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22 刃物はヤバいでしょ

 ゴドリスさんは選兵団の隊長で、連合国においても指折りの兵士なのだそうだ。

 そう聞いてほうほうと感心しつつも肝心の選兵団というのがなんなのかわかっていない私に、続けてバロッサさんが解説をくれた。


「国王に仕える兵士の中でも全員が魔闘士で構成された最前線部隊のことだよ。魔境との臨海部に詰めているのも選兵団が中心さ」


 有事の際に直接その元凶と対峙する役割を負った、文字通りの選ばれた兵士の集団らしい。つまりすごく強い戦闘の本職たちで、それをまとめる立場にいるのがゴドリスさんってことか……え、めっちゃ偉い人じゃん。


「なんでそんな人とナゴミちゃんが戦うことになってんの……?」

「戦う、と言ってもただの模擬戦」

「その理由も説明されたじゃないですか。勇者の力を兵士の皆さんに直接示してほしい、とのことでしたよね?」


 カザリちゃんとコマレちゃんの冷静な言葉に、シズキちゃんもこくこくと頷いている。


 そう、初めて目にする勇者。その実力を発揮してもらうことは隊の士気の向上に繋がるはずだ、とは言っていたけども。

 それにバロッサさんが同じ魔闘士タイプであるナゴミちゃんを対戦相手に推薦して、当のナゴミちゃんがあっさりと引き受けたのもこのも耳でばっちりと聞いたけれども。


「普通に危なくない? だってほら、ゴドリスさんってば剣持ってんだよ剣。刃物はヤバいでしょ」


 ナゴミちゃんはいつも通り素手だぜ? 勝ち目ないって。どころか死ぬって。


「よく見りゃわかるだろう、ありゃ本身じゃない。木製の模造品、訓練用の剣さ。本物と同じ重量にするために中に金属が仕込まれてはいるが、ナゴミなら一発や二発食らったところで致命傷にはなりゃしないから安心おし」


 そして万が一にも喉元やら心臓といった急所に攻撃が当たる、あるいは寸止めでも双方が命中を認めればその時点で模擬戦は終わるので、ナゴミちゃんが大怪我を負うことはないとバロッサさんは言う。

 まあ、そうやってストップされた場合は周囲で輪になって勝負を見守る態勢でいる兵士さんたちが軒並みガッカリし、ゴドリスさんの狙いは台無しになってしまうんだろうが。


 だけどバロッサさんには、そして勝負を持ちかけたゴドリスさん、それを許可をしたルーキン王にも、そうはならないという確信があるようだった。


「いいから信じて見届けな」


 何故か審判になることを申し出たルーキン王が見るからにノリノリで「始め!」と片手を上げた。それを合図にナゴミちゃんとゴドリスさんは同時に動いた──んだけど、超速い! 

 ちょ、なにこれ。あっちにいたかと思えばこっちにいるし、そうと思えばもうそっちにいるし。目で追い切れないんだけど!?


「ハルコ、集中しな。糸繰りのように繊細な魔力の扱い方を覚えたからにはもう常人じゃないんだ。ましてやあんたは勇者、この程度についていけないわけもない。成果の披露で魔弾を追い越すナゴミの動きは見えていたろう?」


 言われてみればそうだ。あのときの速度とそう変わらないのなら、見えない原因はナゴミちゃんではなく私のほうにあることになる。なので一旦落ち着いて、指示通りに集中してみる。すると。


「!」


 おお、見える。二人が何をしているのかはっきりとわかるようになった! 


 すごいな、意識ひとつで見える世界がこんなに変わるのか。これは大事な発見だぞ。

 と言っても、なんとか視認できるってだけであの動きについていけるかっていうと絶対に無理なんだけどね。


「あっ」


 同じくらいの速度で移動と接触を繰り返しているナゴミちゃんとゴドリスさん。攻め手は常にゴドリスさんで、ナゴミちゃんは迫る木剣をスウェーでやり過ごしたりステップで距離を取ることで躱し続けている。これはどっちが優勢なんだろう、と思った瞬間にゴドリスさんの攻め方が変わった。


 フェイントだ。ここまで愚直に攻める以外のことをしなかった彼が、剣を振ると見せかけて体勢を入れ替えつつ握りを調整。勢いを殺すことなくまったく別の角度から斬り込んだ。


