255 暗黒鏡人形
王の間に続く広い廊下の突き当たり、その手前。謁見の前の待機場でもあるそこにどこからともなくザリークは出現した。少なくとも私にはそう見えたんだけど、ナゴミちゃんはそれより先に何かに勘付いていた。ってことは、私が気付けなかっただけできっと奴は潜んでいたんだろう。
「……どうしてわかったのかな」
ザリークの右手には札みたいな形の小さな鏡がある。それを見せつけるようにしながら、薄ら笑いの表情で言う。
「鏡門。ボクの気配や魔力が漏れ出さない特製品、のつもりだったんだけどな」
ひらひらと鏡のカードを揺らすザリーク。そうか、廊下のどこかにあれが置かれていたのをとびきり目のいいナゴミちゃんは──あるいは他の五感や、第六感によってかもしれないけど──先んじて発見できたってわけか。
鏡門……門ね。あそこから出てきたってこと、だよね。正門通路の偽兵団ももしかしたらあれと同じ物から湧いてきたのかもな。思えばその直前にちかっと目を刺した光は鏡からの反射光だったのか?
なんにせよ、自分や他の術の出し入れができるのにそれそのものはただの鏡にしか見えないとは厄介だ。ザリークらしい、イヤな使い方がいくらでもできそうな術。それをどうやって見破ったかなんて教えてやる義理はない。私たちは黙って構えを取るだけだった。
ふ、とザリークは薄ら笑う。
「いいさ、どうせ奇襲なんて考えてなかった。少し驚かせたかっただけ。サプライズが失敗したからってそう落ち込みはしないよ。──本当のサプライズはこれからなんだから」
パリン、と手の鏡を割り砕くザリーク。その破片が散ったそこには、新たに四枚のカードがあった。手品じゃん。何をちょっと小粋な演出をしてんだこいつ。
「君たちが来る前に接続は済んでいる。紹介しようじゃないか、ボクの手駒たちを」
四枚の鏡のカード。それを広げて見せつけるザリーク。何かが出てくる、と理解した瞬間にはもうそこにいた。一枚につき一体。またぞろ偽兵団みたいに大勢でこの廊下を溢れさせるかと思いきや数は控え目。その点に関してだけはホッと息をついた私だったが、出てきたその四人が「誰なのか」を理解したことで吐き出したばかりの息をすぐに飲み込むことになった。
「なっ、なんで……そいつらがここに!?」
スタンギル。
ロードリウス。
イレイズ。
キャンディ。
見間違えるはずもない。肌が黒く染まり、表情もなく、言葉を発さない。妙な違和感はあれどそこに立ち並ぶ四人の魔族は間違いなく、私たちが倒してきた四災将そのものだった。
復活した……?! いや、それはキャンディしか持っていない能力。そのキャンディだって三度死んだことでもう蘇らない、はずだけど。でもだとしたら目の前にいるこいつらはいったいなんだっていうんだ?
