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256 失望させないでほしいね

 一人だけ? を、素通りさせるって?


 意味がわからない。魔王のために勇者一行をここで食い止める。それがザリークの役目だろうに、何を堂々と放棄しようとしているのか。そもそもどういう発想で一人だけ通すなんて言っているのか、まったくもって理解ができなかった。


「そんな馬鹿を見るような目はやめてほしいな。仕方ないだろう? 魔王様からのお達しなんだ。ボクとしても遺憾ではあるけど、命令なら否やなんてない。言われた通りにするだけさ」

「魔王が、勇者を一人だけ寄越せって?」


 ルーキン王を目当てにやってきておきながらそんなことを言うのもそれはそれで意味がわからないが、まあアンちゃんだからな。どういう気紛れで、あるいは傍からは気紛れにしか思えない拘りから、ひょんなことを言い出してもおかしくはなさそうだ。実際彼女がそういう人物だからこそザリークも致し方なしの体で命令に従っているんだろう。


「ひ──一人、っていうのは。誰でもいいんですか」


 おっと。珍しくも敵対者に対して──味方陣営でもそうだけど──シズキちゃんから質問が飛んだ。声音は低めで、目付きは険しめで。それでもシズキちゃんはその小動物めいた外見のせいで可愛らしいものの、可愛いらしいなりに精一杯の敵意が表れている。それを真っ向から受け止めて、ザリークの笑みは深まった。


「いいや? 魔王様の御指名で通るべき一人は決まっている。誰でもいいってわけじゃあないよ」

「まさか」

「あは、やはりわかるか。そうさその通り、魔王様がお呼びなのは──勇者ハルコ。ああ、君だとも。君だけがここを通る権利を与えられている。光栄なことだね? もっと嬉しそうな顔をしたらいい」

「行かせません」


 指差すザリークからまるで私を庇うように、シズキちゃんが前に立った。


「行かせられない。魔王がハルコさんを呼んでいるのなら、なおさら……です」


「行かせられないって。それでいいのかい? 君らはこの国の王を守るために必死こいて駆け付けたんだろうに。今ならほら、まだ間に合うよ? 魔王様はまだ手を出しちゃいない、これは誓って本当だ。魔王様のことに関してボクは決して嘘をつかない。でも、それもいつまで持つか。少なくともボクのミラーズと戦っているだけの暇はないと思うけどねぇ。……魔王様がお待ちかねの勇者ハルコ、君が行けば、きっと魔王様も国王より君を優先するはずだよ」


「……!」


 そういうことか。ザリーク、こいつの役目は勇者全員・・を食い止めることじゃない。私以外を食い止める。そうして魔王が私だけと対面できる場を設けること、それが課せられた仕事なんだ。


 これを突っぱねるのは……正直、難しいな。見え見えの危険に飛び込まなくちゃならない身としては冗談キツいよって感じなんだけど、魔王がもうルーキン王の下に辿り着いてしまっている以上は誰か一人だけでも先行する必要が、確かにある。ザリークに、というか黒四災将たちに勝つことだけを考えるなら全員で戦うのがそりゃ一番だけど、その選択をすればきっと魔王は容赦なくルーキン王を殺す。そう宣言されたも同然な状況なんだから。

 

 ……魔王が奇妙なくらいゆっくりと中央通りを丹念に潰しながら侵攻したのは、ひょっとすれば。いやひょっとしなくても、まさに今のこの状況を作り出すためだったんじゃなかろうか。勇者の参戦を待っていた。そしてその中からまず私をピックするために。最初からそれを目的にしていたんじゃないかと思える。


 魔王は、アンちゃんはきっと言ったことを曲げない奴だ。そのアンちゃんが言ったのだ──再戦すると。私の受け答えも聞かず一方的に約束を取り付けて彼女はロウジアを去って行った。それを果たすときが来た。と、向こうとしてはその気が満々なんだろう。いやマジで冗談キツいって。


 ま、しゃーないか。


「シズキちゃん」

「ハルコさん、そんな。だめです、だめですよ……またハルコさんを一人になんて」

 

