24 ショッピング
一晩明けて、今日は休養日。休養日というくらいなんだから一日を王宮でのんびり過ごすことになるのかと思いきや、ルーキン王は外出を勧めてきた。
「王都の賑わいは連合国でも随一。楽しんできてくれ!」
二日目でも圧倒される笑顔でそう言われては従うしかない。
昨日は街を囲う大きな外壁にある入口から王城まで最短直通で来たので、実のところ出かけられるのは楽しみでもあった。迎えの馬車の中からちらっと覗けはしたけれど、そんなんじゃ街中の雰囲気を味わったとは言えないもんね。
街を案内してくれるのは元々ここの住民だというバロッサさん。そして、護衛役として隊長のゴドリスさんとその右腕であるアルバさんが一緒に城を出ることになった。恰好は、昨日には見られなかった鎧と本物の剣を身に着けた噂のフル装備である。
「え、城を空けちゃっていいんですか?」
私の疑問はもっともなものだと思う。てか、護衛が必要ってもしかして王都って意外と治安がよろしくなかったりするのかしら。という部分まで顔に出てしまっていたのか、ゴドリスさんは「万が一のためです」と言った。
「再び魔族が皆様を襲わないとも限りません。今ならまだわたくしめらがお守りすることもできますので、是非とも同伴させてください。無論、お目汚しとならないよう控えることは忘れません」
や、邪魔だとか思ってるわけじゃないんだけども。
でもそっかぁ、前例があるからには彼らも警戒しないわけにはいかないか。確かに、勇者として成長著しいと言っても現段階ではゴドリスさんやアルバさんのほうが強いだろうし、私たちはまだ守られる立場でしかない。
それにしたって隊長が王様の傍を離れていいのかな、と思わなくもないけど。
「勇者の来訪と魔王の復活は必ず重なる。これはいつの魔王期も変わらない」
「バロッサさん」
「ただし魔王は復活後、およそ百日をかけて力を取り戻すと言われている。そして頂点である魔王の隆盛は魔族全体の隆盛となる……これまでの常識で言えばたとえ四天王であろうと魔王の復活からたった数日で攻め込んでくるなんてことはなかったし、この先も起こり得ないはずだった」
ザリークの襲撃はそれだけ前代未聞の出来事であると強調して、バロッサさんは重々しく続けた。
「複数勇者といい魔族の動きといい、今回の魔王期は何かがおかしい。前例のなかったどんな事態が起きても不思議じゃない。ザリークもおそらくは魔境へ逃げ帰ったんだろうが、まさに万が一。今この時も虎視眈々と勇者の命を狙っていないとも言い切れない。ゴドリスたちの同行はそれを危惧したルーキンの計らいさ。素直に世話になっときな」
その言葉にコマレちゃんたちは神妙に頷いている。
……いや待って? 勇者と魔王の出現が同時だとか、魔王が力をつけるのに百日かかるとか、めっちゃ初耳なんですけど。
でもこのリアクションからして皆は知ってたっぽいな。ということは前にもバロッサさんが教えてくれたことを私が聞き逃していたか、すっかり忘れている線が濃厚だ。
っぶねー。丁寧に再講義してくれて助かったわ。質問形式で覚えているかを確認されてたらまたガツンとげんこつをもらうとこだった。
「何はともあれ探索としゃれこみますか!」
ということでまずはショッピングを楽しませてもらった。ショッピング、なんて言っても年頃女子がやるような服屋のはしごとかじゃありませんぜ? いや、有名だっていうブティック的な雰囲気のお店にもちらっとだけ寄ったけども、コマレちゃんを筆頭として私たちの興味を最も引いたのは服よりも魔道具だった。
「コマレを始め術を使えるのが何人もいるんだから、本来なら旅の途中で困るようなことはまずないはずなんだが……都合上、あんたらには最優先で戦闘用の技術ばかりを教えたからね。汎用術の不足は道具で補うといい」