「いいリアクションだね。でも残念、蘇ったわけじゃあない。これは彼らの在りし日の姿さ。鏡に写し取った虚像、鏡人形。それを現実に持ってきた。ボクにはそういうこともできる」
でも所詮は虚像だからね、と肩をすくめながらザリークは続ける。
「性能で言えば実物の精々五、六割。その程度の再現率なんだ。そこをボク自身の強化術で補うのが常なわけだけど、それ含めたってバルフレアの暗形にはちょっと敵わない。あっちはあっちで模倣対象が死ねば暗形も消えるし出せる場所も限定されるっていう制約があって自由度で負けているけどね。まあ、だとしてもほぼ100パーセントの精度で模倣できるほうが鏡写術としては格上ではあるかな。悔しいけど。すごいでしょ、バルフレアって。ボクと並んで魔王様の側近に選ばれるだけのことはあるよね」
相変わらずよく喋る奴。そう思いながら私は、黙りこくったままの四災将たちの圧なんて感じていないみたいに笑みを返してやる。
「あのさ。そのおすごいバルフレアもとっくに負けてるってわかってんの?」
「はは! 君たちがここにいるんだからそれはそうでしょ。彼の力を借りておいたのは正しかったってことだ」
「力を借りた?」
「そ。戦ったならわかるだろう? ボクのミラーズにバルフレアの魔力も籠っているってのがさ」
……! 偽兵団も四災将も、真っ黒なのはやっぱりそういうことなのか。バルフレアが出した黒い偽物と同じで……それとザリークの鏡映しの人形が合体しているってこと? 理屈はよくわからないけど、とにかく魔族二人の共同作業で生み出されているのがこの偽の四災将であるらしい。
「実物の有無に関わらず残り続ける、実物据え置きの性能を持つ究極の鏡人形の完成だ! 君たちを迎え撃つにはこれ以外にないと思ってね、魔王様の口添えも頂いて渋るバルフレアに協力させたんだよ。調整を重ねた暗黒鏡人形。是非とも堪能してほしいなぁ」
ブラックミラーズ……そういえばこいつ、襲撃をかけてきたときにも変な人型を出す術を使っていたっけな。それをあっさりとコマレちゃんたちに破られたものだから、それの反省、というか復讐として術を改造してきたって感じか。その手段として魔王に言わせて無理やり他人の力を拝借しているあたりせせこましいというかなんというか。それでよくこんな大きな顔ができるなってむしろ感心しちゃうくらいだ。
けど、やり方こそせこせこしていてもその結果は十二分にヤバい。ザリークの誇張でないならこの黒い四災将は本人同然の実力を、その特異な能力も含めて持ち合わせていることになる。魔族の幹部クラスが揃い踏み。魔王との直接対決を前にしてまたこいつらと戦り合うのは相当に無茶だ。
「魔王が引き連れていた部下というのは、あなたが術で作り上げた彼らのことだったんですね。ミヤコ市場で選兵団を壊滅させたのも」
「ん? ああ、そうだよ。バルフレアとは王都へ攻め込む前に別れているからね。魔王様の御付きはこのボク一人だけ。ボク一人で、充分だ。露払いから殿からお世話係としてもね」
……なるほど。ザリークは(馬鹿みたいに)自慢に繋げたけど、コマレちゃんの質問の意図は私たちには明白だった。ゴドリスさんの言っていた『四体の魔族』が黒四災将であることの裏付けを取りつつ、他にも未知の魔族がいたりしないかという確認のためのものだ。そしてプライドの高い魔族の中でも一段とこじらせている様子のザリークがここまで鼻高々に単独なのを強調するからには、他に配下はいない。魔王を倒すための障害は今ここにあるだけが全てということになる。
「五対五。数は合っている」
カザリちゃんの低い声での呟き。一人一殺。それでちゃちゃっとここを抜けて、王の間に既に入り込んでいるはずの魔王を止める。今この瞬間にも命の危機に置かれているルーキン王を助け出すためにはそうするしかない。
消耗は織り込んで、最速最短に制する……!
「ストップだ。ボクから提案がある。君たちにとっても利のあるマッチアップの提案がね」
「は?」
いざ仕掛けよう、と機運が高まったところでそれを牽制するみたいにザリークがそんなことを宣った。いきなりマッチアップなどと言われてもその意味が咀嚼できずにいる私たちに、奴は癪に障る薄ら笑いを顔から消さないままに続けて。
「ボクは魔王様にお仕えする戦士、だけど、以前にも言った通り戦いは嫌いだ。それが役目の四災将と違って自ら切った張ったをするタイプじゃないんでね……そこで。ボクは戦わず、ブラックミラーズだけで相手をしよう。それに合わせて君たちも四人だけでブラックミラーズと戦ってもらいたい。その代わりに」
──一人だけ、魔王様の下へ向かうことを許す。
と、挑発するように。挑戦するようにザリークはそう言った。