 前に立つシズキちゃんの肩に手を置いて、私が前に出ようとすれば。彼女はその手を掴んで離さない。そしていやいやとまるで子どもみたいに首を振る。振り払うこともできずに私が困っていると、「シズキ」とカザリちゃんから助け舟。


「名指しされて決断を迫られているのは、ハルコ。これはハルコが決めるべきこと」


 私を掴むシズキちゃんの手をそっと引き離しながら、カザリちゃんの静かな目が私を見つめる。


「どうしたいの。あなたが行きたいなら、止めない。ここで一緒に戦うのなら、反対もしない」

「先に行っとく。ゴドリスさんやシュリトウさんに託されたんだから、ちゃんと勇者としての使命を果たさなきゃ」


 それで魔王との一対一っていう、あまりにも激ヤバな時間を過ごすことになったとしてもだ。臆してなんていられない。なんなら私だけで魔王を倒してやるぜ、くらいの意気込みでいなきゃ。そうでないとやってらんないからね。


「ハルコさん……」

「シズキちゃんの気持ちは伝わってるよ。それだけ心配してくれてすごく嬉しい。だからさ、どうしても私を一人にしたくないっていうなら……ザリークの手駒に成り下がった四災将なんてサクッとぶっ倒して、すぐに応援に来てよ。ね?」

 

 そうお願いしてもシズキちゃんの顔はとても悲しげだったけど、頷いてはくれた。その瞳にも闘志が宿っているように、私には見えた。うん。これならシズキちゃんは大丈夫。こうなった彼女は勇者パーティにおいても最強格だからね。


 それに他の三人に関しても、私のほうが心配するようなことは何もない。


「ナゴミちゃん、コマレちゃん、カザリちゃん。頑張って!」

「にゃは。どっちかっていうとそれはウチらの台詞だと思うけどな~。ハルっちも、できるだけ無理はしないでね」

「送り出すのに不安があるのはコマレたちも同じなんですからね。……でも、止めるつもりも元々ありません。そんなことしたって無駄でしょうから」

「得意のマイペースで少しでも時間を稼ぐといい。なるべく早く、私たちも行く」

「……うん!」


 激励、と言うには少し気になる言われ方をされたけど、まあ励ましの言葉であることに変わりはない。私はそれに応えるべくぐっとサムズアップをして、シズキちゃんの頭をひと撫でしてから、ザリークと向き直った。


「通っても?」

「勿論、いいとも。ボクもミラーズも君には何もしない。君にはね」


 黒四災将が私の通り道を明けた。右にスタンギルとロードリウス、左にイレイズとキャンディ。ただのザリークの命令通りに動く人形でしかないとはわかっていても、この四人に挟まれるのは相当な圧迫感があった。おっかなびっくりと慎重に通り抜けたけど、ザリークは言った通りに何も仕掛けてこなかった。


「ふふ、そう警戒しなくたっていいのに。魔王様が欲しがるものを横取りなんてするわけないじゃないか」


 すれ違いざま、くすくすと笑いながらザリークは私を見上げて言った。


「勇者ハルコ。君の決断をボクは嬉しく思うよ──それだけに、くれぐれも魔王様を失望させないでほしいね」

「失望?」

「ああ。君に大層とご期待だからね、魔王様は。ちゃんと応えておくれよ? でないとボク、君の仲間に何をしちゃうかわからないから」

「……シンプルに脅しのセンスがないな、ザリーク」

「は?」


 私は立ち止まらず、背中越しにザリークへ言いたいことを言う。


「ひとつ、魔王が私に何を期待してようがしてなかろうが知ったこっちゃない。ふたつ、私の仲間はあんたなんかにどうこうされるほど弱くない! そんだけ。じゃあね」


 振り向かないままひらりと手を振って、王の間へ通じる大扉の前に立てば、何かしらザリークが用意でもしていたのか独りでに開いた。そんで中に入れば今度は独りでに閉まっていく……そこでも私は振り向かなかった。扉が閉まり切るまで待って、それから狭い通路を行く。さあ、魔王もルーキン王ももう目の前だ。


 ここからはしばらく一人。張り切っていこうじゃないの!



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