249 紛れもなくベスト
一通りの気掛かりや考えなくちゃいけないことを脳内で整理したのが良かったのか、自分でも驚くくらいにあっさりと深い眠気に誘われた私はマジのガチ寝をしていたらしい。肩を揺すられて呼びかけられるまでまったく周囲の変化に気付けなかったからにはそういうことなんだろう。
「ハルコさん、起きてくださいハルコさん。そろそろ準備をしなくては」
「んぁ……おっけー、だいじょぶ。起きる、起きますよ」
我ながら呂律が回っていないのがわかる口調で、起こしたコマレちゃんとしては不安になったかもしれないが、これでも頭のほうは比較的冴えている。普段の寝起きとは違う、ちゃんとこのあとの予定ってものを身体が覚えている反応だった。あるよね、明日は時間がないぞと思いながら寝るとアラームより先にパッと目が覚めたりとかさ。地味だけど人体のすごいところのひとつだと私は思っている。
「もう王都ついた?」
「の、近辺ですね。三十分以内には王都へ入りますのでそのつもりで」
ショーちゃんベッドから体を起こし、コマレちゃんから魔蓄の指輪を受け取る。それを指に嵌めながら辺りを見渡せば、なるほど。進行方向先には懐かしの──たった二ヶ月足らずのことなのに本当に懐かしく感じる──王都を囲う外壁が見える。こうして見るとこれまで訪れたどの街よりも遥かにデカくて立派だな、壁。たぶんドワーフ製だろうな、っていうのも今となってはなんとなく見た目だけでもわかる。
同じ物を見てこんなに印象が変わるのは、色んな場所へ行った経験が自分の中で積み重なっているってのがよくわかって悪くない気分だ。これが旅をする醍醐味でもある。
うちの両親は急に私と妹を連れ出して旅に出ることがままあって、それがマジで急過ぎるもんだから(学校の授業中に呼び出されたことも一度や二度じゃない)やられると腹が立ってしょうがないんだけど、旅そのものは嫌いじゃないんだよな。あの二人の娘だからか私も色んなところへ出向くのが性に合っているのかもしれない。反対に、同じ両親から生まれていながらも妹はけっこう出不精な気質なんだけどね。旅先でも大抵は私にべったりで自分から何かしようとはしないし。じゃあ、両親の血はあんまり関係ないのかもな。私個人の好みなのかも。
ショーちゃんを引っ込めるシズキちゃんにずっと貸してもらっていたことへの礼を述べて、カザリちゃんとナゴミちゃんからも攻魔の腕輪と防魔の首飾りを受け取る。うん、触れてみた感じさっきよりは魔力も溜まってるね。どっちもほぼ満タンくらいにはなっている。ちな、魔蓄の指輪に関してはコマレちゃんの狂っている(バロッサさん&カザリちゃんの談である)魔力総量もあってフルチャージ済みだ。
コマレちゃんと比べたら常識的とはいえカザリちゃんの魔力総量だって優れている。なのでひょっとしたら攻魔の腕輪もフルチャージできるんじゃないかとも若干の期待をしていたんだけど、ダメだったか。一瞬のこととはいえバルフレアの闇に対抗するために割とじゃかじゃかと使っちゃったもんなぁ。魔力の消費量で言えば防魔の首飾りよりも多かった。そうでなければ満タンになっていただろうに、ちょっと口惜しいな。
もちろん防魔のほうも満タンであればそれに越したことはないんだけど……言ってもしゃーないことだ、いつもよりはほんの少しだけど使用時間が短いってのをちゃんと意識して戦いに臨むとしよう。
で、最も重要なエオリグ。その起動できそうな時間についてだけど。……良くても二分、にはギリ届かないくらいかなぁ。体力的には割とベストに近いんだけど、変身時間を取り戻すには体力だけじゃダメらしい。やっぱり二時間とかの仮眠レベルじゃなく、がっつり八時間クラスの本睡眠を取らないとかな。私は元からちゃんと睡眠を取らないと力が出せないタイプでもあるしね。それが関係しているかはちょっとよくわかんないけども。
だけどまあ、思ったよりは伸びたと言える。休めても数秒くらいしか取り戻せないと予想していただけに三十秒近く回復したってのはデカい。元々が三分程度とそう長くない変身時間なのでそのくらいでも充分以上の成果だ。なので、総合的に見て上々ってところだね。体調、道具、切り札。全部がそこそこに「悪くない」──そして本番ってのは往々にして最高や最適で迎えられるものじゃないっていうジンクスを加味して考慮するなら、このくらいの不安や不調なんてのはないも同然。
自分は限りなく心身の絶好調にいる。と、そう思っておこうじゃないか。まさにこれから勇者としての戦いの最終決戦を迎えるんだから、気持ち的にはそれくらいじゃないと釣り合わないっしょ。
軽く伸びをして体をほぐしていると、通りがかりに目に入った街道の様子……馬車と徒歩がそれぞれ列をなして移動しているという、これまでお目にかかったことのない光景に驚かされた。試練の旅の間に多くの街道を通ったし、大街同士の間ではいくらか他の利用者とすれ違ったり追い越したりもしたけど、あんな大人数を見かけたことは一度もない。ここがいくら王都周辺、つまり連合国の中でも最も人口密度が高い場所だと言ってもこれは異常だ。ってことは。
「王都からの避難民、その第一陣から第二陣の人たちでしょうね」
私の視線に気付いたコマレちゃんがそう補足してくれた。やっぱりそうか、王都から……魔王から避難している人たち。最終目的地がどこかは知らないけど──もしかしたらそれも定められずにとにかく「遠くへ」と逃げているのかもしれない──鉄火場から離れるべくああして一生懸命、歩ける人は歩いて、それができない人や物は馬車で移動しているんだな。
魔王の襲撃開始から二時間半以上が経過している。外壁付近の逃げやすい地域の人から王都を出ているはずだから、その始まりの人たちならもうここまでは来られるか。いくら目視で王都が見えている距離だと言っても徒歩ではなかなか大変な道のりのはずだけど……でも連合国の人たちは兵士や戦士じゃなくても鍛えられているからな。怪我人や病人、お年寄りでもなければこれくらいはへっちゃらに踏破できて当然なのかも。だとしても楽しいピクニックをしているんじゃあないから、気分としてはどんよりで足もいつもより重く感じているだろうけど。
ここからでも人々の表情や雰囲気が決して明るくないことがわかる。強化した視力で彼らの悲壮な、でも決して諦めていないその顔を見ていると……うん。勝たなくちゃってますます思う。戦う勇気がむんむんと湧いてくる。
今、私は紛れもなくベストコンディションになった。
「──絶対倒そうね、魔王」
「勿論ですよ」
人々の流れとは反対方向に、私たちは街道なんてまったく関係なしに道なき道を爆走していく。避難民の誘導兼護衛であろう等間隔に配置されている兵士さんの中にはちらりとこちらを見る人もいて、さっと敬礼をしてはまた人々の列の整理に戻る。さすが、こんなに離れていても兵士さんともなると誰が乗っているか見分けられるんだな。
なんて思っている間にまた森、というより規模としては雑木林か。普通なら迂回しなければならないポイントに到達したけど、もちろんそこはアザミスがどうにかしてくれる。そして森精霊に頼まなくちゃいけないのはここが最後のようで、約束通りに彼は王都まで私たちを連れてきてくれたことになる。ずっとスレイプニルをかっ飛ばしてくれたシュリトウさんもね。
独りでに掻き分けられた林の中を猛スピードで進みながら、私は気合を入れる。
ここを越えたら王都は目と鼻の先。
いよいよ魔王との激突だ……!




