魔石に込められた魔力ではなく、持ち主が都度に魔力を込めて動力にする所謂『純魔道具』ってやつでね。希少品だよ」
「えっ、そんなの貰っちゃっていいんですか」
レアなアイテムってだけじゃなく、言うなればこれはバロッサさんの師匠の形見でもある。随分と前に亡くなったらしいのに指輪がこんなに綺麗ってことは、それだけ大切に保管していたんだろう。
くれるものは基本なんでも貰っちゃう私だけど、さすがにこれはふたつ返事では受け取りにくい。
ためらった私に、でもバロッサさんは軽く笑い飛ばすように。
「いいんだよ、あたしが持ってたって役に立ちゃしないんだ。その点、あんたなら得意の糸繰りをもっと伸ばせるようになる。だったらあんたにくれてやったほうがお師匠も喜ぶってもんだ。時を越えてまた勇者の力になれるとなれば、間違いなくね」
「バロッサさん……わかりました。ありがたく使います!」
そんな風に言われてまだ拒むようじゃそっちが失礼だ。指輪を手に取り、とりあえず左手の中指に嵌めてみると、あつらえたようにぴったりだった。
指輪なんてするのは初めてだけど、まるでずっとそこにあったみたいな気までする、びっくりするくらいの馴染み方だ。
手を翳してみれば太陽の光で指輪がキラリと輝く。シルバーに彫り物がされているだけで、他に飾りのないデザイン。いいね、シンプルだけどかっこいい。
「気に入ったようだね」
「はい! 私も大切にします」
「そうしとくれ」
満足そうに頷くバロッサさんは、その一瞬だけ別人かと思うくらい柔らかい雰囲気を放って──でもすぐにいつものきりりとした表情に戻ってしまった。
「そら、迎えが来たよ」
「迎え?」
なんのことかと振り向けば、馬車が道の向こうからやってくるところだった。
二頭引きのなかなか大きなやつだ。王都内で乗った王城からの馬車よりは簡素、というより質素な見た目ではあるけど、大きさだけは負けてない。いや、勝ってるくらいかも? この距離でもこんなにでかく見えるってことは。
「どの街から来るにしても馬車の乗り入れはこことは別だ。つまり、ありゃルーキンが手配したあんたら用の馬車と案内人に違いない」
「案内人、というと? それはパーティに含まれる人物とは違うんですか?」
「国王の選出で唯一同行させられる人材がいるんだよ。それが案内人、地理に疎い勇者のために地図と杖代わりを担うのさ。だが……」
そこでバロッサさんは目を細めてじっと近づいてくる馬車を……というより、馬車を動かしている御者を見つめる。その眼差しには懐疑的な色があった。
「どーもっす! お待たせしちゃったっすかね? 勇者御一行様を乗せ行く乗合馬車と案内人が到着したっすよ!」
「あんたが、ルーキンの呼んだ案内人だって?」
御者台から降りながら気さくな挨拶をしてくるその人物に、バロッサさんが不審そうにするのも頷ける。
なんと言っても少女なのだ。ちっちゃなシズキちゃんとも背丈比べで互角の戦いを演じられるくらいにはちっちゃくて愛らしい少女。ぶかっとしたオーバーオールにやたら大きなキャスケット帽を被ったその恰好も愛らしさに拍車をかけていて、そのせいで余計に勇者の案内人だとは思えない。
少なくとも字面から想像するような頼もしさをこの外見から感じ取るのは無理ってものだった。
「バーミン・アスタックっす。国王様から直々の依頼を受けて馳せ参じた者っすよ。あ、これ見せれば少しは信用も貰えるっすかね」
疑いの視線もどこ吹く風、気さくさを崩さずにひょいと帽子を取ったバーミンちゃんの頭には、なんとウサギのそれを思わせる長い耳が飛び出していた!
わお、と呆気に取られる私たちと違ってバロッサさんは「ほう」と感心して。
「兎の獣人だったのかい。それもハーフとは珍しいね」
「えへへ、混ざり者っすけどそれなりの自負があるっすよ。自分が買われたのはこの耳を使った察知能力と、逃げ足の早さっす!」
「なるほどね、勇者の戦いの助けにも荷物にもならないようにってことかい。だったら納得もできる」
ちらりとゴドリスさんを窺ったバロッサさん。それに対して彼は無言で首肯を返した。
手配した案内人本人で間違いない、という合図だろう。
「よし。ならこの子らのことを頼んだよ。勇者様方はまだまだ知らないことだらけだ、あんたの知識もできる限り授けてやってほしい」
「任されたっす! 自分が知ってることならなんでも答えるんで気になったらなんでも訊いてくださいっす、勇者様!」
さぁさどうぞお乗りください、と促されて私たちは馬車の後ろから乗り込んだ。
乗合馬車というだけあって右と左で席が向かい合っていて何人も乗れるようになっている。王城の馬車とはやっぱり造りが全然違うなー。
椅子も硬い、けど座り心地はそこまで悪くない。まあ動けばどうなるかわからないけど、整備された街道がある内は街中を走るのとそう変わらないだろう。と思いたいね。
「街道が続く間はそう怯える必要もないが、それ以降となると危険度を問わず魔物との遭遇は必ずあるものと思っておきな。特に夜半、寝床を決めてからの警戒は重要だよ」
「はいバロッサさん。必ず言われた通りにします」
「それじゃ出発するっすよー」
最後の最後まで私たちを心配してくれたバロッサさんが見えなくなるまで、皆で手を振ってお別れした。
いざこうして離れてみるとすごく寂しいというか、心細い。いつの間にかバロッサさんが心の支えみたいになってたんだなと気付かされた。何から何までお世話になったもんなぁ。
だけど旅を終えたらまた王都に戻ってくるんだし、そのときにまたバロッサさんにも会える。
ちょっとの間のお別れでしかないんだから、そんなに寂しがることもない……よね?




