253 正面突破
救助活動を手伝わず私たちは先を急ぐことになった。医療の手が明らかに足りてない状況にコマレちゃんは癒者の手伝いを申し出たけど、少しだけ迷う素振りを見せながらもゴドリスさんはそれを拒否した。
今ここでコマレちゃんだけでも残って治癒に励めば救える命や、早い処置でなくせる負傷もあるだろう。手当てが迅速なほど傷の治りがいいのは通常の医療も治癒術も変わらない。他ならぬゴドリスさんがまさにその当人だ。
どうやら治療の手を他の兵士に当てて自分のことは完全に後回しにしているようだけど、彼だってこうしてなんてことないように会話できているのがおかしなくらいには重傷者であり、下手をすれば命を落としかねない状態にある。私たちは彼が責任感の強い人だと知っている。少しでも体が動くのであれば救護に自身も加わっているはずだということも、わかっている。彼がそうせずにただ亡くなった部下たちの冥福を祈っているだけだったのは、つまりはそういうことなのだ。
それでもゴドリスさんは自分も含め、魔王の侵攻を阻むために戦った選兵団のために勇者の一人がここに留まることを良しとはしなかった。
「いけません。貴女方の使命は魔王を討つことであり、私たちを救うことではありません。そして私たちの任務は貴女方の到着を待ち、前線を引き継ぐことにあった。時間いっぱいにとは行きませんでしたが……不甲斐ないこの身にせめて全うさせてください。コマレ殿、貴女の時間と魔力は全てどうか、魔王へ」
ゴドリスさんの言うことはもっともでもあった。これだけの人数、これだけの負傷となるとコマレちゃんがいくら癒者としての腕前を本職顔負けレベルに上げていたって一段落までには相当な時間を要する。消費する魔力もだ。私一人の傷を治すのとはまったく訳が違う。コマレちゃんをここに残していくっていうのは魔王とその五人の部下たちとの戦いに彼女を欠くっていうことであり、仮に決着までに間に合ったとしても本来の実力を出せないのもほぼ確定する……つまりは勝利を目指すにおいては完全なる悪手なのだ。
「そう、ですね……。でも」
自分の手で治せるから。救えるからなんだろう。いつもは合理的な判断のできる、勇者パーティの明晰な頭脳であるはずのコマレちゃんが、ゴドリスさんの主張の正しさを認めつつも渋る様子を見せた。
彼女の目線の先には救いを求めてうわ言を上げている兵士がいる。顔のほとんどが潰れている上に腹部にも大きな傷。あれは、辛いだろうな。意識を失くしていないだけに余計に。コマレちゃんならきっとあの人だって数分魔力を注ぐだけで小康状態くらいには持ち直せるんだろう──だけど、彼女がそうしなきゃいけないのはあの人だけじゃない。他にも何十人といるんだ。
「行こう、コマレちゃん」
「! ハルコさん。で、ですが──」
「見る方向が違うよ。私たちが見なきゃいけないのは、あっち。そうでしょ?」
私たちがやってきたのとは反対、王城へと通じる道を指して私は言う。真剣に、厳しさも込めて。
決断は私が背負う。救えるコマレちゃんには、見捨てさせない。ここで見捨てる決断をするのは私だ。それでいい。そうしてほしい。そう思って見つめれば、コマレちゃんはハッとした顔をして。それから、唇を噛みながら頷いてくれた。
彼女だけでなく他の皆も、特にシズキちゃんはすごく辛そうにしているが、どうしようもない。私たちがやらなくちゃいけないのは全員で魔王一派へ立ち向かい、勝つことだ。そうして魔族に傷付けられ殺される被害者を今後一切生まないこと。それが、ゴドリスさんにも望まれている勇者が果たすべき使命。
「王城へ向かいます」
「ご武運を」