私の糸繰りや、物を動かしたりする術と同じく無属性に分類される日常生活において役立つ魔術たち。を、汎用術と呼び、それを術者じゃなくても使えるようにしたのが一般的な魔道具だ。
もちろん攻撃術や防御術を手助けするアイテムもあるけど、私たちが訪れた店で扱っているのはあくまで汎用魔道具がメインのようで、それはもう多種多様な便利グッズが揃っていた。
「つ、爪を適切に切る魔道具……!? これは興味深いですね」
「爪は自分で切ってもよくない~?」
「こっちにはお湯が出る魔道具がある」
「温度調節も幅広くできる優れモノだね。だがそれに関してはコマレでも同じことができるから持っていくかはよく考えな」
「お、シズキちゃん何それ? ぬいぐるみを喋らせる魔道具!? あ、決められたパターンで話すだけね。ちょっとビビった」
ショーちゃんを喋らせたいのかシズキちゃんはけっこう本気でその道具を欲しがっているみたいだったけど、旅路において荷物を必要最小限に抑えるのは鉄則だ。バロッサさんが吟味を促したように、あれもこれもと好きに買って全てを持ち歩くわけにはいかない。
しかも、費用は全てルーキン王持ち。つまりは血税によって賄われるとあってはなおさらに無駄使いはできない。私は皆にそう注意を促した。
なんでも買っていいならドでかいブツを買うか、と考えたのを見抜かれたのか無言でカザリちゃんに睨まれて自省したのは他の皆には内緒だ。てへ。
「清潔にする魔道具は絶対いるよね。お風呂とか洗濯いらずになるのは超べんり」
「圧縮バッグ! こ、これは旅に有用ですよね? ね!?」
「わ、寝床作成キットだって。これも必要になるかも~」
「なら、この鳴子の魔道具も」
「……こ、これも……」
シズキちゃんが選んだ快眠マクラだけはちょっと悩ましいけど、他はあっていいものだとバロッサさんからもお墨付きを貰えた。
で、運良く圧縮バッグの最大容量が入荷していたこともあって結局はマクラも含めて購入。合計金額は目を見張るようなものとなった。内訳を聞いたら圧縮バッグが半分を締めていてたまげたね。いくらなんでも高すぎ! それだけ便利なのは認めるけども!
あ、ちなみにこの世界の通貨は国関係なくリラという単位になっている。1リラは私たちの感覚でいうところの百円くらいっぽい? まあまあわかりやすいと言えばわかりやすいので助かった。
「金はこのあと城の者が持ってくる。証明書を書こう」
「いえいえ! 隊長様にそんなことしていただかずとも」
「そうはいかない、信頼をかさに不義を働いては選兵の名折れ。どうか署名させてくれ、店主よ」
と、行く先々で物を買うとこういうやり取りが挟まれて、兵士と住民の間にしっかりとした信頼関係があることがよくよく窺えた。ルーキン王が圧政とかしてないっていう証だね。よく知らんけど。
そうそう、てっきりお忍びの街巡りかと思っていたんだけど、そうはならなかった。や、私たちもわざわざ勇者でございなんて顔して歩いたりはしてないが、後ろから有名人であるゴドリスさんがついて歩いているとなれば、その上で既に魔王期に突入していることも周知されているとなれば、自然と私たちが何者なのかは住民にもわかるというもので。
いやー照れる照れる。どこに行っても温かい言葉を貰える上に握手とかも求められちゃって、まるで大スターにでもなった気分だよ。
まあ、彼らからすれば勇者という存在はテレビスターどころではない扱いなんだろうから、これでも控え目な交流の仕方なのかも。バロッサさん辺りは寄ってきた住民たちが長話を始めそうな気配を見せると容赦なく追い払ってたし。
ゴドリスさんほど誰にでも知られているわけじゃないみたいだけど、バロッサさんもこの王都ではそれなりに顔が広いようで、しつこめの住民たちも彼女に叱られると皆すごすごと引き下がった。すっごいわかる。逆らえないよね、怒ったバロッサさんには。
そして私たちは、王都の名所のひとつだという大噴水広場を訪れた。




