251 鏡の刃
中央通りは王都最大の大通りであり、中央門から王城、そして中央裏門までを真っ直ぐ貫くメインストリートでもある。それだけに道の広さも相当なもの、ではあるんだけど、その分だけ景観のための草木だとかちょっとした噴水だとか、それに露店だとか休憩場だとかも道すがらにたくさんあって、スペース的な意味ではそんなに広くはない。いやそれでも大勢が行き交えるだけの幅は充分にあるんだけど、それはあくまで人間基準。馬車を通すには大変な道、というのが王都民の常識でもあるようで。
そして我らがスレイプニルは普通の馬よりも一回りも二回りも大きい立派すぎる体格をしていて、それが二頭並んで走るとなったらそれはもう、通常の馬車が通るのに必要なスペースの二倍から三倍は欲しいところだ。もちろん中央通りにスレイプニルが駆け抜けられるだけの幅はどうしても捻出できない。ということで、中央門を潜ったあとは自分たちの足で移動する。そういう予定でいたのを、魔王が丁寧にも──いや乱暴にも中央通りの全てを破壊しつくしていっているものだから、これならスレイプニルを走らせることができる。あっという間に魔王の下まで辿り着けられる。
シュリトウさんを始め私たちがそう早合点しそうになったのを、アザミスが冷静に諫めてくれた。
「例えばほら、すぐそこです。見ていてください」
アザミスが指差したそこは、建物や敷石の残骸である瓦礫だけが敷き詰められているところだった。つまりは他と変わらないなんの変哲もない場所だ。だけど、そこにぼうっと白い光が浮かび上がる。
「魔力反応を目に見えるようにしました。これが出るってことは、そこに術式で組まれた罠がある証拠です。作動させますよ、一応は気を付けておいてください」
そう言うとアザミスは懐から白い石? みたいな物を取り出して、拳に隠れるくらいの大きさのそれを光っている部分へ投げ入れた。こん、と石同士が衝突する音がして──その瓦礫の下から勢いよく刃がいくつも、剣山みたいに密集して飛び出した。
「……!」
透明な刃──いや、これは鏡か? 周囲の景色を映しているそれを見て、この罠を仕掛けたのが何者なのかピンときた。
「ザリークだ。あんにゃろう、通りがかりにこんなもん仕掛けていきやがったのか」
瓦礫すら切り裂いている鏡の刃の切れ味は相当なもの。気付かずにあそこを踏んでいたら大変なことになっていた。私たちでも運が悪ければ即死もあり得る、めちゃくちゃ凶悪な魔術版のブービートラップだ。
魔王に付き従いながらせっせと罠まで仕込んだのは嫌がらせのつもりか、本気でこれで追跡者を排除する腹積もりだったのか。……本気かもな。バルフレアを送り込んだのだって魔王っていうよりもザリークの発案だったみたいだし。どうやらあのがきんちょは魔王と違って割かしガチ目に私たちと対面するのを望んでいないように思える。
この罠も、魔王がわざわざ作り上げた「自分の痕跡道」を利用してのもの。咄嗟に思い付いたやり方だろうにかなりあくどくて嫌らしい……これも印象通りって感じでいかにもザリークっぽいわな。
「ご覧の通りに単純ながら強力な殺傷力を持った術です。道向こうまでこれの類似品がいくつも仕掛けられているんで、避けようがないスレイプニルではこれ以上先には進めません。理解できましたか、シュリトウ」
「ちっ。揃いも揃って魔王の配下共はそういう手合いばかりか」
トラップ戦法はするのもやられるのも好みではないようで──あるいはスレイプニルで王都内を走れるまたとない機会を逃したことが不満なのか──不機嫌に鼻を鳴らしたシュリトウさんは御者台から飛び降りる。それに続いて私たちも降車すれば、なんとスレイプニルは指示を受ける前から門脇のそれなりに広くて瓦礫も積もっていないスペースへ自分から移動して待機の体勢を取った。