最後に交わした言葉はそれだけだった。ゴドリスさんは一人、敬礼をしたまま私たちを見送ってくれる。そうだ、彼は一人なんだ。彼の右腕であるはずのアルバさんの姿はどこにもない。それが何を意味するのか、私は考えないようにした。
「アザミス。自分の足で歩かなくていいから索敵を怠るなよ」
「歩かなくていいからは余計でしょーに……でも、了解です」
惨憺のミヤコ市場を抜けて私たちの警戒心はいっそうに募る。アザミスの精霊は悪意の気配を感じていないようだけど、念には念を入れてシュリトウさんと共に魔族の伏兵とその仕込みがないか警戒して急ぎつつも慎重に進む。ここでもう少しだからと逸って罠を踏んで大打撃、なんて間抜けなことにはなりたくない。
思えば卓越した観察力を持つシュリトウさんと、そんなシュリトウさんの目にも映らないものを感知できるアザミスはトラップ回避にこれ以上なく優れたコンビだな。一方はスレイプニルの操縦、もう一方はスレイプニルの走行距離を短くするための術、を重視されて声がかかったんだろうけど、こういう技量においても私たちを王都へ届けるための人選としては抜群のものがある。あるいはマーロンさんが魔王襲来の急報を受けて即座にこの二人を呼んだのはそこも踏まえてのことだったのかもしれない。
そんな彼らの索敵能力を大いに頼りにしつつ、私たちも私たちでそれぞれ怪しいものを見逃さないようにと注意深く進んだが、結局のところ新たな罠も潜んでいる魔族もなく、何事もなく王城前に到着した。けれど、私たちにこそ何事もなくともそこにはまた惨事が広がっていた。
「魔術師部隊が全滅か。これも魔王の配下によるものだろう。どうやら配下であっても敵を選ばん程度には腕があるようだ」
ゴドリスさんの言では魔王がミヤコ市場を抜けてから時間はそんなに経っていないはず。そこからここまでの道のりも丹念に建物が潰されていたことから──けれどミヤコ市場以前までよりも破壊範囲は狭まっていた──特別歩みを早めたわけでもないだろう。ということは、魔術師部隊が迎え撃った時点で魔王ではなく例の四人いるというザリーク以外の魔族が矢面に立って、短時間で部隊を壊滅させたのだと思われる。
ミヤコ市場に引き続きまず魔王が戦っていたのなら、きっとまたぞろ弄んでもっと時間がかかっていたに違いない。それを当人が自戒したのか、ザリークあたりが急かしたのかは知らないが、いずれにしろのんびりとした侵攻を行なっていた魔王はここにきて初めて先を急いだってことになる。それは……もしかしなくても感じ取っているから、なんだろうな。
私たちの接近を。
「う。これは、すげーですね。強烈な悪意です」
選兵団にそうしたように全員が倒れ伏している魔術師部隊の合間を涙を飲んで駆け抜けて、とうとう王城へ到着。その敷地内へ入るべく城門を越えようとした、ところでアザミスが引き攣った声を出した。
「線引きがくっきりです。一歩。一歩でも敷地内に入れば、おそらく敵の術が作動します」
「また罠があるってことか。さっきみたいなやつ?」
「いえ、今度のは先ほどのような単純な攻撃術ではねーみてーです」
もっと複雑で面倒な気配がする、とアザミスは難しい顔をして言う。私からすればさっきの刃が飛び出てくる罠だって充分に複雑だし面倒な術だったけど、それを涼しい顔で無力化してみせた彼がここまで言うからには、この門だかその先だかをトリガーとして仕込まれているらしい罠は相当ヤバめなものだってのが踏む前からよくわかる。
とはいえまごまごしてはいられない。裏門に回り込むのでは時間のロスが大きいし、横の壁から越えていくにしたってそれで罠を回避できる保証もない。ここは腹をくくって堂々の正面突破がいいだろう。魔王がそうしたように、追いつくべくやってきた私たちだって同じことをしなくては。
さあ、いざ決戦の始まりだ……!