 これは上手い! と、剣術なんて一個も知らない私でもわかるくらいにはテクニシャンなそれを、けどナゴミちゃんは拳で迎え撃っていた。


「うっそでしょ」


 ドンピシャのタイミングでぶつかった拳と剣は、拳の勝ちだった。ゴドリスさんの木剣は半ばから叩き折られている。それを受けてルーキン王が再び手を上にして、ナゴミちゃんの勝利を宣言した。ワッと周囲の兵士さんらが湧き上がる。


 喧騒の中でバロッサさんが言った。


「全開でこそないがゴドリスはきっちりと剣にも魔力を通していた。それを一打で折っちまうとは予想以上だ」


 おお、バロッサさんにも舌を巻かせるとはすごい。なんて感心していたら「ちゃんと見えたかい」と確認を取ってきたので、私はYESと答える。


「ナゴミちゃんがフェイントを見切ってカウンターを入れた、んですよね? カウンターって言っても武器に対してですけど」

「その通り。虚実を見抜き実へ合わせた。身体能力任せじゃない証拠さ」


 なるほど、才能頼りではなくちゃんと頭も使って戦っていると。そこもバロッサさんは高く評価しているんだな。


「わたくしの完敗ですね。お見事です、勇者ナゴミ」


 折れた剣先を拾ってからゴドリスさんはそう言って、ナゴミちゃんへ握手を求める。それに快く応じた彼女の手を噛み締めるように握ってから、よく通る声で続けた。


「このゴドリス心より感服いたしました。実戦に向け鍛えて十日も経たずにこの実力とは、流石は女神様に選ばれた御方だ。どうかその御力で今代の魔王を倒していただきたい。及ばずながら我ら選兵団及びこの国の民も、勇者様方の露払いとなれるよう努めますので」


 真摯に頼みながら自分たちもその一助になると宣言した彼に、もちろんナゴミちゃんは私たちの総意として了承を返した。するとルーキン王を筆頭に盛大な拍手が巻き起こった。


「これがあの人のやりたかったこと」

「ですね。士気は最高潮のようです」


 やっぱり冷静なカザリちゃんとコマレちゃんは、ゴドリスさんが模擬戦を言い出したときからこの図が見えていたってことか。なんとまあ先見の明がありますこと。

 シズキちゃんもたぶん同じなんだろうけど、屈強な兵士の皆さんが熱狂的に盛り上がってる光景に気圧されたのか私の後ろに隠れてあわあわしている。

 つくづく癒しだねこの子は。年上だっていうのが信じられない。


「勇者の皆様」

「あっ、はい」


 今、輪の中央ではルーキン王が勝者のナゴミちゃんをハイテンションで称えているところだった。そこから下がっていつの間にか傍に来ていたゴドリスさんは私たち一人一人へ視線をやり、最後に私へと言う。


「わたくしは皆様の旅に同行することはできませんが、心は常に共に在るつもりです。せめて出発までの間に何かありましたら遠慮なく申しつけください。このゴドリス、全力でご要望を叶えますので」

「は、はあ。それはどうもです……思いついたらお願いしますね」


 にこりと笑ってゴドリスさんは再びルーキン王の下へ戻っていった。その鍛えた男性って感じの逞しい背中を見ながら、私はちょっとした疑問を持つ。


 や、申し出自体は好意的ですごくありがたいものだけどさ。なんで私に言うんだろう? 引き続き私の背後に隠れているシズキちゃんはともかくとしても、横にはカザリちゃんもコマレちゃんもいるのに……代表者を決めて話しかけるなら普通はこの二人のどっちかにしないかね。


「さっきのルーキン……おっと、陛下とのやり取りであんたが勇者一行の意見を代表しているように見えたんだろう。つまり、リーダー格だと思われたのさ」

「えっ、そうなんですか。全然そんなことないのに。リーダーシップに溢れているってのも困りものですねー」

「言ってな」


 ちな、ナゴミちゃんが勝ったおかげってこともないだろうけど、招待された王宮で振る舞われたその日の夕飯は死ぬほど豪勢だった。腹ぱんぱん。



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