す、すげえ。馬車組合が貸してくれる馬たちも大概に賢い子ばかりだったけど、スレイプニルはそれ以上だ。さすがは魔物。別名に神を冠するだけのことはあるよね……マジ神だもんこの子たち。
「今みたいにあたいが魔術の痕跡を見つけては浮かび上がらせていくんで、それを踏まないように進みましょう」
「それも精霊の力なんですか?」
「ええ、そーですよ。森精霊は人の悪意に敏感なのでこういうのに向いているんです。色付けに関してはあたいがやっているんですが」
ほほう、と何度も頷くコマレちゃんは実に興味深そうにしていて、もっと詳しく──たぶんどうやって他者の術へ色を付けるのか、つまりは干渉の方法について──聞き出したがっているのは明白だったけど、それを強靭な自制心で抑え込んでいるってのもよくわかる。ぶっちゃけアザミスたちエルフの使う精霊術は同じ魔術と呼ばれるものと言っても人間のそれとは何もかも勝手が違うみたいなので、いくらコマレちゃんが魔術の才能に溢れていると言っても……いや、人間としての魔術の才が突出しているだけになおさら、アザミスのやり方を聞いても参考にはならないような気もするんだけどね。
まあそこはコマレちゃんだって承知の上だろうし、あくまで知識欲なんだろうな。だからこそ質問攻めをぐっと堪えたんだ。何せアザミスはこれからずっと瓦礫の下の地雷を発見していかなくちゃならないんだ。その集中を余計なお喋りで乱すわけにはいかない。
「よし……行けそうです。あたいの後ろについてきてください」
頼もしいアザミスの言葉に同意を返し、その小さくも大きな背中の後ろから私たちは二列になって歩く。アザミスのすぐ後ろにコマレちゃんとカザリちゃん、その後ろに私とシズキちゃん、最後尾にナゴミちゃんとシュリトウさんという並びだ。陣形っていうよりも各々の得意や戦う適性距離から選んだ立ち位置で、特に前方からの魔術攻撃、後方からの接近&奇襲に備えた隊列だ。
もしも左右から来た場合は私とシズキちゃんがなんとかするわけだけど……勇者パーティ最高の守備力(これは自衛に限らず守れるものが多いっていう意味での守備力だ)を誇るシズキちゃんと同じ役割を担うとなるとさすがに荷が重いなぁ。や、弱音を吐くつもりはないけどどうしたって防衛力には歴然とした差があるものだからさ。
身体能力同様、糸繰りだって以前よりもずっと強化されてはいるけど、比較対象がショーちゃんとなるといくらなんでも分が悪い。糸で壁を作ったり拘束したりとショーちゃんと同じことがある程度できるってんでこの立ち位置になったわけだが、まったく同じようにはいかないからな。私の場合自分一人でどうにかするってんじゃなくて前のコマレちゃんや後ろのナゴミちゃんとの連携を第一に意識しておくのが良さそうだ。そうも言っていられない状況にはならないことを祈っといてさ。
と言っても本当に敵とコンタクトすれば立ち位置なんてすぐ入れ替わるだろうけど。この隊列は接敵の瞬間そのときのみに対応するためのものであって、これを崩さずに戦おうってんじゃないのだ。
「すごい数ですね、これ。術の形式や魔力の質からして全て個人で仕掛けているみてーですが……だとしたらかなりの腕前の術者です」
「魔王の左腕、らしいからね。これをやったはずの魔族は」
「左腕ですか。どーりで」
またもうんざりしたように納得を示したアザミスは、でもその口調とは裏腹に真剣に、慎重に罠を炙り出して私たちの安全を確保してくれている。助かる、なんてものじゃないね。彼がいなかったらどうにもならなかったレベルで超有能だ。あとは、そろそろ本気で疲れてきている様子の彼の体力が最後まで持ってくれるか。そこだけが懸念だった。




