257 四対四
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「あっさりと行っちゃったねぇ。君たちは本当にこれで良かったの?」
「妙なことを訊きますね。良いから送り出したのでしょう。それに、あなただってハルコさんには魔王の下へ向かってほしかったのでは?」
再び鏡人形の四災将で自身と勇者一行の間に壁を作っているザリークは、手駒越しに投げかけられた問い返しに対して「そりゃあね」と飄々とした態度で答えた。
「言ったように魔王様のご要望、それを叶えることがボクの全てだ。だけど、その決定にひとつも不満がないと言えばそれは嘘になる……だからできる限りボクの恣意的に命令を解釈したり誘導したりもするんだけど。それをお許しになられるくらいに魔王様は寛大でもあらせられるけど──それでもやはり、あの御方は魔王なんだな。譲らないところはほんの少しだって譲ってはくれないんだ」
本当ならハルコを行かせたくなかった。他の勇者同様、いや、他の勇者を差し置いてでもハルコを狙い撃ちにして魔王の下へは辿り着けないようにしたかった、というのがザリークの本音だった。しかし事ここに至って魔王がそんな真似を許すはずもない。そも、バルフレアを単身で動かして勇者一行の足止めないしは削減を狙ったことがまずもって魔王の寛大さによって許された、一種の賭けでもあったのだ。
ザリークは賭けに負けた。何も邪魔立てすることなくこの王都で勇者一行を迎えるつもりでいた魔王の意思を曲げてまで、不承不承のバルフレアを半ば犠牲として捧げてまで行った策が見事に失敗した、その時点でもはやザリークにそれ以上の我儘を言う権利などなくなっているのだ。
双方万全で戦いたがる魔王とそれを見過ごせないザリーク。特に勇者ハルコを危険視しており、その点においてはバルフレアとも意見を一致させているからには、なんとしても魔王の望むままの形にはしたくなかった。そういった部下たちの心情を魔王も理解しているからこそ折衷案として受け入れてくれたのだと、ザリークもまたそれを理解している。その一手で勇者が間に合わない、あるいは「数が減る」ようであれば所詮はそれまでだったのだと望む決着の付け方を捨てる。そういう腹積もりでいてくれたのだとザリークにはよくよくわかっている。
結果として、勇者一行は誰も欠けることなくバルフレアを退けた。多少の遅れも出た様子とはいえこうして国王の死の前に駆け付けもした──からには、もう、ザリークもこの現状を受け入れるしかない。まずはハルコだけを通せという魔王の命令を裏切ることなど、できやしない。命じる魔王がどのような茶々入れの一切をも許容しないとその眼差しで物語っていたからには、もはやどこまでも忠実にその一言一句を守る以外にはなかった。
けれども。
「因縁の解消は、必要だ。ボクの手で断てたならそれが一番だったけど、魔王様ご自身が勇者ハルコへ始末を付ける。それこそが望ましい決着だとも思うんだ。だから、いいさ。ボクはボクでまだやれることをやるよ。──君たちはハルコに追いつくつもりのようだけど、お生憎だね。ボクはもう誰も通すつもりがない」
まずはハルコだけを通せ。それが命令。それは守った。だけど、その後に他の勇者も通せとは言われていない。だからそれは守らない。その解釈が正しくないと知っていてもあえて知らないふりをする。ザリークは勇者一行に何をするよりもまず、ハルコを通した。
他の四人についてはここで死んでもらう。そのための用意は、ちゃんとしてきている。
「そもそも追いつける気でいるのが不遜だよ、君たち。100パーセントの出来に加えてボクの強化もしっかりと乗っているこのブラックミラーズはつまり、生前よりパワーアップした四災将が揃い踏みでいるってことなんだ。ふふ! 君たちの中でもリーダー格であろう特別な勇者ハルコを欠いて勝ち目なんてあるはずもない。そんなこともわからないくらいに君たちは焦っているのか、それとも強がっているのか。どちらであってもボクにはとても哀れに見えるよ」
前代未聞の「五人の勇者」。魔王はむしろそのイレギュラーを望んでいたかのように喜んだが、ザリークはバロッサからそれを打ち明けられたときに見せた動揺そのままに、もしくはそれ以上に慄いていた。たった個人で魔王を含めた魔族全体と拮抗するのが勇者。女神より力を授かった異常人間。それが五人もいるとなれば、如何に今代の魔王の傑物ぶりを知り得ていようとも勝利の確信も揺らぐというもの。
四災将を模した暗黒鏡人形はハルコを確実に殺す、それだけのために用意したものだ。ザリークは疑っていない。バロッサの言、そして魔王からの特別視、何より自身が特別であるとハルコ本人が自慢げに訴えていて、そこに嘘や演技の匂いがまったくなかったから。故に彼は未だにハルコこそが勇者一行の中でも一際に格の高い特別な存在だと信じ切っている。だからハルコさえ消してしまえば「五人の勇者」の脅威もある程度は下がる。そしてそれはバルフレアと協力すればさほど難しくないとも、算段を立てていたが。
しかし当の魔王がハルコを気に入ってしまい直接対決を望むからには、彼女の消し方には魔王の意思を無視するに足るだけの説得力が求められ、またバルフレアは基本的に魔王の希望に沿うことでしか動かない。その結果が今だが、まあ、言った通りそれはまだいい。最善こそ逃したがハルコ以外の勇者がこの場に留まっている現状は、「ハルコだけ」ではなく「ハルコ以外」を消せるこの状況は次善である。と、ザリークは笑みを絶やさない。
「四対四だ。君たちはこれから一人につき一人、四災将を倒さなくちゃならない。それも強化込みで言わば120パーセントの強さの四災将を! 絶望的だろう? これが魔王様に選ばれてもいないそこらの魔族だっていうのならともかく、これまでに散々君たちを苦しめてきた四災将だ。それが更に力を付けて立ち塞がっているんだからもう進む道はない。かといって勿論! 後戻りだってできないけどね──って」
滔々と気持ちよく、作り上げた傑作によって生まれた優位に酔いしれながら語っていたザリークだったが。いつの間にやら勇者たちは自分の話にまったく耳を傾けていなかった。
「うん~。できれば今度こそキャンディをちゃんとやっつけたいんだぁ。ウチが仕留め損ねたせいでハルっちを大変な目に遭わせちゃったの、気になってたから~」
「私も、ロードリウスともう一度戦えるのはありがたい。今度こそ私の手で奴を倒したい」
「その、わ、わたしも……ハルコさんを傷付けたスタンギルを、まだ許せてないので……」
「わかりました、ではコマレが残っているイレイズを担当するということで。ああ、いいんですいいんです。コマレとしても極度に硬いという彼女には興味があるので。魔王と戦う前のいい前哨戦になりそうです」
こちらをスルーして何をしているのかと思えば、誰が誰と戦うかの相談に精を出している。どうやら混戦を演じる気はないようで彼女たちは四対四というよりも一対一の場を四つ作ろうとしているらしい。
……ブラックミラーズは模写の人形。その戦い方も(ある程度はザリークの指示に従うものの)写し取られた本人そのままだ。よって偽の四災将たちも本物同様に連携など取らないし、取れない。まだしも混戦になれば有利なのは息を合わせるということを知っている勇者側のほうだ。ザリークはそう分析しているし、おそらく勇者側も同じような考えを持っているはず。魔族にコンビネーションなるものは存在しないと彼女たちだってこれまでの戦いから存じているはずだから。
なのに個人戦を自分たちから望むのは、つまり──。
「舐めてんのかよ、このボクを。このボクが作り上げた最高傑作を……!」




