250 王都へ
私たちは中央門、魔王が侵入したのと同じ門から王都入りすることになった。なった、というか出発前からそうする段取りをシュリトウさんやアーストンの街頭人であるマーロンさんは立てていたようだった。というのも他の門は──限られた人しか利用できないものも含めて──十二個あるらしいけど、その全てが王都市民らの避難のために開放されて使われているからだ。
王都は他都市に比べてべらぼうに広く、それだけ居住者や他都市から来ている人もはちゃめちゃに多い。襲撃から二時間半以上、避難開始からもそれに近いくらい経っていると言ってもまだ全市民が逃げきれているわけじゃないのだ。さすがに戦闘域に設定されたミヤコ市場及びその周辺区画あたりからは人気も絶えているだろうけど、各門の近くではまだまだ順番待ちの人でごった返しているのが予想される。
なもんで、魔王の進行開始地点である中央門から入るのがいい。ここは十二個の中で唯一避難民が利用しない(というかできない)門なので私たちも群衆に足を取られることなく王都へ踏み込むことができる。しかも、私たちが進むのはそのまま魔王の進行経路でもあり、街に刻まれているであろう破壊の跡を辿っていくだけでそれをした張本人に辿り着くってわけだ。手っ取り早くていいよね。
一番近い門から入るよりも若干だけ遠回りにはなったけど、中央門を選ぶ利点はこれだけ大きくてむしろ時間的にはプラス(いや所要時間が減っているんだからマイナスと言うべき?)であると理解した私たちに否やなどあろうはずもなく、一応の確認、というか説明を行ったシュリトウさんに揃って了承を返し、そしてとうとう私たちは門の正面までやってきた。
儀の巡礼も試練の旅路も終えて、約二ヶ月ぶりに王都へと帰ってきたのだ──けど。
「うへえ」
帰還の感動や感慨を覚えることはなかった。無惨にぶっ壊されている立派な(きっとそうだったはずの)門を前にしてはそういうのに浸れもしないわな。
「随分と乱暴なノックをしてくれたらしいな、魔王は」
「そうみてーです」
もはや門としての役割を果たしていないそれを見て好戦的な笑みを浮かべるシュリトウさんと、いかにもうんざりしている様子のアザミス。態度は対照的だけど、二人ともこんなことを仕出かした魔王への──それは門の破壊そのものというより王都への侵攻に対してのものだろう──怒りを抱いているのが傍にいる私にはよくわかった。
それはきっと私も同じ気持ちだからだ。王都に滞在していたのは正味三日もない程度で、その前までは当然縁も所縁もない場所だったけど、だとしてもここは私たちが勇者として始まった地だ。魔王を倒す使命があることを強く認識した、決意の地。だから私たちにとっても特別な場所なのは間違いないく、そこが魔王に好き放題にされているとなったらむかっ腹も立つってものだった。
「行くぞ。気配はないが先刻のバルフレアとやらの例もある。伏兵には注意しておけよ」
街入りする瞬間が最も危ない。敵からすれば目的地について先を急ごうとする私たちは格好の的になる。今はまだ見通しがいいから少しは安心もできるが、街中に入れば一転して隠れ場所だらけだ。そのどこにバルフレア同様の待ち伏せをかましている魔族がいるかも知れないからには、シュリトウさんの言う通り警戒は怠れない。
と、用心深く扉のなくなった門の残骸を踏み越えるように外壁の内へと入った私たちだったが。そこに広がる光景に、思わず警戒も忘れて絶句してしまった。
「これは……」
「ひ、ひどい」
一面の破壊痕だった。そこにあるのはそれだけ。右も左も正面も瓦礫。中央通りと呼ばれている王都最大の大通りの全てが壊されて、無事な建物がひとつもない。あまりにも徹底した壊し方。道の上から新しく何もない道が刻まれた異様な景色には、さしものシュリトウさんやアザミスも言葉が出ないようだった。
「これ、わざわざ逐一に壊していってますよね」
「だろうね。そうでなきゃただ進むだけでここまで綺麗に建物がなくなるなんてあり得ないもの」
選兵団が魔王を迎え撃ったのはもっとずっと先にあるミヤコ市場だ。この地点ではまだ戦闘行為はなかったはず。というか、もしも魔王に抗った人がいたとしてもこんな被害は生じない。中央通りに沿ってのみ、まるで道標のごとくに破壊の跡が出来上がるなんてことは──道標?
「意図的にこんなことをした、のなら。その意図はひとつしか考えられない」
カザリちゃんも同じことを考えている。それに対してコマレちゃんが同意を示して頷いた。
「コマレたち勇者へ、自分の辿った道と居場所を教えているんですね」
そういうこと、なんだろうな。そのためだけにこんな悪趣味な真似をしたんだ。通り道にパン屑を落とすように、その代わりとして全てを壊すことで今は不在の勇者たちが迷わず自分の下へ辿り着けるようにした。
ふざけているとしか言いようがない。そんなことしなくたって王城──正確にはそこにいるルーキン王──が狙いだとわかり切っている以上はそれを追う私たちが王都内を迷う余地なんてなく、そしてそれを魔王だって理解しているはずなのに、それでも魔王は。アンちゃんは壊すことを選んだ。おそらくは冗談半分で、本人からすればちょっとした茶目っ気か何かのつもりで。本当に、ふざけている。
そもそもこのウェルカムっぷりが気色悪いんだよね。余裕ぶっているというか大物ぶっているというか。バルフレアっていう足止め&数減らし要員を送り込んでおきながら自分はせっせと道標をこしらえているとか、マジで意味がわかんないんだけど。どっちなんだよ、来てほしいのか来てほしくないのか。
私の印象としては前者なんだけど……魔王が私の知るアンちゃんそのままであれば断然に勇者との邂逅を望んでいるとしか思えないんだけど、この感覚だってどこまで信用していいやら。力を取り戻した結果別人のようになっている、とかでもぜんぜんおかしくないからにはなんとも言えないな。
「シズっち、平気?」
「……は、はい。大丈夫、です」
シズキちゃんの背中をナゴミちゃんがさすっている。シズキちゃんの顔色が少し悪くなっている。瓦礫の山を見てドワーフタウンでのことを思い出してしまったのかもしれない。かくいう私もこの光景を前にあの日の苦い記憶。敗北と拷問がフラッシュバックしていい気分ではない。
──だからこそ余計に戦る気にもなる。ドワーフタウンのときの二の舞にはならないぞってね。
「伏兵無し、案内の兵も無し。喧騒も聞こえず静か……不味いな。急ぐぞ、奴さんらが道を広げてくれたおかげでまだスレイプニルが走れる」
「いえ、ダメですよシュリトウ。スレイプニルでこれ以上は行けねーです」
言うが早いか早速に手綱を手繰ろうとしたシュリトウさんにアザミスが素早く制止をかけた。言われた通りに手を止めたシュリトウさんだったけど、アザミスへ振り返るその顔には不満がありありと出ていた。
「どういうことだアザミス。瓦礫の上だろうとスレイプニルならなんの問題もなく走れるが?」
「んなことは知ってますよ、さんざん自慢話を聞かされてるんですから。スレイプニル自体の問題じゃねーです。問題なのは……この先みっちりと仕掛けられている罠のほうです」
「!」
罠。その言葉に皆の目の色が変わる。それを受けてアザミスはひとつ頷き。
「指定範囲を踏むと発動するタイプの術みてーです。スレイプニルじゃ避けられない。ここからは元の予定通りに徒歩に切り替えるのが賢明でしょう」




